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2024/11/08 01:38 |
アクマの命題【7】 噂の真偽/スレイヴ(匿名希望α)
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PC:スレイヴ
場所:ソフィニア魔術学院
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──アメリア・メル・ブロッサム──

 少女はそう名乗っていた。

 『ブロッサム』

 これは孤児院の名前のようだ。メルの台詞と今までの情報が合致する。
 以前、耳にした研究生の名前『グレイス・ブロッサム』。
 ブロッサム姓を名乗るものは優秀な者が多い。そういう噂を聞いた。
 彼との関係を問うた所、肯定はした。だが、

「何か、あるようですね」

 何もないと言えるほうがおかしい。
 興味あるが相手が言いたくないなら聞かない。スレイヴはそんな殊勲な人間で
はない。
 幾通りの調査ルートを思いつくが、あまり面倒なのは好ましくない。
 メルに直接聞くのが一番早いのは必至。しかし、相手が知らない情報を得てこ
そ、価値があるというものだ。

「やはり、彼に聞くのが妥当…ですか」

 彼も噂になっている。すなわち学内では名が通っていることになる。
 『ブロッサム』という姓を持つ人物。この噂は入学からしばらくたって表には
出なくなった。
 元々、大陸全土から優秀な人材が集まってくるのだ。この類の話は後を絶たない。
 しかし、彼にはもう一つの噂が立っていた。その性格だ。
 自らの能力を惜しむことなく人助けに使う。彼のとってその行為は至極当然で
あり見返りを求めない。
 近年の魔術師によくある傾向を特化させた人物といえよう。
 魔術師とは『己の為にあるべきであり、その施行は代価を伴う』という本来の
理念は過去の遺物になりかけている。
 ソフィニア魔術学園がそのあり方を変化させたと言ってもいいだろう。過去の
恩恵を皆で学び、繁栄させていこうという方針だ。魔術師や人間ではないモノが
恐れられていた大昔に比べると、格段に文化レベルは上がっている。
 その中、忌む意味でスレイヴらは「古い思考の持ち主」とされていた。あくま
で噂であって、彼らの本質ではないが。

──彼が噂どおりの人物なら、少々面倒──

 噂なら彼にも伝わっているだろう。いくら彼がどんなに「いい人」であろう
と、何年も学び舎を同じくしてこの噂を耳にしているのだ。それでもスレイヴに
対していい人を貫けるなら、それは相当アレな人物だろう。

──が、見合う価値はある

 スレイヴは”所用”を消化するために歩き始めた。

 ‡ ‡ ‡ ‡

 サイズマン研究室。
 自然魔法を基とした機材の研究を主としており、分野としては地味な位置にいる。
 だがその分、一般人への貢献度は大きい。
 学院から分配される研究費は多いほうではないが、自前で稼ぐ能力を持った研
究室だ。
 それらのラボは十分に立派であった。

 コツコツと靴の音を立てながら廊下を進むスレイヴ。歩調は街の流れに比べる
とやや早い。
 数階にわかれている研究棟。彼らが使用している部屋は特別で、二層にわかれ
ていた。
 上層・二階が執務室、下層・一階が実験室だ。
 廊下からの階段でも移動できるが、彼らのラボには直通の階段がある。ただ、
上下をぶち抜いただけなのではしご階段となっているが。
 外観からは勘違いされやすいらしいが正規の入り口は二階である。スレイヴは
無論、上層の入り口へと向かった。
 スレイヴが二階へのい階段を上り終えると、廊下に出ていた研究生達とはち会う。
 彼らの表情は度合いはそれぞれだが一様に「驚き」を見せている。それもその
はず、スレイヴの研究室はすでに学院内にはない。
 追放される前はその性質上、サイズマン研究室とはそう遠くない位置にあった。
 だが、近くもないので訪れることはなかった。それが突然の訪問である。

「スレイヴ・レズィンス……?」

 呟いたような声が上がる。スレイヴはさして気にもせず表情はそのままだ。
 彼らの位置関係を見てサイズマン研究所の人間ではないと予測する。しかし、
声をかけられたということにして、スレイヴは視線を向け──

「何です?あぁ、私も有名になってしまいましたから思わず声をかけてしまいた
くなるのもわかります。……と、少し違いましたね。貴方は私がここにいること事
体疑問に思い、今は理解できないでいる。それは当たり前ですよ。私は私の目的
でここにいるのですから。理解する必要などありません」

──るだけでは収まらなかった。

 スレイヴはあながちはずれていなそうな勝手なことを並べている。それが当
たっていようが外れていようがスレイヴには関係なかった。ただ言いたかっただ
けなのだ。

「しかしせっかくですから、一つよろしいかな?貴方方はグレイス・ブロッサム
を見かけませんでしたか?」

 この研究棟で彼を知らない人はいないだろう。一人、声を出す。

「研究室に、いる」

 簡潔に一言。スレイヴはその答えに口をわざとゆがませ「ありがとう」と言う。
 罵りに近い台詞を吐いた後の礼の言葉はなんとも気味が悪いものか。
 そのまま彼らの脇を歩き進むスレイヴ。サイズマン研究室は廊下の奥の角部屋
である。
 後ろでは先程の研究生達が呆然とスレイヴの背中を眺めていた。

