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PC:メル スレイヴ
場所:ソフィニア魔法学院
NPC:スレイヴフレンズ 学院生徒
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡
ここに、一人の学生がいる。
彼は少々変わった趣向を持っている。
彼は見つけてしまった。
この魔法学院にあるはずのない法衣を纏った少女。
年の頃は10代前半。
その視線は手にした紙切れと周囲を往復している。
彼は少女が道に迷っているのだと判断した。彼にも経験があるからだ。
そして道案内してあげようと決めた。
ここでもう一度述べよう。
彼は少々変わった趣向を持っている。
具体的には「年下の女の子に”お兄ちゃん”と呼ばれることに最大の喜びを感じ
る」という趣向だ。
彼の脳内シュミレートで行き着いた先は、未成年お断りな代物。
思わず緩んでしまった顔を引き締めると、いかにも”いい人”なオーラに切り替
えて少女に近づき声をかける。
少女は何の疑いもなく応答した。年相応のあどけなさに彼の背筋をたとえ様の
無い快感が走る。
彼の様子に首を傾げたが、その様子も彼にとっては快感の餌でしかない。
彼は我に返ると何処に行きたいのかを問うた。
その行き先を聞いた時、彼の背筋をたとえ様の無い悪寒が走った。
‡‡‡‡‡‡‡
研究棟には錬金術関係が集中する一角がある。
他の分野とは一閃を駕するそれらは、機材・資材の都合で別環境にあると言っ
てもいい。
故に、魔法学院の棟の中では一番離れた場所に位置し、生徒達には錬金棟など
とも呼ばれている。
その錬金棟に並ぶラボの一つに「アルフ・ラルファ」の名があった。
少し長めのボサついた赤髪、少々ずれかけの眼鏡。ここまで見ればだらしがな
いと一蹴されるだろうが、その眼光は刺さるような鋭さを持っていた。
身だしなみを整えればどこかの麗しい王子に見えなくも無いが、本人はあまり
興味がなかった。
少しよれたシャツの上から白衣を纏っているその姿は、それで様になっている
ようだが。
先日、学院長の使いに渡された紙切れ。内容は学会発表時に起きたあの事件に
ついての操作の協力要請だった。
もう片付いていることを何をいまさら、と思いつつも抗議しにいくのも面倒
だったので結局そのままにしておいた。
そして今、ドアがノックされる。
アルフは拭いていたビーカーを定位置に置くとドアへ向うが、ドアノブに手を
かける前にまたノックされる。こんどは声付きだ。
「ソールズベリー大聖堂から派遣されま……」
言葉の途中でドアを開くアルフ。にべなしに訪問者へと問い掛ける。
「要件は」
よく通るその声は、小さくとも相手に伝わる。
聖法衣の少女はアルフを見上げ目線を合わせた。アルフも予想外に背の低い相
手を見るため、視線を下げる。
「は……初めまして。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソール
ズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
アルフの雰囲気に気圧されたのか驚いたのか、踏み出しでこけそうになったが
その後は難なく言葉を続ける。
見た目相応の声をした少女──メル──はアルフの眼を見据えたまま次の言葉を述
べる。
「先日の悪魔が召還されたという事件についてお伺いしたいのですが、よろしい
でしょうか?」
アルフは何もアクションをしなかった。無言と目線を肯定の意思として次の言
葉を待つ。
だが、メルはその意図を汲み取ってはくれなかった。
傍から見ればラボのドア先で気まずい状態になっている二人。メルからすれば
そうなのかもしれない。
その間いアルフは少女を観察する。年端もいかないあどけなさを残すが、容姿
とは沿わない落ち着きを感じる。
だが、経験不足か?
「一週間前に学術発表会が行われ、事件はその会場で発生。発表時に粗を突かれ
て逆上した生徒が退場後、悪魔を召還。魔法学院に雇われている治安部隊が退け
ようとしたが多大な被害を出した。だが悪魔を還すことに成功。召還者は悪魔帰
還のリバウンドを受け、耐え切れず死亡。ということになっている。聞きたい事
は何か」
一息に情報を伝えるアルフ。
突然の長文に対処しきれていない様子のメル。だが、時間をかけゆっくりと頭
に染み渡らせる。
アルフが述べた内容は、差障りないが少々引っかかる物言いだったがメルは気
にせず一つのことを問う。
「悪魔を撃退した方についての詳細な情報はありますか?」
学院長が言い淀んだ彼についてらしい。
アルフは即答する。
「スレイヴ・レズィンス」
「それが彼の名前ですか?」
アルフは軽く頷くと視線を軽くずらした。メルも思わずそちらの方向を見てし
まうが、そこには床しかない。
何か考えているのかな?と思うのも束の間、「出る準備をする」というアルフ
の声と共にドアが閉められた。
「あ……」
何か言うこともできず、案内してくれた人をも探してみるが、彼の姿も消えて
いた。
‡‡‡‡‡‡‡
「聞くより直接会うが早い」
ラボから出てきたラルフが言った言葉だ。
メルは見知らぬ生徒に案内された道を遡っていると感じる。実際そうなのだが。
所々にかかれた紋様はただそこにあるだけでも美術的価値がありそうなしろも
のだが、それは全て合理的になされたものらしい。
石作りの廊下を歩く二人。
「何処へ向っているんですか?」
行き先を告げていなかったアルフは「図書館だ」と呟いた。
通常の講義などが行われる一般棟との間に位置する。「資料館」とも呼ばれる
そこは呼称に相応の物量を誇り、魔法魔術関係の資料は他主要都市の図書館と比
較すると群を抜いている。
故にこの魔法学院の図書館を目当てにソフィニアを訪れる者も少なくない。
他棟との連絡通路に差し掛かった時、他方から声が上がった。
「ようアルフ。相変わらずクソ鋼鉄顔面してやが…………あ゛?」
かけられた声の質と内容は品性のカケラも無かった。
アルフはユックリと、メルは急な動きで声の主を見やる。そこには銀の髪を短
く乱切りした男が立っていた。背はアルフよりも少し高いだろうか。
彼の第一印象は大概同じである。『チンピラ』、と。 眉間に皺を寄せメルを
見る姿は正にソレであった。
魔術士とは思えない服装──何かの獣の皮を加工したと思われるズボン、上半身
裸の上からズボンと同質と思われるジャケットを羽織っただけ──をした彼は遠慮
もなしにメルへと近づく。
メルはこの類の人間に耐性はあるのだろうか?
