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2024/05/16 15:06 |
運命劇/まめ子(葉月瞬)
◆――――――――――――――――――――――――――――――――――
人物:まめ子 アダム
場所:ソフィニアの市場通り
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 アダムはその時、確かに見た。
 生命体である必然性を持たない、蠢く“奴”を。
 “それ”はあたかも食物のような色、形、艶を持っていた。ほぼ楕円形に近
い、約1cmくらいの“それ”は、市場でよく見かけるある食べ物に似ていた。
それは或る時はスープの材料に、或る時はパンに練り込まれ、また或る時は茹
でた物を其の侭食す習慣が根付いているものだった。アダム自身も良く見かけ
るその名前は――大豆だった。
 その大豆に、手足が付いている。しかもあろう事か、目と口が付いていて言
葉を発しようとしていた。
 アダムは一瞬でその事実を否定し、拒絶し、無かった事にして小箱の蓋を両
手で塞いだのだった。まるでその行為自体が、事実を無実へと引き戻せるかの
如く。
 しかし、それで事実が捻じ曲げられる訳ではなかった。それはアダム自身
も、良く知っていた事だった。こめかみを一滴の冷や汗が、流れ落ちる。

『ねぇー、何だったのさ。僕にも説明くらいしてくれたって良いじゃないか
ー!』

 シックザールがアダムの腰の辺りから、不満の声を露にする。アダムにしか
聞えないその声音には、当然の如く知る権利とやらを主張しているようだ。
 シックザールは、自分に似た“モノ”を早急に確認したがっていた。知的好
奇心、という奴に駆られているのかも知れない。自分の知らない、自分に似て
非なる物をこの目――視覚的概念は存在しないが――で確認せずにはいられな
かったのだ。だからこそ、アダムにおねだりをしたのだ。
 状況の説明を。
 “それ”に関する視覚的情報の、言語伝達を。
 シックザールは望んでいた。
 しかし、事実を否定したアダムは、その行為自体すらも拒絶した。最初か
ら、見なかった事にしたいのだ。

「……何度言っても無駄だ。……この箱には、何も入っていないよ」

 その言葉は、アダムの望み以外の何者でもなかった。

『…………ケチ』

 シックザールが呟いたその言葉を無視して、通りの遥か遠くに目を馳せたア
ダムは不意に慌しくなった通りに気が付いた。向こうからは、悲鳴や驚嘆すら
聞えてくる。通りは、いつにもましてざわついていた。
 警邏がアダムの直ぐ横を通り過ぎる。走っている所を見ると、どうやら急い
で現場に向かっているようだ。彼等の焦りが、事件の臭いを醸し出していた。

「……こーんな小箱の事より……事件だよっ! シックザール!」

 言うが早いか、アダムは現場へと駆け出して行った。
 警邏達が向かう方向に――。

  ◆◇◆

 さいしょわたしは、そのおおきなひとを「すてきなかた」だとおもったわ。
だって、すてきにさらさらなかみのけはさりげないざんばらがみだし、そらい
ろのひとみは、おおきくてくりっとしてどんぐりまなこだし、たんせいなかお
だちもみりょくてきだったから。うんめいすらかんじたわ。うんめいのであ
い、ってやつよ。
 でも、わたしがひとことおれいをもうしあげようとくちをひらきかけたとた
ん、そのおおきなひとはとつぜんなんのまえぶれもなく、ふたをとじちゃった
のよ。
 さいしょなにがおきたかわからなかったけど、あとからよくよくかんがえた
ら、りふじんだとおもったわ。わたしみたいな、れでぃにたいしてすることじ
ゃないって。しつれいにもほどがあるわよ。
 さいしょすてきだとときめいちゃったわたしは、とんだおもいちがいをして
いたことにきづかされたの。すべてのすてきなかたが、すべてやさしいとはか
ぎらないって。そーまさまのようなかたには、もう、あえないのかも……。
 なんだか、かなしくなってきちゃった。

 …………それにしても、まっくらでなにもみえないわ。
 いったいそとはどうなっているのかしら?
 なにやら、さわがしいようだけど……。

 きゃっ!
 なに? なんなのよぅ。
 とつぜんこばこがゆれだして、びっくりしたわたしにみがまえるすきなんて
あたえられなかった。あたりまえといえば、あたりまえなんだけど。
 こばこのなかで、ゆられにゆられ……いしきがあんてんしたのをかすかにだ
けどおぼえてる――。

  ◆◇◆

 到着したアダムを待ち構えていたのは、凄惨[せいさん]な殺人現場だった。
 目は蒼穹を睨むように仰ぎ見て、四肢は力なく垂れ下がっている。胸部は抉
られ心の臓が抜き取られていた。原型を辛うじて止めているだけに過ぎないそ
の身体は、街路樹に突き刺さって既に事切れているのが見て取れる。胸部は開
けていたが、その面差しから少女の屍だと解る。

「うっわっ。……確かに、こいつは、酷いな……」

 周囲の野次馬達の声を拾うまでも無く、その凄惨な現場に思わず口を抑える
アダム。その腰の辺りに脇差されているシックザールも流石[さすが]に、想像
以上の酷明[こくめい]な現場を目の当たりにして言葉を失っているようだ。
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2006/12/01 23:56 | Comments(0) | TrackBack() | ▲劇(まめ子&アダム&ランディ)

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