 ‡ ‡ ‡ ‡

 廊下の角で開き放たれたドア。その脇の表札をみてスレイヴはここがサイズマ
ン研究室であることを確認する。
 構内図では知っていたが、実際に来るのは始めてである。そんなこともお構い
なしにスレイヴはノックの音を響かせ部屋の中を覗く。
 窓際、椅子に座り本を読んでいた女性がふと顔を上げ……あからさまに嫌そうな
顔をした。
──素直な方は嫌いではないですよ──そんなことを心のなかで呟くスレイヴ。特に
意味はない。
 その不機嫌そうな女性はそのままの表情で対応するようだ。席をはずしこちら
へと向かってくる。

「で?彼(か)の悪名高い『スレイヴ・レズィンス』が何の用?」
「おやおや、嫌われたものですねぇ」

 猛者も多く集まる魔術学院だ。こういう人材も少なくない。スレイヴも気にし
た風もなく首をすくめる。
 さっと部屋の中を眺めると、他にも何人かいるようだ。スレイヴの姿をちらっ
と確認したが気にする風でもなく自分の作業へと没頭している。
 スレイヴはグレイス・ブロッサムとは面識がない。だから目の前の女性に聞く。

「グレイス・ブロッサムはどの方ですか?」
「はぁ?アンタがグレイスに用?」

 この女性はとことんハッキリしているようだ。と、一人の青年が立ち上がる。
どうやら彼が……
 短く切りそろえられた髪と、着崩されてはいるが無駄のない法衣。
 ハッキリとした目元とあまり鋭角ではない輪郭は優しそうな印象を受ける。
 スレイヴは噂を思い出す。

──容姿は噂そのままですね──

 客人の姿を見据えた彼は、やはり本人だった。女性が彼へ声をかける。

「グレイスー。この小悪党がアンタに用だってさ」
「……いくら噂の人でも本人を前にしてそう言うのはどうかと思いますよ」
「じゃぁ、本人の前じゃなければいいのかー」

 目の前で漫才でも始めそうな勢いの彼ら。ふむ、ここは一つ。

「まったくですよ。私は小悪党ではなく大悪党ですから」
「……」

 彼らの動きが止まる。その中、スレイヴはくつくつと小さな笑いをもらしている。
 女性がジト目になったのを感じる。グレイスの方はというと、難しい顔をして
いる。

「今日は貴方の出身地について聞きたいことがありまして」

 切り出したスレイヴの議題に、グレイスはあまりついてこなかった。
 ただ、小さな驚きのあと、また難しい顔になった。あまり触れたくないのだろう。
 スレイヴの言葉を待っているグレイスに軽く「先日あんなこともありましたか
らねぇ」と補足情報を加えた。
 連想されるは悪魔。

「わかりました。場所を変えましょう」

 深い息をつき、側の女性に「少し出てきます」と伝えた。第一印象としてうけ
た優しげな表情が一変、曇り続けている。
 スレイヴの背景に何か別なものを見ているのだろうか。
 これはこれで興味深い。スレイヴは思った。

「ウチの大事な助手なんだ。傷付けずに返せよ大悪党ー」

 腕組みしながら子供のお使いに出すような軽い口調で声を上げる女性。スレイ
ヴはいつもの笑顔で「善処しますよ」と手をひらひらと振った。


 廊下で一つの情報が復元される。

 ……あぁ、思い出しました。

 あの女性が「サイズマン教授」でした。
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2007/02/10 22:02 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【8】 優雅なお茶会を/メル(千鳥)
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PC:メル (スレイヴ)
NPC:ミルエ
場所:ソフィニア魔術学院
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「確か用件は……バルドクス・クノーヴィという人物についででしたわよね?」
「は、はい!」

 ミルエが突如そう切り出すと、メルはクッキーに伸ばしていた手を慌て引っ込める。ミルエは優雅に微笑み「どうぞ召し上がって」と言った。メルは手近にあったクッキーを口に入れると、ハンカチで手を拭いて手帳を開いた。

「この方とミルエさんは同じ分野を専攻していらっしゃるのですわよね?知る限りでよいので、この方の性格などを教えていただきたいのですが…」

 三日月型のクッキーは生地がしっとりと軟らかく、まぶしたシュガーパウダーと一緒にあっというまに口の中で溶けた。お菓子と一緒にとろけそうになる表情を必死に引き締めながら、メルは尋ねた。

