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2024/05/16 20:43 |
[ Tu viens avec moi ? ] 04. 空は高く/アウフタクト(小林悠輝)
PC:アウフタクト ヒュー ジェンソン
Stage:ヴァルカン周辺

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 真夜中に一度、雷鳴で目が覚めた気がする。
 が、意識はすぐに夢と現の合間から、ずるずると水面下へ沈みこんだ。次に目覚めたとはっきり意識したときには既に遅い朝だった。
 顔を洗い、適当に用意をして、荷物を持って階下へ降り、無人の受付に鍵を返す。従業員は午前のうちなら客がいつ帰ろうが構わないだろうし、午後になれば追加料金を要求するだけだろう。無関心はいいことだ。面倒でない。

 路地から通りへ出ると、輝くばかりの日光に撃ち抜かれた。白く輝く路面や家々の壁に目を細め、ふらふらと歩き出す。アウフタクトはこの後の目的地を特に考えていなかったが、この町で少し商売するのもいいかも知れないと思った。
 学院では教養科目扱いとされている幾つかの術は、一般人相手には十分に“魔法”として通用する。特に簡単な魔除けや灯の印を記した札はよく売れる――生徒が勝手にこんな軽率な商売をすれば校則に法って何かしらの罰を受けるだろうが、放校された身には関係ない。

 と、そんなことを考え始めた矢先に、町並みに不自然な箇所があることに気づいた。
 商店街なのか繁華街なのか、それともそのどちらからも少し離れた箇所に店が固まっているに過ぎないのか、とにかく数件の商店や普通の家屋の並びのうち一件の屋根がずたずたに破れ、内部が露出している。豪快に折れた木製の梁の断面は昨夜の雨を十分に吸って、黒々とした茶色に変色している。
 いちおう寝台はあるので生活空間として使われていたのだろうが、その機能は破壊と水で絶望的だ。それ以上に、壮観だ。真夜中の雷鳴は現実のものだったのだろうか。
 建物の周囲には人が集まっているが、それもそろそろ解散し始めた、という様子だった。
「……ああ、昨日の食堂か」
 思い出して、つい呟く。一人旅のうちに独り言が増えた。

 体格のいい店主と流れ者風の少年が、破片――というより瓦礫を撤去している。彼らが軽い悪態と共に地面に下ろしたのは巨大な金属の板だった。
「すげえな、あれが落ちてきたんだってよ」と誰かが囁くのが聞こえた。
 アウフタクトは改めて金属板を注視した。雷の物理的存在が証明されたのはこれが初めてではあるまいか。違ェよ、どう見てもただの落下物だ。
 金属板は何かの目的のために加工されているが、それ一つで全体というわけではなさそうだった。これだけではただの金属板だ。と、アウフタクトは、時折飽きて去っていき、時折新しく足を止める見物人の一人として眺めながら考えた。
 知り合い同士でいるものは店の被害や落下物についての感想や推測を言い合っているが、間違いなくそれらは不毛なことだった。無責任な推測だけで、空から急に金属板が降ってくる原因を言い当てられたら、それはそれで正気ではない。

(鉄の鳥が)
 鉄の鳥? 急に脳裏を言葉がよぎった。鳥。思わず魔除けともう一本の腕輪に目を落としてから、空を見上げる。鉄の鳥? ああ、そうだ。昨日、聞いたんだ。酔っ払いの妄言。
 鉄の翼で鳥は飛べない。鳥を真似して翼を作った人間のうちには鉄を材料に使う者もいたが、彼らの大凡は落下した。
 鉄の鳥なんて。いや、真当な技術のものとは限らない。この町に、こういった実験だか悪戯だかをする魔術師がいるのだとしたら、商売はやめておいて、早く出発するべきかも知れない。
 ひっそりと人々に溶け込む在野の魔術師は、縄張り意識が強い。閉じた技術を扱う故に、己の手管を暴かれるのを嫌うからだ。知らずに下手な行動を起こす余所者に対し、即座に強硬手段に出る者も稀にいる。それで酷い目にあったこともある。

「あー、こりゃひどいなぁ」
 横手で能天気な声が聞こえたので、思わず視線だけを向ける。やたらと背の高い男が、感心したように撤去作業を眺めている。革のベスト、短い金髪、肩の刺青に、他にもいろいろ目に付くところはあるのだが、一目で堅気な生き方はなさっていないとわかる外見。
 アウフタクトはさりげなく一歩、距離を開けた。が、その動きに目ざとく気づいたらしく、男は「ちょっとちょっと」と呼びかけてきた。しまった、失敗した。影の薄さには自信があったのに。
「な、なんですか?」
「これ、何があったの?」
「えーと……」
 問われても、把握しているわけではない。他の、もっと前からここにいる野次馬に聞いた方がまだわかるだろうが、もちろん誰も助けてくれない。
「降ってきた、んじゃないでしょうか」
「やっぱり?」

 男はそれでアウフタクトからは興味を失ったのか、被害状況を見ながらぶつぶつと何かを呟いている――「取りに行ったら怒られるよなぁ」というような言葉が聞こえたので、アウフタクトは全精神力で持って、今度こそ気配を消して無関係を維持した。関係者様ですか、そうですか。
 同業よりも厄介そうだ。この町に長居するのはやめておこう。商売に直接支障はなくても、得体の知れないことは流れの魔術師のせい、ということになりかねない。昨夜、店内で鳥を使ったな。誰にも見られていないといいのだが。
「あれ、何だと思う?」
 また話しかけられた。「さぁ」と答える。
「鉄の板ですね」
「鉄の板だな」
 思うところがあるのかないのか、男は納得した様子で頷いた。
「ここ来る途中にな、市門を通ろうと思ったんだけど」と彼は言う。何をしたいのかさっぱりわからない。単に誰かを捕まえて話をしたいだけかも知れないし、ここで店の様子を見続ける口実を作りたいのかも知れなかった。
「同じような鉄板が街道沿いの木に落ちて、その木が倒れて通行止めだってさ」
「……木なら、すぐどけられるんじゃないですか?」
「いや、それが根元から引っくり返ったってんで、路面が盛り上がってすごかったぜ」

 暫くすると警邏隊がやってきて、参考物と称して金属板を引き取っていった。
 店主はその対応に何か納得いかないような顔をしていたが、結局は「置いていかれても困る」と引き渡し、片付けの作業に戻った。一階の、無傷な定食屋の扉に貼られた“臨時休業”の看板が物悲しい。
 隣の男はリヤカーを押して去って行く警邏隊を眺めていたが、「やべーな」と呟いて、彼らを追って姿を消した。
 アウフタクトも、そろそろここから動いて、とりあえずどこかで朝食にしようと考えた。



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2008/11/12 12:21 | Comments(0) | TrackBack() | ○[ Tu viens avec moi ? ]

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