「あぁん?何でこんなガキがココにイんだよ」
「ガ、ガキ……」
外見は10代前半の少女なのだから言われるのもしょうがないが、メルは衝撃を
受けているようだ。
少し意識が別の所へ飛びかけてる彼女を他所に、チンピラ風な彼はメルを舐め
る様に上から下まで見る。
まるで品定めをするかのように……
「オルド」
アルフが短く彼の名を呼ぶ。──オルド・フォメガ──学内でひたすらに規格外な
存在である。
何故こんな男が”魔法”学院にいるのか。盗賊ギルド所属と言った方が周囲は納
得するだろう。
「よくよく見りゃぁ、結構な上玉じゃねぇか。ッテーことは」
オルドはニヤリと笑う。悪党が悪事を思いついたときのような……そんな雰囲気で。
大して憮然としているアルフ。メルは内に入ってしまっていたがはっと意識を
戻した。
含み笑いをしているオルドはメルを眺めながら嬉々として”何かを”語りだす。
「拉致って幼女(?)を自分好みに育てるってかぁ!しかもシスターとはまたイイ
趣味しテんなテメェ!どこぞの王子様気取りでっ……」
「!?」
「黙れドアホウ」
オルドの台詞の途中、突如アルフの上半身がねじれその下半身の戻りの回転力
を利用した突き刺さるような蹴り……ソバットが放たれた。
前屈み気味にメルを観察していたオルドは顔面にアルフの足の裏を──鈍い大音
が響く──喰らい、
「ふぉおおおおおおお!?」
「!?」
彼が歩いてきた通路を吹っ飛んで逆行し、廊下を数回バウンドする。
30歩分程すっ飛んだようだ。中々の威力である。
回転力によって舞ったアルフの白衣がふわりと戻るのと、オルドが停止するの
はほぼ同時だ。
「効いたゼ、オマエのパンチ……ごふっ」
何故か満足げな表情を浮かべた後、動かなくなるオルド。
「蹴りだ」
短くツッこむ。
そして何事も無かったかのようにアルフはまた廊下を進み始めていた。
「あ、あのっ」
メルの焦っている声が上がる。置いていかれまいとして駆け寄りながらその表
情は混乱だろうか。
「あの方は……大丈夫なのでしょうか」
あれこれ変なことを言われたメルだったが、それでも相手を気遣っている。そ
れが彼女の性格なのだろう。
アルフは前を向いたまま、いつもの憮然とした表情で答えた。
「気にするな。いつもの事だ」
これが彼らの日常らしい……
‡‡‡‡‡‡‡
書物の保護の為に、階層を上に積むより下に掘り下げているその図書館の外観
は、只広い建造物である。
温度、湿度共に適当ではあるが、簡単な結界術により更に安定化されている。
つまりは単に過ごしやすいのだ。
受け付けカウンターを通り越し中に入ると、壮観な眺めが目に映る。
「うわぁ……」
幾段階に分かれた通路と積み上げられた本棚。
その景色は一つの芸術作品にも成り得そうな、幻想的なイメージも受ける。
空間という資源を余すことなく使うよう設計されたこの場所は、機能美という
言葉で片付けるだけではアマリに物足りない。
メルが声を上げるもの致し方ないだろう。
アルフは軽く息を漏らしながら笑い、図書館の一角のブラウジングコーナーへ
と向う。
掘り下げられた空間の中、中段に位置するそこは精霊光でも用いているのか仄
かに明るい。書物を読む場として適切に灯されているのだろう。
「あら、ごきげんよう」
足を踏み入れると、アルフまた声をかけられた。
声の主は金髪縦ロールでいかにも”お嬢様”という印象を受ける女だった。閲覧
席にて本を広げていたがようだ、アルフを見かけて視線を向けていた。
「スレイヴを見かけたか」
「今日はまだ見かけていませんわね。でも現れると思いますわ」
その言葉を聞きアルフは振り向いた。だが、そこには誰もいない。
しばし停止したが、階段の上を見やると周囲からは浮き立っている修道女が視
界に入る。
その視線に気が付いたメルはほっとした表情を浮かべ、アルフの元へと移動を
開始する。
「誘拐?」
「ミルエ、オマエもか」
どこぞの神話に出てきそうな台詞を呟くアルフ。だが彼女──ミルエ・コンポ
ニート──はつまらなさそうに「冗談ですわ」と呟いた。そして
「誑(たぶら)かした、が正しいかしら? 物理的に拾ってきただけでは、あのよ
うな表情はしませんわ。何か薬物を用いてインプリティングでも施したのでしょ
う?」
「……」
アルフ、無言。ミルエは再び「冗談ですわ」と呟いた。
周囲を見回しながら歩いてくるメル。初めてこの図書館に来る者の反応だ。初
々しいその姿にミルエの頬が緩んでいる。
容姿も相まって尚更幼い印象を受ける。
「……すごい所ですね、ここは」
すっかり図書館の雰囲気に呑まれているメル。無理も無いだろう。ここで平然
としているミルエやアルフも初めてココを訪れた時はそうなったものだ。
「初めまして。わたくし彼の友人でミルエ・コンポニートと申しますの。貴女が
調査員のシスターさん?」
「は、はい」
アルフしか認識していなかったのでメルは少々驚いたようだ。
「名前を伺ってももよろしい?」
「はい。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します」
似たような台詞回しだな、とアルフは内心呟く。
縦ロール女ミルエ。レースの飾りが多重についた脹らみのある白が基調のワン
ピースドレスを着用している姿は、誰しもがいい所のお嬢さんだと思うだろう。
事実そうなのだ。
開いていた本をパタムと閉じ、優雅と思わせるゆっくりとした動きでメルを見
つめると再び問い掛けた。
「どのような用事でこちらへいらっしゃいましたの?」
答える義理もない質問だが、気負いもなしに言うミルエには答えなければなら
ない気がしてくるメル。
さして秘密にする必要もないので、メルは答えるだろう。
ミルエは出会い頭のアルフの質問で大体察しはついていたが。
「先日の悪魔召還の一件です。悪魔を撃退された、スレイヴ・レズィンスという
方の事をお聴きしたくてアルフさんを尋ねたのですが、こちらを訪れれば彼に会
えるみたいのですので……」
アルフをチラッと見ながら答えるメル。
その様子を心の中で細く笑みを浮かべながら思う。──これは面白くなりそうで
すわ──と。
「そうでしたの。まだ彼は……噂をすれば影、ですわね」
ミルエの言葉の途中、一人の男が階段を降りているのを視線で捕らえる。
彼の方はすでに気づいているらしく、こちらに向ってくるつもりらしい。皆の
様子に気づいたメルは振り向くと、噂の彼だと思わしき人物を発見する。
「皆さんおそろいとは珍しいですねぇ。これから何かあるのですか?」
いつのまにかミルエの近くに座ってくつろいでいるオルドがいたが、アルフは
居ない事にすると決めた。
話題の人──スレイヴ・レズィンス──は客人と思わしき修道女を認め「初めまし