「そうですね。確かにわたくしとバルドクス・クノーヴィは学生時代から同じ分野を専攻していましたわ。彼の所属する研究室はちょうどこの部屋の斜め左でした」

 長年同じ畑で学ぶ学友について話すにしては、ミルエの口調は親しげな様子ではなかった。ちなみに、ここはミルエの研究室である。図書館でミルエと共に居たオルドはお茶会という響きが性に合わないのか、メルの誘いをあっさりと断り去っていった。
 それでも、ミルエはバルドクスの性格と当日の様子を詳しく語ってくれた。

「クノーヴィ家はソフィニア周辺に荘園を持つ一族ですの。学院への寄付金も多く、それなりの影響力はありますわね。バルドクスはその一族の直系ということもあって、随分自信家な方でしたわ。あの日は、研究生の中間報告会があったのですが、そこで厳しい反論を浴びたようです。自分のプライドを傷つけられた彼が逆上して悪
魔召喚を行ったという可能性は大いにありますわ。愚かなことですわ」

 そういって、ミルエはティーポットを持ち上げる。

「お茶のお替りはいかがかしら?」

 まるで午後のお茶の時間に談笑を行うかのような気安さだったが、言い放った言葉は辛辣でしかなかった。メルはこの美しい貴婦人のような女性の裏側の部分を垣間見た気がしてくらくらしながらお替りをもらう。

「では、彼が悪魔召喚の魔法陣を入手したのがいつごろなのか、見当がつきますか?または、それ以前から悪魔について彼が興味をもっていたということは…」
「さぁ・・・わたくしには見当もつきませんわ。でも、そうですわね…きっと当日偶然発見したのでしょう。バルドクスがそれ以前に見つけていれば絶対に学院側に報告したでしょうね。そういう人間なのですわ。もちろん使用した人間を弾劾するためにですけれど…」

 何となくだが、バルドクス・クノーヴィの性格が見えてくる。

「悪魔召喚については…?」
「魔方陣については、学生の誰もが必須科目として基本は存じてますわ。でも、悪魔については、学院では扱ってませんし、彼がそれに興味を持っていたとも思えませんわ。わたくしたちの専攻は精霊・自然魔法についてなんですもの」
「そうですか…」

 "事件以前に召喚者と悪魔との関連性は見られない。今回の悪魔召喚は魔方陣入手という偶然的な条件の下、召喚者の衝動的な行動であると思われる"

「ありがとうございました、ミルエさん。参考になりました」
「それは良かったですわ。当分こちらで調査をするのでしょう?何処にお泊りになってるの?」
「学院長が女子寮の空いたお部屋を使えるように用意して下さいました」
「そう……なら、安心ね。最近この町も物騒ですのよ」

 先日騒動をおこしたばかりの学院にある学生寮の何処が安心なものか。
 余ったお菓子を分けてもらったメルは、そんな考えなど微塵も浮かぶ事無く笑顔でミルエの研究室を後にした。
 外はいつのかにか夕日が落ち、校舎の窓ガラス一面がオレンジ色に染まっていた。

 こうして長いソフィニア魔術学院の一日が終わろうとしていた。
 しかし、怒涛の翌日が刻々と近づいていることにメルはその時まだ気がついていなかった。


2007/02/10 22:03 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【9】 噂の真偽/スレイヴ(匿名希望α)
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PC:スレイヴ
NPC:グレイス・ブロッサム
場所:ソフィニア魔術学院:中庭
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「それではいいですか?グレイス・ブロッサム」

 研究棟を結ぶ連絡通路。一歩外にでればそこは木々の装飾によって成っている。
 根を詰めて調査・実験に没頭する彼らにとっては、緑の恩恵こそありがたい。
 傍らにある腰掛に座ることなく、二人は向き合っている。
 スレイヴは彼の名前を再確認するように、問うた。

「構いません」

 口を真一文字に結んでいるグレイス。それは彼の持つ本来の表情ではないだろう。
 新たな印象をうけた。噂どおりでありながら、その柔軟性は失っていない。
 彼自身が噂され、目の前に噂されるモノがありながら、その一本通った筋は曲がってい
ない。
 あの『サイズマン教授』の下にいたのだ、自分という筋が強化されるのも納得できない
話ではない。
 スレイヴは一人、その事実にニヤついていた。
 だが、今考えるはソレではない。

「ブロッサム。イムヌス教とは強い結びつきにある孤児院。貴方はそこの出身者である。
それは間違いないですね?」

 言葉を区切る。一つ一つ、再確認していく。しかしそれは言葉に出すことにより、彼に
どこまで知っているかを通知するものでもある。
 知っている事実を聞いたところで、プラスにはならないのだから。
 それのするのは”遊ぶ”ときだけだ。

「えぇ、合っています。そして僕は8年前にこちらへ入学しました」
 彼は補足情報もつけて返答してくれた。

 これは聞きたい情報だったので有益だ。

「イムヌス教の根源は悪魔の軍と対峙した所にあると聞きます。私は悪魔という存在の知
識がありませんので」

 ふぅ、とわざとらしいため息をつくスレイヴ。

「些細な事でもいいので」
「……僕も大して詳しいことは知りません。イムヌス教としては、黒き病を操る黒い悪魔が
いて、それを七英雄達が滅ぼしたという事ぐらいです」

 悪魔は敵。邪教ではない限り、それは定石でもある。スレイヴは関心もせずふむ、とう
なずくだけだ。
 たいした情報はない、メルのあの反応はその為か。幼い心のための妄信か。
 新たな情報が加わる。