て」と声をかけた。
PC:メル スレイヴ
場所:ソフィニア魔法学院
NPC:スレイヴフレンズ 学院生徒
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ここに、一人の学生がいる。
彼は少々変わった趣向を持っている。
彼は見つけてしまった。
この魔法学院にあるはずのない法衣を纏った少女。
年の頃は10代前半。
その視線は手にした紙切れと周囲を往復している。
彼は少女が道に迷っているのだと判断した。彼にも経験があるからだ。
そして道案内してあげようと決めた。
ここでもう一度述べよう。
彼は少々変わった趣向を持っている。
具体的には「年下の女の子に”お兄ちゃん”と呼ばれることに最大の喜びを感じ
る」という趣向だ。
彼の脳内シュミレートで行き着いた先は、未成年お断りな代物。
思わず緩んでしまった顔を引き締めると、いかにも”いい人”なオーラに切り替
えて少女に近づき声をかける。
少女は何の疑いもなく応答した。年相応のあどけなさに彼の背筋をたとえ様の
無い快感が走る。
彼の様子に首を傾げたが、その様子も彼にとっては快感の餌でしかない。
彼は我に返ると何処に行きたいのかを問うた。
その行き先を聞いた時、彼の背筋をたとえ様の無い悪寒が走った。
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研究棟には錬金術関係が集中する一角がある。
他の分野とは一閃を駕するそれらは、機材・資材の都合で別環境にあると言っ
てもいい。
故に、魔法学院の棟の中では一番離れた場所に位置し、生徒達には錬金棟など
とも呼ばれている。
その錬金棟に並ぶラボの一つに「アルフ・ラルファ」の名があった。
少し長めのボサついた赤髪、少々ずれかけの眼鏡。ここまで見ればだらしがな
いと一蹴されるだろうが、その眼光は刺さるような鋭さを持っていた。
身だしなみを整えればどこかの麗しい王子に見えなくも無いが、本人はあまり
興味がなかった。
少しよれたシャツの上から白衣を纏っているその姿は、それで様になっている
ようだが。
先日、学院長の使いに渡された紙切れ。内容は学会発表時に起きたあの事件に
ついての操作の協力要請だった。
もう片付いていることを何をいまさら、と思いつつも抗議しにいくのも面倒
だったので結局そのままにしておいた。
そして今、ドアがノックされる。
アルフは拭いていたビーカーを定位置に置くとドアへ向うが、ドアノブに手を
かける前にまたノックされる。こんどは声付きだ。
「ソールズベリー大聖堂から派遣されま……」
言葉の途中でドアを開くアルフ。にべなしに訪問者へと問い掛ける。
「要件は」
よく通るその声は、小さくとも相手に伝わる。
聖法衣の少女はアルフを見上げ目線を合わせた。アルフも予想外に背の低い相
手を見るため、視線を下げる。
「は……初めまして。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソール
ズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
アルフの雰囲気に気圧されたのか驚いたのか、踏み出しでこけそうになったが
その後は難なく言葉を続ける。
見た目相応の声をした少女──メル──はアルフの眼を見据えたまま次の言葉を述
べる。
「先日の悪魔が召還されたという事件についてお伺いしたいのですが、よろしい
でしょうか?」
アルフは何もアクションをしなかった。無言と目線を肯定の意思として次の言
葉を待つ。
だが、メルはその意図を汲み取ってはくれなかった。
傍から見ればラボのドア先で気まずい状態になっている二人。メルからすれば
そうなのかもしれない。
その間いアルフは少女を観察する。年端もいかないあどけなさを残すが、容姿
とは沿わない落ち着きを感じる。
だが、経験不足か?
「一週間前に学術発表会が行われ、事件はその会場で発生。発表時に粗を突かれ
て逆上した生徒が退場後、悪魔を召還。魔法学院に雇われている治安部隊が退け
ようとしたが多大な被害を出した。だが悪魔を還すことに成功。召還者は悪魔帰
還のリバウンドを受け、耐え切れず死亡。ということになっている。聞きたい事
は何か」
一息に情報を伝えるアルフ。
突然の長文に対処しきれていない様子のメル。だが、時間をかけゆっくりと頭
に染み渡らせる。
アルフが述べた内容は、差障りないが少々引っかかる物言いだったがメルは気
にせず一つのことを問う。
「悪魔を撃退した方についての詳細な情報はありますか?」
学院長が言い淀んだ彼についてらしい。
アルフは即答する。
「スレイヴ・レズィンス」
「それが彼の名前ですか?」
アルフは軽く頷くと視線を軽くずらした。メルも思わずそちらの方向を見てし
まうが、そこには床しかない。
何か考えているのかな?と思うのも束の間、「出る準備をする」というアルフ
の声と共にドアが閉められた。
「あ……」
何か言うこともできず、案内してくれた人をも探してみるが、彼の姿も消えて
いた。
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「聞くより直接会うが早い」
ラボから出てきたラルフが言った言葉だ。
メルは見知らぬ生徒に案内された道を遡っていると感じる。実際そうなのだが。
所々にかかれた紋様はただそこにあるだけでも美術的価値がありそうなしろも
のだが、それは全て合理的になされたものらしい。
石作りの廊下を歩く二人。
「何処へ向っているんですか?」
行き先を告げていなかったアルフは「図書館だ」と呟いた。
通常の講義などが行われる一般棟との間に位置する。「資料館」とも呼ばれる
そこは呼称に相応の物量を誇り、魔法魔術関係の資料は他主要都市の図書館と比
較すると群を抜いている。
故にこの魔法学院の図書館を目当てにソフィニアを訪れる者も少なくない。
他棟との連絡通路に差し掛かった時、他方から声が上がった。
「ようアルフ。相変わらずクソ鋼鉄顔面してやが…………あ゛?」
かけられた声の質と内容は品性のカケラも無かった。
アルフはユックリと、メルは急な動きで声の主を見やる。そこには銀の髪を短
く乱切りした男が立っていた。背はアルフよりも少し高いだろうか。
彼の第一印象は大概同じである。『チンピラ』、と。 眉間に皺を寄せメルを
見る姿は正にソレであった。
魔術士とは思えない服装──何かの獣の皮を加工したと思われるズボン、上半身
裸の上からズボンと同質と思われるジャケットを羽織っただけ──をした彼は遠慮
もなしにメルへと近づく。
メルはこの類の人間に耐性はあるのだろうか?
「あぁん?何でこんなガキがココにイんだよ」
「ガ、ガキ……」
外見は10代前半の少女なのだから言われるのもしょうがないが、メルは衝撃を
受けているようだ。
少し意識が別の所へ飛びかけてる彼女を他所に、チンピラ風な彼はメルを舐め
る様に上から下まで見る。
まるで品定めをするかのように……
「オルド」
アルフが短く彼の名を呼ぶ。──オルド・フォメガ──学内でひたすらに規格外な
存在である。
何故こんな男が”魔法”学院にいるのか。盗賊ギルド所属と言った方が周囲は納
得するだろう。
「よくよく見りゃぁ、結構な上玉じゃねぇか。ッテーことは」
オルドはニヤリと笑う。悪党が悪事を思いついたときのような……そんな雰囲気で。
大して憮然としているアルフ。メルは内に入ってしまっていたがはっと意識を
戻した。
含み笑いをしているオルドはメルを眺めながら嬉々として”何かを”語りだす。
「拉致って幼女(?)を自分好みに育てるってかぁ!しかもシスターとはまたイイ
趣味しテんなテメェ!どこぞの王子様気取りでっ……」
「!?」
「黙れドアホウ」
オルドの台詞の途中、突如アルフの上半身がねじれその下半身の戻りの回転力
を利用した突き刺さるような蹴り……ソバットが放たれた。
前屈み気味にメルを観察していたオルドは顔面にアルフの足の裏を──鈍い大音
が響く──喰らい、
「ふぉおおおおおおお!?」
「!?」
彼が歩いてきた通路を吹っ飛んで逆行し、廊下を数回バウンドする。
30歩分程すっ飛んだようだ。中々の威力である。
回転力によって舞ったアルフの白衣がふわりと戻るのと、オルドが停止するの
はほぼ同時だ。
「効いたゼ、オマエのパンチ……ごふっ」
何故か満足げな表情を浮かべた後、動かなくなるオルド。
「蹴りだ」
短くツッこむ。
そして何事も無かったかのようにアルフはまた廊下を進み始めていた。
「あ、あのっ」
メルの焦っている声が上がる。置いていかれまいとして駆け寄りながらその表
情は混乱だろうか。
「あの方は……大丈夫なのでしょうか」
あれこれ変なことを言われたメルだったが、それでも相手を気遣っている。そ
れが彼女の性格なのだろう。
アルフは前を向いたまま、いつもの憮然とした表情で答えた。
「気にするな。いつもの事だ」
これが彼らの日常らしい……
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書物の保護の為に、階層を上に積むより下に掘り下げているその図書館の外観
は、只広い建造物である。
温度、湿度共に適当ではあるが、簡単な結界術により更に安定化されている。
つまりは単に過ごしやすいのだ。
受け付けカウンターを通り越し中に入ると、壮観な眺めが目に映る。
「うわぁ……」
幾段階に分かれた通路と積み上げられた本棚。
その景色は一つの芸術作品にも成り得そうな、幻想的なイメージも受ける。
空間という資源を余すことなく使うよう設計されたこの場所は、機能美という
言葉で片付けるだけではアマリに物足りない。
メルが声を上げるもの致し方ないだろう。
アルフは軽く息を漏らしながら笑い、図書館の一角のブラウジングコーナーへ
と向う。
掘り下げられた空間の中、中段に位置するそこは精霊光でも用いているのか仄
かに明るい。書物を読む場として適切に灯されているのだろう。
「あら、ごきげんよう」
足を踏み入れると、アルフまた声をかけられた。
声の主は金髪縦ロールでいかにも”お嬢様”という印象を受ける女だった。閲覧
席にて本を広げていたがようだ、アルフを見かけて視線を向けていた。
「スレイヴを見かけたか」
「今日はまだ見かけていませんわね。でも現れると思いますわ」
その言葉を聞きアルフは振り向いた。だが、そこには誰もいない。
しばし停止したが、階段の上を見やると周囲からは浮き立っている修道女が視
界に入る。
その視線に気が付いたメルはほっとした表情を浮かべ、アルフの元へと移動を
開始する。
「誘拐?」
「ミルエ、オマエもか」
どこぞの神話に出てきそうな台詞を呟くアルフ。だが彼女──ミルエ・コンポ
ニート──はつまらなさそうに「冗談ですわ」と呟いた。そして
「誑(たぶら)かした、が正しいかしら? 物理的に拾ってきただけでは、あのよ
うな表情はしませんわ。何か薬物を用いてインプリティングでも施したのでしょ
う?」
「……」
アルフ、無言。ミルエは再び「冗談ですわ」と呟いた。
周囲を見回しながら歩いてくるメル。初めてこの図書館に来る者の反応だ。初
々しいその姿にミルエの頬が緩んでいる。
容姿も相まって尚更幼い印象を受ける。
「……すごい所ですね、ここは」
すっかり図書館の雰囲気に呑まれているメル。無理も無いだろう。ここで平然
としているミルエやアルフも初めてココを訪れた時はそうなったものだ。
「初めまして。わたくし彼の友人でミルエ・コンポニートと申しますの。貴女が
調査員のシスターさん?」
「は、はい」
アルフしか認識していなかったのでメルは少々驚いたようだ。
「名前を伺ってももよろしい?」
「はい。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します」
似たような台詞回しだな、とアルフは内心呟く。
縦ロール女ミルエ。レースの飾りが多重についた脹らみのある白が基調のワン
ピースドレスを着用している姿は、誰しもがいい所のお嬢さんだと思うだろう。
事実そうなのだ。
開いていた本をパタムと閉じ、優雅と思わせるゆっくりとした動きでメルを見
つめると再び問い掛けた。
「どのような用事でこちらへいらっしゃいましたの?」
答える義理もない質問だが、気負いもなしに言うミルエには答えなければなら
ない気がしてくるメル。
さして秘密にする必要もないので、メルは答えるだろう。
ミルエは出会い頭のアルフの質問で大体察しはついていたが。
「先日の悪魔召還の一件です。悪魔を撃退された、スレイヴ・レズィンスという
方の事をお聴きしたくてアルフさんを尋ねたのですが、こちらを訪れれば彼に会
えるみたいのですので……」
アルフをチラッと見ながら答えるメル。
その様子を心の中で細く笑みを浮かべながら思う。──これは面白くなりそうで
すわ──と。
「そうでしたの。まだ彼は……噂をすれば影、ですわね」
ミルエの言葉の途中、一人の男が階段を降りているのを視線で捕らえる。
彼の方はすでに気づいているらしく、こちらに向ってくるつもりらしい。皆の
様子に気づいたメルは振り向くと、噂の彼だと思わしき人物を発見する。
「皆さんおそろいとは珍しいですねぇ。これから何かあるのですか?」
いつのまにかミルエの近くに座ってくつろいでいるオルドがいたが、アルフは
居ない事にすると決めた。
話題の人──スレイヴ・レズィンス──は客人と思わしき修道女を認め「初めまし
て」と声をかけた。
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††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル (スレイヴ)
NPC:男子生徒
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
大きくなったら、立派な魔法使いになって孤児院に帰ってくるよ。
メルの暮らしていた孤児院にも、そういい残してソフィニアに旅立った兄弟がいた。
彼は、メルよりも5つ程年上の頭の良い少年だった。その後彼がどうなったのかメルは知らない。彼の帰ってくるべき孤児院が閉鎖された今となっては二度と会うことも無いかもしれないが。
††††††††
『北研究棟2-4 アルフ・ラルファ』
学院長から渡されたメモには、場所と名前が記された一行の走り書きがあった。これからメモに書かれた人物に会って話を聞かなければならないのだが、メルは学院長室を追い出された瞬間に迷子に陥っていた。
「えぇと、確か玄関のそばに案内板があったはず…」
さて、玄関はどちらだろう…?