「そうでした。悪魔の軍には自軍に反旗を翻した者もいるようです。なんでも、当時最高
峰と言われた魔術師クラトルの説得によって引き込んだとか」

 ということは、スレイヴの推察はずれる。
 利用するものは利用するという思想では一つの教えとしては崇められる筈がない故、典
型的な『悪魔=滅』という宗教ではない。
 一心にその教えを受ける身ならば、その知識は平等にあるべきだ。
 と、彼の表情が曇っている理由を走査する。
 故郷について。

 そういえば、

「確か……ブロッサム孤児院の隣には教会が……」

 その呟きをグレイスは否応無しに奥歯を食いしばる。
 彼が反応したのを待つため、スレイヴは言葉を切った。
 時刻はいつの間にか夕刻となっている。雲間から差し込む日差しも傾き弱いものとなっ
ている。
 その赤い光が壁を指し、視線をはずしている彼を写す。

「『聖ジョルジオ教会の悪夢』」

 苦しそうな息と共に吐かれた言葉は一つの事件を示すものだった。
 スレイヴにとってはただの最近起こった史実。しかし、グレイスにとっては身内に起き
た惨事なのだ。
 重々しく彼が言葉を、

「創立800周年の式典。そこに一体の悪魔が姿を現して、その場に居た人達は……」

 繋げ切れなかった。
 事実は100人以上の死者を出した惨事。そこに彼の同胞はどれくらい含まれているの
だろうか。
 そして、そこに彼はいなかった。
 だから、今回の事件を連想させた。
 もしアレが、議場の中心で召喚されたら被害は近しいものとなっていただろう、と。
 だから、スレイヴは。
 ”わざと口にした”

「先日はあのようにならなくて、幸運でしたね」

 鼓動が跳ね上がり、カッと目を見開くグレイス。あの場所にはグレイスは居なかった。
だが、『サイズマン研究室の人間』は居た。
 古傷を撫でるような感触。うずくような、ざらつくような。
 一間、グレイスの思考は内で廻っていたが、噛み締めていた歯を緩めると長い息を吐いた。
 それは、自分の中でうごめいた衝動を吐き出すように。

「えぇ、そうですね……。本当に」

 その顔からは安心という感情が読み取れない。どちらかといえば苦渋、悔恨。
 夕日に染まる赤い世界で、沈黙が流れる。
 ”先日の事件”で、死傷者は確実に出ている。その点はグレイスの頭の中からは忘れられ
ているのだろう。
 思い出させる事は出来たが、今は次の話へと展開させる。
 彼はその為にグレイスを訪ねたのだ。

「その事件の調査員として、アメリア・メル・ブロッサムというシスターがこちらへ来て
いるのです。彼女と面識は?」
「メル……? メルがこちらに!?」
「えぇ」

 スレイヴの相槌に「そうですか」と懐かしむような息が漏れる。
 そして、今度の吐き出された言葉は、本当に安心から出たものだった。

「生きていてくれて、よかった……」

 あんな事件が起こったというのに、生きていてくれたことが喜ばしい。
 5年前に分かれたともあれば、彼の脳裏に焼きついた彼女の姿は非常に幼い姿だろう。
 スレイヴはそう推察し彼の趣向に触れようとした矢先、

「彼女は面倒見もよく、非常に聡明でした。だから僕は彼女は凛とした女性に成長すると
思っていました。調査員とは……」

 ビシリ、とスレイヴの脳裏に響いた。彼の表現は現状には沿わないもの。
 聡明。年端もいかなければただ明るい年頃。それを聡明と言う。
 凛とした女性。それは少女に対する表現ではない。
 スレイヴは鋭く反応している。グレイスの心はそこに集中してしまったため、スレイヴ
の変化を見逃していた。

「彼女とは?」

 何気なしの言葉に聞こえたのだろう。

 グレイスはただ、安心した声で

「彼女はよく、僕の変わりに他の子の面度を見ていました。5年前にも一度帰ったんです
けど、その時も本当によく動いていて」

 他愛もない思い出話から──

「同い年の男の子も彼女にかかれば……。僕も生まれるのがあと5年遅かったらどうなって
たか」

 思い出を懐かしみ微笑む彼を他所に、スレイヴにはもう、グレイスの声が聞こえなく
なっていた。
 周囲の音すら認識せずに内なる感覚に身を任せる。ただ、ドスン、と何かが動きだした。
 それは地面から溢れ出る水の様に染み出し、流れる溶岩の様に静かに、崩れ落ちる土砂
の様に激しく。
 体の奥底から黒い何かが。
 グレイス・ブロッサムの年齢は23と記憶している。
 それが、「5年遅ければ」、だ。