けして、メルは方向音痴というわけではない。しかし、この巨大な学院はたくさんの建物が隣接しておりとても複雑な造りをしていた。しかも、同じような教室がいくつもならんでいるのである。教会や修道院での暮らしの長いメルには、馴染みのないものだった。
「……どこに行きたいの?良かったら連れて行ってあげようか?」
最初の一歩を渋っていると、一人の生徒が声をかけてきた。色白にノッポの少年である。年はメルよりも一つ二つ年下に見えた。
そばかすを浮かべたその顔には親切そうな笑顔が浮かんでいて、メルも安心して笑みを返す。
「ありがとうございます。実はお会いしたい方がいるのですが、北研究棟までの行きかたを教えてはくれませんか?」
「研究棟…?誰に会いに行くんだい?連れて行ってあげるよ」
馴れ馴れしい少年の口調が気になったが、相手はメルの事をずっと年下の少女と思っているのだろう。こういったことは慣れていたので、メルは再びメモを開いた。
「『アルフ・ラルファ』という方なのですが、ご存知ですか?」
「 ………。 」
「あの……」
少年の動きは止まっていた。
笑いを浮かべた口元は緩んだまま開きっぱなし。目は何処を見ているのか分からなった。突然起きたこの親切な少年の変貌にメルは心配になって声をかける。そういえば、悪魔憑きにあった人々がよくこんな表情を浮かべていた。もしや、問題の悪魔がこの少年に憑依してしまったのだろうか。心配になったメルは、
「失礼」
素早く十字を切ると、少年の身体に触れる。パチンと小さな音がしたのは、偶然におきた静電気だったのだが、少年はびっくりして数歩後退した。
「す、すみましぇん!!」
「大丈夫ですか?」
邪まな思いを抱える少年は、小さい聖職者に思わず1オクターブ高い声で謝まる。メルは不審そうに少年を見た。
「さ、さぁ、行こうか!行ってやろうじゃないか!」
その視線が痛くて、少年は慌てて少女の頼りない肩を掴むと廊下を進み始めた。何故かすこしやけっぱちだった。
「あそこがアルフ・ラルファの研究室だ」
「ご親切にありがとうございました。助かりました」
少年は目的地の数メートル前で足を止め、指差した。まるでその先に暗黒でも広がっているかのような目つきで指をさすと、深々とお辞儀をしたメルの手を握った。
「気をつけてね、アメリアちゃん」
「はい。あの、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
ここに来るまで、ずっと質問攻めにあっていたメルはやっと少年の名を問うことが出来た。すると、突然少年は表情を変えた。そしてしばらく苦悩すると、低い声でぶつぶつと呟くように言った。
「その…僕の名前なんてどうでもいいんだ。“お兄ちゃん”って呼んでくれないかなぁ…」
メルには少年の趣向も意図するものも理解できなかった。むしろ知らなかった。だから純粋に疑問を返す。
「確かにわたくしは“シスター”ですが、何故あなたを“お兄ちゃん”と呼ばなければならないのですか?」
二人の間に沈黙が起きて、どこかで扉の開く音がした。
驚いた少年の体が数センチ床から飛び上がったのをメルは見た。
「じゃ、じゃあね!アメリアちゃん!!」
情緒不安定な方なのかしら。メルはそう思いながら少年の姿を見送った。
彼女の頭の中では未だ、ソフィニア魔術学院は、素晴らしく真面目で、優秀で、聡明な人々集まりと信じて疑っていない。
しかし、その考えを改める日はそう遠くは無い。
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズ(ミルエ アルフ オルド)
場所:ソフィニア魔術学院(図書館)
††††††††††††††††††††††††††††††††
今回の調査対象の一人であるスレイヴ・レズィンスは、地上へ繋がる階段を落ち着いた足取りで降りてきた。歳は20代半ばだろうか、メルが想像したよりも、若い。
視界の端で、オルドと呼ばれた柄の悪い青年が片手を上げて挨拶する姿が見えた。どうやらこの4人は親しい間柄のようだ。
「こんなところにシスターがいらっしゃるなんて珍しいですね。あぁ…」
アルフの隣で立ち止まると、眼鏡の奥の目を細めてスレイヴは考え込む仕草をした。
「もしかして、先日の事件のことですか?」
「はい、わたくしはソールズベリー大聖堂から派遣されたシスターです」
スレイヴは、彼の頭一つ小さいメルを一呼吸の間観察した。
“観察”という言葉は見られたメルが感じたもので、オルドの“値踏み”するような視線とは異なっていた。メルは上目遣いにならないように一歩下がると正面からスレイヴを見返した。
「調査員のアメリア・メル・ブロッサムと申します。こちらの学院で起きた悪魔召喚の事件について貴方にお聞きしたいことがあります。スレイヴさんですね…?」
「いかにも、私がスレイヴ・レズィンスです」
「腹の黒さにかけちゃ学院に並ぶ者が無いって呼ばれてる、あのスレイヴだな」
楽しむような台詞に、横からオルドの茶々が入る。
「はらぐろ・・・?」
振り返ると、オルドは浅く腰掛けていたイスから盛大に床に転がっていた。アルフが冷ややかな瞳で彼を見下す。
「無駄口を叩くな、オルド。話がややこしくなる」
「大丈夫ですか…!?」
慌てて駆け寄ろうとしたメルをミルエが優しく制する。
「気にすることはありませんわ。オルドはマゾなのでこうやってアルフに苛められるのを悦んで無駄口をたたいているのですから」
「ミルエ、てめぇッ誰が…マゾだ」
よく見れば、椅子の一脚の足元が溶けて短くなっていた。それがアルフの行ったものだとメルは知る由も無い。そんなハプニングなどスレイヴは気にもせずメルを見つめていた。
「アメリア・メル・ブロッサム……もしかして、サイズマン研究室の助手のグレイス・ブロッサムとはご親戚ですか?」
「……グレイス兄さん。そうです、同じ孤児院で育って…よく面倒をみてもらいました」
スレイヴの言葉にメルは忘れていた兄弟の名前を思い出す。そして孤児院出身である事を何のためらいも無く口にした。ブロッサム孤児院の子供たちにとって、あの家は誇りだったからだ。しかし、その家がなくなった今、
「ならば後で彼の所まで案内……」
「いいえ、結構です!それよりも貴方が悪魔と遭遇した場所に連れて行ってくださいませんか」
彼らに会うわけにはいかなかった。
スレイヴからの親切な提案を、メルの声が素早く打ち消した。4人の視線が集まり、メルは必死に取り繕う台詞を探す。しかし、他人に深く干渉することがない彼らはそれ以上追求しては来なかった。
「では、講堂の方に案内しましょう」
「あ、じゃあオレ様モ…」
「お前はいい」
身を翻したスレイヴに、ほっと肩を撫で下ろすとメルは彼の後ろをついていこうと体の向きを変えた。しかし、思い出したようにオルドの首根っこを掴むアルフの元に駆け寄る。
「アルフさん。親切にありがとうございました」
「たいした事はしていない」
本心からそう思っているであろうポーカーフェイスのアルフにメルはくすりと笑う。その表情は見た目の幼さから見ると幾分か大人びていたかもしれない。
「いいえ、アルフさんはとても良い方ですわ。でも、せっかく素敵なのだからもっと笑った方が良いと思います」
一瞬、アルフの周りが凍りついた。
「だぁーっ、ハハハハッ!!おぃ!聞いたかアルフ。ほら、もっと笑ってやr」
腹を抱えて笑い出したオルドにアルフの天誅がくだる。ミルエは読んでいた書物で顔を隠していたが、肩が笑っている。言いたい事を言ってすっきりしたメルは自分の言った台詞が爆弾級の威力を持っていることなど全く自覚するはずもなく、
「もうよろしいですか?」
「はい!」
スレイヴに元気よく返事をしていた。
―――その王子様的容姿に騙されて(?)アルフ・ラルファに恋する女性は少なく無い。しかし、彼の噂を聞くやいなや、たいていの場合は近寄る勇気すらもてず、夢の中で彼に微笑んでもらい満足するのである。その微笑(ほほえみ)を本人に求めるとは、メルはなんとも命知らずだった。
ミルエ曰く「冷徹漢のアルフに微笑まれたところで、寒気がするだけですわ」らしいが。
† † † †
「貴女は随分と大胆な人ですね、シスター」
「どういうことでしょう?」
講堂へ行く途中、上機嫌で言われたスレイヴの言葉に、メルは小首をかしげた。
先ほどから、行き交う生徒が自分たちを見ると一斉に道を開けている。異常な反応だったが、きっと客人が来たら道をあけるように教え込まれた礼儀正しい人たちなのだとメルは思った。
「私たちは学生時代からの昔馴染みなのですが“絶対四重奏”なんて呼ばれてるんですよ」
「まぁ、素敵な呼び名ですわね」
メルは、きっと彼らがそれぞれに秀才であるからつけられた名前なのだろうと考えた。それはある意味正しい。しかし、スレイヴはわざとらしくため息をついて続ける。
「それはどうでしょうね。世の人々が何を思いそう呼ぶのか、当事者には名に込められた真実の意味など知ることは出来ないのです」
「それならば、わたくしは教会内では“リトル・シスター”と呼ばれていますのよ」
「貴女が小さく可愛らしいからかな?」
そのお世辞に、メルは首をふった。
「いつまでたっても、本物のシスターにはなれないからですわ」
「奥深いですね」
スレイヴの眼鏡の奥が光ったような気がして、メルは喋りすぎた事を後悔した。事件の調査に来た自分がそのような事を言っては、まるで力不足のようではないか。
メルは改めて気を引き締めると、スレイヴ・レズィンスを見た。アルフのように無表情ではないし、オルドのような乱暴さもない、常に口元に笑みを浮かべるどちらかといえば老成した若者だった。しかし、その笑みが問題だ。この男の笑みは人を不安にさせる。本来なら、笑みは人を安心させる作用があるはずなのだが、その笑顔
に騙されてうかうか気を許したら、底なし沼にはまるのではないかと、そう感じさせるのだ。
(悪い方ではないと思うのだけれど……)
それがスレイヴの第一印象だった。
「ここが、私がその悪魔と遭遇した場所です。本来ならば魔法で修繕するところですが、貴女がたを呼ぶまで状態を保存していたようですね」
立ち入り禁止のロープの張られた研究棟と議会場を結ぶ回廊には、未だ痛々しい傷跡が残っていた。大理石の床が獰猛な獣の爪にかかったかのように大きくえぐれている。その傷を目で追うと途中で鉄壁に突き当たったかのように途切れていた。
「この事件で出た死者は20数名。いずれも一定の戦闘力、魔力を持った衛兵や魔術士だとききます。彼らを一瞬で死に追いやった悪魔を貴方が一人で撃退したのですか?」
「私はあくまで、追い払っただけですよ。相手に傷一つつけていません。彼らとの違いは、悪魔という存在の扱い方を多少知っていたという事です」
「そうですか…」
彼の言葉はメルにも十分頷けた。メルたちエクソシストも個々では悪魔を破滅させられるだけの力を持っていない。神のご加護の元、人々から悪魔を退かせるのがメルたちの仕事なのである。
メルは懐に入っていたガラスの小瓶を取り出すと、その手を聖水で清め回廊の柱の一つに十字を刻んだ。単なる魔よけだが、悪い気が集まるのを防いでくれるだろう。「これでとりあえず大丈夫」そういいかけたメルの背後でピシリと何かが割れる音がした。
「動かないで」
落ち着いたスレイヴの声と同時に、光がメルの足元を走った。彼を中心として巨大な光の円陣が広がっていた。その円陣は十分にメルの元まで届いている。悪魔の攻撃すら防いだ、あの防護の陣だ。
「どうやら、貴女への宣戦布告のようですよ?シスター」
メルの頭上にあった屋根は今や粉々になっていた。スレイヴの張った結界が、メルの上に振ってくるはずだった瓦礫の雨を押しとどめている。そして、十字を切った円柱 ―――