──そうですか……そうですか!アメリア・メル・ブロッサム、貴女というヒトは──

 勢いよく、廻りだす。

「大変興味深い話でした、グレイス・ブロッサム。貴方に感謝を」
「え、な……?」

 唐突に声を上げるスレイヴにグレイスははっとする。ヤツの抑えているが滲んで来る何
かを感じ取って。

「感謝ついでに、貴方にも有益は情報を提供しましょう。魔術師とは等価交換が基本です
からね」

 噂の彼にとって嫌味にも聞こえなくないそれは、スレイヴの知ったことではない。
 そのまま振り返って帰りの道へと進み始める彼を、グレイスは呆然と見ている。
 しかしながら自らの鼓動音が嫌に耳に障っていた。なんだ、コイツは、と。
 それはスレイヴの事なのか自らが発している音なのかそれ以外の何かなのかは、判断が
つかない。ただ、この時はすべてに”障る”。

「アメリア・メル・ブロッサムの容姿は、聡明な少女。おそらく貴方が最後に見た姿とさ
して変わらないでしょう」
「なっ!?」

 驚き、これ以上の声は出せないグレイス。思考が固まる。彼の神経系は一瞬、すべての
情報収集を中断していた。
 そんな彼を放置し、スレイヴはまた悪い笑みを浮かべ、薄く笑い声をもらしながらその
道から去っていった。

──どうです、有益でしょう──

 振り返らずスレイヴは心の中で背後で立ち尽くす彼に言葉を投げた。


 ……噂とは帰して真実とも言ゆる。


2007/02/10 22:03 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【10】 狂え旋律よ/メル(千鳥)
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PC:メル (スレイヴ)
NPC:バルドクス 従者
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††

 巨大な鐘の音が朝の学院に響き渡った。
 その音に引き寄せられるように、人気の無かった校舎に次々と人がなだれ込んでくる。
 冷えた空気に包まれていた校舎は、若い生徒たちの熱気とざわめきで急速に空気を変えてゆく。
 そんな朝の登校風景をメルは中庭のベンチに座って眺めていた。

 いつも通り、夜明けと共に目を覚まし朝のお祈りを終えたシスターは女子寮のコックに苺のジャムサンドを包んでもらうとまず講堂を繋ぐ回廊へと足を運んだ。
 昨日見逃したことが無いかを確かめるためだった。
 調査に必要な情報は全て集めた。
 学院から送られて来た依頼書の内容と見比べても怪しい点はない。
 召喚者は死に、悪魔はスレイヴに撃退され、魔法陣を描いた人間も除籍されている。
 この調査書を大聖堂に渡せばメルの調査員としての仕事は終わるはずであった。
しかし、悪魔はまだこの学院から立ち去ってはいない。
 回廊に残された文字、十字に崩された柱。それは間違いなく悪魔からメルへのメッセージだった。
 スレイヴが撃退した悪魔が未だこの学院に身を潜ませているのか、または別の悪魔なのかは分からない。

「誰かが興味本位で触ったら大変ですわ・・・。やはりラクトルの魔法陣を消さなくては」

メルは調査員では無くエクソシストとして動き始めた。

 

 しかし、その決意も空しく数時間後にはメルは中庭のベンチに座っていた。

「せっかく人のいない時間を選んだのに、反応は、なし・・・」

聖水と聖句で魔法陣を清めると、ラクトルの魔法陣は呆気なく消え去った。
 大聖堂の許可なしに行動したことは後に問題になるかもしれなかったが、悠長に返答を待つ余裕はなかった・・・はずだ。
 しかしその後悪魔が攻撃してくる気配はない。