「“愚かな子供よ 親(神)の後ろに隠れて泣き叫ぶなら今のうち”……上等ですわ」
十字だけを残して崩れ落ちた柱はまさに墓標そのものだった。神を冒涜する悪魔のメッセージを前にメルは笑みすら浮かべていた。
「この悪魔を召喚した場所をご存知ですか」
「ええ、すぐ近くです。その日は研究生の論文の中間報告会がありましてね」
スレイヴが指をさしたのは百人程度の人を収容が出来る中規模の講堂だった。
「その、隣です」
† † † †
そこは、今は使われなくなった小さな建物で、以前は衛兵の詰め所として使われていたらしい。窓が高く、誰にも邪魔されずに魔方陣を書くにはもってこいの場所と言えた。
「これは……ラクトルの魔方陣ですわね」
「ほぅ、知っているのですか?」
黒い染料で描かれたそれを見たメルの第一声に、スレイヴは意外そうに尋ねた。
「敵を知らずに戦うことは出来ませんわ」
ラクトルの魔方陣は、悪魔召喚に使われる魔方陣の一つである。何百年も昔に主流とされたもので、現在は使われていない。何故なら、この魔方陣に関する資料が完全な形で残ってはいないからだ。イムヌス教の追跡者(ポートカリス)によって歴史上から抹消されたとも言われている。
生贄を必要とする現在主流の魔方陣とは異なり、名の鎖による契約で高度な交渉術を必要とする。今回の事件の契約者はおそらく悪魔との契約に失敗したのであろう。
「でも、まさか完璧な形で残った資料があったなんて…。何処で手に入れたのかしら」
「ソフィニアには古来からの貴重な資料が数多く残っていますからね。その資料を頼りに不完全だった円陣を完成させることは不可能ではありません」
「そう、なのですか…」
悪魔退治に来たはずが、とんだ問題が増えてしまった。メルは頭を悩ませる。報告書にはこの事件で起きた全てを書き記さなければならないのだが、メルにはスレイヴの言った説明さえ殆ど理解できなかったのだ。
口元に手を当て考え込むメルに、スレイヴが声を低くしてささやいた。
「実の話ですが…この魔方陣を考案したのは今回事件を起こした男と全く別の人間です。彼の専門はミルエと同じ自然魔法・精霊魔法専攻ですし、地位と金の替わりに才能に見捨てられた研究者には無理なことですからね。その男は研究の過程で偶然この魔方陣の復元に成功したのですが、運悪くその現場を別の人間に見られたために
学院を追われてしまったのです」
「今その方は何処に……?」
「その男を捜すのは時間の無駄ですよ。シスター」
「随分お詳しいのですね」
「私も陣式・印式を専攻していますから」
「では、スレイヴさんはその人の事をよくご存知だったのですね」
スレイヴは殊更にっこりと笑みを浮かべた。あの人を不安にさせる笑みだった。
「えぇ、よく知ってます」
PC:メル スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズ(ミルエ アルフ オルド)
場所:ソフィニア魔術学院(図書館)
††††††††††††††††††††††††††††††††
今回の調査対象の一人であるスレイヴ・レズィンスは、地上へ繋がる階段を落ち着いた足取りで降りてきた。歳は20代半ばだろうか、メルが想像したよりも、若い。
視界の端で、オルドと呼ばれた柄の悪い青年が片手を上げて挨拶する姿が見えた。どうやらこの4人は親しい間柄のようだ。
「こんなところにシスターがいらっしゃるなんて珍しいですね。あぁ…」
アルフの隣で立ち止まると、眼鏡の奥の目を細めてスレイヴは考え込む仕草をした。
「もしかして、先日の事件のことですか?」
「はい、わたくしはソールズベリー大聖堂から派遣されたシスターです」
スレイヴは、彼の頭一つ小さいメルを一呼吸の間観察した。
“観察”という言葉は見られたメルが感じたもので、オルドの“値踏み”するような視線とは異なっていた。メルは上目遣いにならないように一歩下がると正面からスレイヴを見返した。
「調査員のアメリア・メル・ブロッサムと申します。こちらの学院で起きた悪魔召喚の事件について貴方にお聞きしたいことがあります。スレイヴさんですね…?」
「いかにも、私がスレイヴ・レズィンスです」
「腹の黒さにかけちゃ学院に並ぶ者が無いって呼ばれてる、あのスレイヴだな」
楽しむような台詞に、横からオルドの茶々が入る。
「はらぐろ・・・?」
振り返ると、オルドは浅く腰掛けていたイスから盛大に床に転がっていた。アルフが冷ややかな瞳で彼を見下す。
「無駄口を叩くな、オルド。話がややこしくなる」
「大丈夫ですか…!?」
慌てて駆け寄ろうとしたメルをミルエが優しく制する。
「気にすることはありませんわ。オルドはマゾなのでこうやってアルフに苛められるのを悦んで無駄口をたたいているのですから」
「ミルエ、てめぇッ誰が…マゾだ」
よく見れば、椅子の一脚の足元が溶けて短くなっていた。それがアルフの行ったものだとメルは知る由も無い。そんなハプニングなどスレイヴは気にもせずメルを見つめていた。
「アメリア・メル・ブロッサム……もしかして、サイズマン研究室の助手のグレイス・ブロッサムとはご親戚ですか?」
「……グレイス兄さん。そうです、同じ孤児院で育って…よく面倒をみてもらいました」
スレイヴの言葉にメルは忘れていた兄弟の名前を思い出す。そして孤児院出身である事を何のためらいも無く口にした。ブロッサム孤児院の子供たちにとって、あの家は誇りだったからだ。しかし、その家がなくなった今、
「ならば後で彼の所まで案内……」
「いいえ、結構です!それよりも貴方が悪魔と遭遇した場所に連れて行ってくださいませんか」
彼らに会うわけにはいかなかった。
スレイヴからの親切な提案を、メルの声が素早く打ち消した。4人の視線が集まり、メルは必死に取り繕う台詞を探す。しかし、他人に深く干渉することがない彼らはそれ以上追求しては来なかった。