「お花さんおはよう。太陽さん、もっと光をおくれ。」

抑揚の無い声が突如、茂みの中から聞こえた。びっくりして振り返ると男が両手を上げて立っている。

「何をして・・・らっしゃるの?」

ベンチから腰を浮かせた体勢のままメルは尋ねる。
 男のポーズは子供たちが演劇でやる木の役に似ていた。

「僕は木。光をいっぱい浴びて光合成するんだ」

二十代後半と思われるの男の異様な様子に普通の人間なら即座にその場を離れたであろう。
 しかし、メルは辛抱強く語りかける。

「貴方は光合成が出来るのですか・・・?」
「僕は無害な植物。植物ならだ~れも僕を虐めない」

男は短く刈り上げた金髪に高い鷲鼻を持つ、彫りの深い顔立ちをしていたが、目は虚で顔中の筋肉が弛緩しているようだった。

「誰が貴方を虐めるのですか?」

男の言葉を素早く汲み取ると、メルは両手を組んでなるべく優しい声で語りかけた。

「わたくしは貴方を虐めたりしませんわ。貴方のお役に立てることはありませんかしら?」

 メルはこの哀れな男を不憫に思い、救いの手を差し延べようとした。
 しかし、男はその言葉を聞くとぎょっと表情を変えた。

「「わたくし」!?「かしら」だって!?やめてくれミルエ!!そのような姿をしたって騙されないぞ。お前はまだ私を愚弄したりないというのか!!」

叫び出した男の顔は正気に戻っていた。
 その中には予想もしていなかった名前が含まれている。

「あの男たちを使って!私を!汚らわしい!!お前たちこそ悪魔だ!!」

狂ったように・・・事実彼は狂っていたが、吠え続ける。

「バルドクス様!!屋敷を抜け出してまたこんな所へ」

 呆然と立ちつくすしかないメルの脇を従者がかけてきて男を取り押さえた。

「その方は・・・バルドクス・クノーヴィさんですか?」

もしやという思いが頭から離れず、尋ねずにはいられなかった。
 学院の話ではバルドクスは死亡しているはずだ。

「え・・・?そうですけど。うわっ!!君シスターなのか!」

従者は狂った主の横に立つ少女がシスターだとは思っていなかったようだ。
 慌てた様子で辺りを見回すと・・・

「あ、主はもう充分な罰を受けました。これ以上の追求はクノーヴィ家の名を落とすことに。どうか、これでご勘弁を・・・」

金貨を数枚メルの手に握らせようとする。
 そんな従者の手をメルは思い切り払った。

「そのような物は不要です!!」

愛らしいその容姿からは想像できない怒声に、従者は飛び上がり、バルドクスが怯えて耳を塞いだ。

「大勢の人を死に追いやりながらその態度は何ですか!!」

メルは怒っていた。
 しかし、目の前にいる男たちではない。
 昨日出会った彼ら――アルフ、オルド、ミルエ・・・それに、スレイヴに対してもだ。
 彼らは友好的に捜査に協力するフリをし、裏ではメルを騙して嘲笑っていたのだ。

「お前たちこそ悪魔だ!」

 そう叫んだバルドクスの声が未だ耳の中でこだましていた。

「シスターどうかお許し下さい。私どもに懺悔のチャンスを」

メルの余りの剣幕に従者は怯えきった声で懇願した。

「ならば貴方の主に起こった事を全て話してください。貴方を神が見放さないうちに!」

++++

絶対四重奏。


平和な生活を送りたいのならば近づいてはならない場所、物、人と言うものがある。彼らはまさにそれだった。

彼らの演奏を妨げてはいけない。

天才と馬鹿は紙一重と言うが、奇才を放つ彼らは天災と紙一重だった。

「バルドクス様はよりによってミルエ様と全く同じ研究を選ぶ事で彼女の好敵手となろうとされました。しかし、あの方に敵うはずも無く発表会で礎となる理論を覆されたバルドクス様は自暴自棄となり、偶然手に入れたメモから悪魔召喚を行ったのです」

従者はそこで、地面をくの字に這い「僕は虫けらです」と繰り返す主に視線をやった。

「あれが術のリバウンドなのか、別の圧力があったのかはお医者様にも分かりません。ただ、悪魔はスレイヴ様に撃退され、バルドクス様の身はオルド様とアルフ様に拘束されていました」
「何て酷い・・・」

メルは「気の病はきっと治りますわ!!」とバルドクスの手を握った。
 しかし、バルドクスは、奇声を上げて飛びあがるばかりだった・・・・。


2007/02/10 22:05 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【11】 それぞれの朝/スレイヴ(匿名希望α)
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PC:スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズetc
場所:ソフィニア
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 朝。それは誰にでもやってくるもの。
 太陽光が空気の屈折を受け赤い光となり周囲を照らしている。
 日差しは東から。
 ピンと張り詰める空気が心地良い今日の始まり。


 我らが絶対四重奏。初めに行動を開始するのは、以外にも彼である。



「どわぁぁ!!ゆ、夢か……変な夢見ちまったぜ。ったくなんであんなアルフがいるんだ
よっ……マテよ。ここドコよ?」

 見知らぬ天井どころではない。
 オルド・フォメガ。森の中で目を覚ます。

「……落ち着けオレ。昨日なにが起こった?いいか自分。気合の貯蔵は十分だ。行動を思い
返せ」

 朝日の差し込む森の中、どっかりとあぐらをかいて座り込むオルド。
 腕を組み、昨晩の出来事を思い返す。
 初めに説明しておくならば、彼の現在地はソフィニアから北へ半日程歩いた距離である。
 そして、彼の寝床はしっかりソフィニアの隅に存在している。

「酒場で酒食らってそれから獣人のジョニーとボブとバトルしてから、ソフィニア郊外ま
で競争してまた殴り合ってから別れたんだよな。それからどうしたんだオレ」

 走馬灯のようにコンコンと湧き出る昨日の行動が一瞬にごる。だが、それも一瞬。

「あぁ、そうか。そこで一回ぶっ倒れたのか」

 過剰な魔力消費で負荷がかかり、寝転んだら寝てしまったということらしい。
 だがそれは一刻。朝までではなかった。

「よし、問題はそっからだ。なにが原因で……」

 オルドが呟いた時、目の前にいる一匹の黒猫が目に入る。
 オルドは「あ」と思わず声を出し、その謎は一気に氷解した。すべては目の前の猫の所
為なのだ。

「またテメェかよ!!。オレの夢で遊ぶなっつーのがわかんねぇかなこの馬鹿猫は!」
(だって馬鹿猫ダモン)

 オルドの目の前の黒猫は、淫夢を見せて性を奪う使い魔の類である。が、自由奔放と一
人歩きしている。
 この使い魔の主は……オルドと深い知り合いだ。
 故に、オルドは手加減していた。
 が、

「今日という今日は許さねぇ。よりにもよって、あんな夢を見せやがってゴルァ」

 蒼白になり気味で身を震わせるオルド。頭をぶんぶん振って忘れようとする。
 ガァっと立ち上がり、地団駄まで踏んでいる。
 そして黒猫へビシッっと指を指した。黒猫はそのまま鎮座している。

「どういうつもりだか知らねぇが覚悟しやがれコノヤロウ!!」
(ぽっ)

 ……はぁ?

 怒りにわなわなと指先を震わせている。猫の癖に頬を赤らめるなど、どういう状況だ。

「なんで!俺と!アルフが!裸で抱きあ…ゴファ!!」

 オルドは口にしたところで自爆したことに気づき、思わず吐血した。それはすごい無駄
な特技である。
 肩で息をしているがその体勢は変わっていない。そこで黒猫の一言が決定的だった。

(だって、見タカッタンダモン)

 オルド、直立不動。
 小鳥のさえずりが響く朝の森の中、指を指したまま固まる男と、その先の黒猫。
 直後。オルドの額に特大怒りマーク。
 後日語ったが、黒猫は何かが切れた音がしたという。

「テメェの妄想に、本人ツキアワセテンジャネェェェェェェェェェェ!!!!」

 鳥達が羽ばたき去っていく音が聞こえる。オルドは叫んだあと、身を前にかがめ体をひ
ねり力いっぱい拳を握った。
 空気が先程とは別の意味で張り詰める。
 これは空気がではなく力場が張ったことを意味する。
 黒猫はびくッと震え、ソロソロと忍び足で退散しようとした。
 しかしそれは意味を成さず。誰にも理解されず。

「詠唱省略フルブースト!!!」

 周囲の空間が一度大きく振動し、収束する。黒猫が駆け出すがもう遅し。

「吹き飛べやゴルァ!!」
(にぎゃーーーーーーーっ!!)

 そして時は動き出す。
 実に彼らしい、騒々しい朝である。



 ‡ ‡ ‡ ‡


 次の起床はミルエ嬢である。
 寝起きの姿は……む、睨まれてしまった。ここは退散しよう。

 ‡ ‡ ‡ ‡

「おはようございます、ミルエ様」
「おはようございます」

 身だしなみも整え終わり部屋から出たミルエは廊下を歩いていたメイドと挨拶を交わす。
 彼女は人一倍、時間がかかっていた。がそれは余念がないだけであり、時間には間に合
うよう早く起きている。
 魔術師でありながらあまり夜には時間を使わず、平常的な生活習慣を送るのが美しく在
る為としているからだ。
 そのため、朝食を摂る時間も十分にある。

「なかなか可愛い方でしたね」

 食事中、一人ごちる。
 両親は屋敷にいるのだが、この時間の朝食には出てこない。彼らの生活パターンからす
れば早いからだ。
 ソフィニアの高級住宅街にミルエ・コンポニートの家はある。
 代々ソフィニア魔術学院を卒業している家系で、ミルエも当然のようにそう在った。
 ただ、両親達を違うのは『友人と呼べる存在』。それによって学んだ『自分の在り方』
 能面とした家系の中、それは際立って見えた。優秀であれという親の教えには反してない。
 親とは疎遠になってしまったが、後悔などなかった。

「ミルエ様。今日はとても楽しそうですね……あ、昨日からですね」

 その理由としてこの家に仕えている者からは慕われていた。
 お付のメイドがミルエの仕草を確認しながら発言する。言った本人も何か楽しそうだ。

「えぇ。昨日もお話しましたけどあのシスターがかわいらしくて」

 ふふ、と笑みをこぼしメイドに答える。
 魔術学院内ではあまり見られない笑みであることを、このメイドは半ば知っている。
 それがまた嬉しくて、メイドは笑顔で話しに聞き入っていた。
 たまに相槌を打ち、たまには意見を出し。
 二人では寂しく感じられる大広間だが談笑が続く中ミルエの朝食は無論、笑顔で行われ
ていた。



「ミルエ様、今日も早いですなぁ!」

 玄関から門へ向かう途中、庭師の老人が陽気に声をかけてくる。
 だが、老人とはいささか御幣があるかもしれない。
 歳は確かにいっているのだが、その肉体はあまりに若々しい。長身のドワーフ族のよう
などっしりとした体格である。
 彼女の通う魔術学院の学生がもやしに見えてならないのは当然だろう。
 例外はいるが。

「ふふ、早起きは得だって言ったのは貴方でしょう?」
「がっはっは。そうですな!」

 日が大分上がっているが活動時間として動き始めるにはまだ早い時間である。
 先ほどの台詞を言った本人は、やはり早起きなのだ。
 季節が冬になれば日差しはもう少し傾いているかもしれないが、それでも彼女のスタイ
ルは変わらない。
 無論、この老人の行動も変わるはずがない。
 豪快に笑う老人を背中に、門を通る。ここから、魔術師としてのミルエが始まるのだ。


「さぁ、今日もいきますわよ」

 気合を入れて、歩み出す。



 ‡ ‡ ‡ ‡


 次は……アルフである。
 彼は学内の寮に住んでいる。
 布団を押しのけ、まずはベットの上に座り込んだ。

「……」

 ……。

「……」

 ……。

「……」

 おい、動けよ。

「……」

 彼は、朝に弱い。
 まずは頭を覚ますことから始まる。
 ぼーっとしており、寝巻き用のよれたシャツがはだけているのはお約束だろう。
 ふらふらとベットから置き出し、水浴びを慣行する。これで目が覚めてくれるはずだ。
 彼がいる部屋は本来二人部屋である。
 しかも魔術学院はここで生活技術の試行をしているので、上質な部屋となっていた。
 が、アルフ一人しか使っていない。
 これはいろいろと噂があるが、誰しもが思うことがある
 『コイツらと一緒にいたら命がいくつあっても足りない』
 ”ら”とは無論、絶対四重奏である。故に、誰も相部屋など申し出る輩などいない。
 一部女生徒からたまに話が上がるが、男子寮と女子寮は別館なので論外である。
 もしその枷がなくなったとしてもアルフは動じないだろうが。

 水浴びから戻ってくるアルフ。
 その肉体は非常にがっしりしている。どちらかというと鉱山で働く男のようだ。
 普段はそのようには見えないことから、着やせする人種なのだろう。
 絶対四重奏の中で一番筋力があるように見えるのはオルドだ。
 だが、純粋な”肉体のみ”の能力ではアルフが遥かに上を行っている。
 その事実は、殆ど知られていない。

「……」

 無駄なことはせず、ただ黙々と着替えるという作業を続ける。
 だが、一つ思うことはある。
 あの小さな聖職者だ。
 今までの生活のなかで中々なレベルのイレギュラーとされている。
 面と向かってあのようなことを言われるとは思わなかった。
 資料をトンとまとめたところで、手が止まっていることに気づくと「ふ」を息を漏らし
て笑っていた。
 誰も見ていなかったことが幸いだろう。目撃者でもあれば何がどうなったかわからない。

 それ以後は単調に準備を行い、外へ出るためドアを開けた。


 ‡ ‡ ‡ ‡


 最後にスレイヴである。

 彼は個別にラボを持っている。どういう契機で手に入れたかは闇に葬られている。
 好奇心は猫をも殺す。あまり勘ぐらないほうが身のためだろう。
 夜明け頃に吹き飛ばしていた奴もいたが、それはご愛嬌。
 書物に埋もれたベットなのか、書物に埋ったベットなのかわからない状態の寝床で目を
覚ます。

「あぁ、もうこんな時間ですか」

 積み上げた本の上にバランスよく乗った置時計を見る。すでに彼の起きる時間となって
いた。
 昨晩はあれこれ考え事をしていたらしく、ベットの側にもメモ書きが散らばっていた。

 ここは郊外の商店街の脇に位置するラボのである。
 一階が研究スペースとなっており、住居スペースは二階となっている。
 スレイヴは側に置いてあった眼鏡を手に取り、かけてからベットから降りた。
 そしてちょっとこった感じのする肩をコキコキならすと、散らばっていたメモ書きをま
とめ始める。
 同時に寝起きの頭に開始号令をかるため、昨日の情報の整理を開始した。

 図書館でメルに会う。
 現場検証をする。
 悪魔が仕掛けてくる。
 グレイスを訪ねる。
 そして。

 スレイヴはまた一人、笑みを浮かべていた。

「ここまで楽しいことがあるのは久しぶりですねぇ……ブリケット以来でしょうか」

 日はすでに昇りきっている。スレイヴは”魔術学院に所属しているわけではない”ので時
間に縛られる必要はなかった。
 自分のペースで赴き、自分の成すべき事を成すまで。
 着替え後、おもむろに一階へ降りる。
 執務室風なそこは二階と違って整理されていた。奥にも部屋があり、施術スペースと
なっている。
 スレイヴはわき見も見ずに外へ向かう。
 外は無駄に晴れていた。

「くくくっ……楽しくなりそうですねぇ!」

 魔術学院のある方向を眺めたその表情は、爽快な笑顔であった。



2007/02/10 22:05 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題

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