「では、講堂の方に案内しましょう」
「あ、じゃあオレ様モ…」
「お前はいい」
身を翻したスレイヴに、ほっと肩を撫で下ろすとメルは彼の後ろをついていこうと体の向きを変えた。しかし、思い出したようにオルドの首根っこを掴むアルフの元に駆け寄る。
「アルフさん。親切にありがとうございました」
「たいした事はしていない」
本心からそう思っているであろうポーカーフェイスのアルフにメルはくすりと笑う。その表情は見た目の幼さから見ると幾分か大人びていたかもしれない。
「いいえ、アルフさんはとても良い方ですわ。でも、せっかく素敵なのだからもっと笑った方が良いと思います」
一瞬、アルフの周りが凍りついた。
「だぁーっ、ハハハハッ!!おぃ!聞いたかアルフ。ほら、もっと笑ってやr」
腹を抱えて笑い出したオルドにアルフの天誅がくだる。ミルエは読んでいた書物で顔を隠していたが、肩が笑っている。言いたい事を言ってすっきりしたメルは自分の言った台詞が爆弾級の威力を持っていることなど全く自覚するはずもなく、
「もうよろしいですか?」
「はい!」
スレイヴに元気よく返事をしていた。
―――その王子様的容姿に騙されて(?)アルフ・ラルファに恋する女性は少なく無い。しかし、彼の噂を聞くやいなや、たいていの場合は近寄る勇気すらもてず、夢の中で彼に微笑んでもらい満足するのである。その微笑(ほほえみ)を本人に求めるとは、メルはなんとも命知らずだった。
ミルエ曰く「冷徹漢のアルフに微笑まれたところで、寒気がするだけですわ」らしいが。
† † † †
「貴女は随分と大胆な人ですね、シスター」
「どういうことでしょう?」
講堂へ行く途中、上機嫌で言われたスレイヴの言葉に、メルは小首をかしげた。
先ほどから、行き交う生徒が自分たちを見ると一斉に道を開けている。異常な反応だったが、きっと客人が来たら道をあけるように教え込まれた礼儀正しい人たちなのだとメルは思った。
「私たちは学生時代からの昔馴染みなのですが“絶対四重奏”なんて呼ばれてるんですよ」
「まぁ、素敵な呼び名ですわね」
メルは、きっと彼らがそれぞれに秀才であるからつけられた名前なのだろうと考えた。それはある意味正しい。しかし、スレイヴはわざとらしくため息をついて続ける。
「それはどうでしょうね。世の人々が何を思いそう呼ぶのか、当事者には名に込められた真実の意味など知ることは出来ないのです」
「それならば、わたくしは教会内では“リトル・シスター”と呼ばれていますのよ」
「貴女が小さく可愛らしいからかな?」
そのお世辞に、メルは首をふった。
「いつまでたっても、本物のシスターにはなれないからですわ」
「奥深いですね」
スレイヴの眼鏡の奥が光ったような気がして、メルは喋りすぎた事を後悔した。事件の調査に来た自分がそのような事を言っては、まるで力不足のようではないか。
メルは改めて気を引き締めると、スレイヴ・レズィンスを見た。アルフのように無表情ではないし、オルドのような乱暴さもない、常に口元に笑みを浮かべるどちらかといえば老成した若者だった。しかし、その笑みが問題だ。この男の笑みは人を不安にさせる。本来なら、笑みは人を安心させる作用があるはずなのだが、その笑顔
に騙されてうかうか気を許したら、底なし沼にはまるのではないかと、そう感じさせるのだ。
(悪い方ではないと思うのだけれど……)
それがスレイヴの第一印象だった。
「ここが、私がその悪魔と遭遇した場所です。本来ならば魔法で修繕するところですが、貴女がたを呼ぶまで状態を保存していたようですね」
立ち入り禁止のロープの張られた研究棟と議会場を結ぶ回廊には、未だ痛々しい傷跡が残っていた。大理石の床が獰猛な獣の爪にかかったかのように大きくえぐれている。その傷を目で追うと途中で鉄壁に突き当たったかのように途切れていた。
「この事件で出た死者は20数名。いずれも一定の戦闘力、魔力を持った衛兵や魔術士だとききます。彼らを一瞬で死に追いやった悪魔を貴方が一人で撃退したのですか?」
「私はあくまで、追い払っただけですよ。相手に傷一つつけていません。彼らとの違いは、悪魔という存在の扱い方を多少知っていたという事です」
「そうですか…」
彼の言葉はメルにも十分頷けた。メルたちエクソシストも個々では悪魔を破滅させられるだけの力を持っていない。神のご加護の元、人々から悪魔を退かせるのがメルたちの仕事なのである。
メルは懐に入っていたガラスの小瓶を取り出すと、その手を聖水で清め回廊の柱の一つに十字を刻んだ。単なる魔よけだが、悪い気が集まるのを防いでくれるだろう。「これでとりあえず大丈夫」そういいかけたメルの背後でピシリと何かが割れる音がした。
「動かないで」
落ち着いたスレイヴの声と同時に、光がメルの足元を走った。彼を中心として巨大な光の円陣が広がっていた。その円陣は十分にメルの元まで届いている。悪魔の攻撃すら防いだ、あの防護の陣だ。
「どうやら、貴女への宣戦布告のようですよ?シスター」
メルの頭上にあった屋根は今や粉々になっていた。スレイヴの張った結界が、メルの上に振ってくるはずだった瓦礫の雨を押しとどめている。そして、十字を切った円柱 ―――
「“愚かな子供よ 親(神)の後ろに隠れて泣き叫ぶなら今のうち”……上等ですわ」
十字だけを残して崩れ落ちた柱はまさに墓標そのものだった。神を冒涜する悪魔のメッセージを前にメルは笑みすら浮かべていた。
「この悪魔を召喚した場所をご存知ですか」
「ええ、すぐ近くです。その日は研究生の論文の中間報告会がありましてね」
スレイヴが指をさしたのは百人程度の人を収容が出来る中規模の講堂だった。
「その、隣です」
† † † †
そこは、今は使われなくなった小さな建物で、以前は衛兵の詰め所として使われていたらしい。窓が高く、誰にも邪魔されずに魔方陣を書くにはもってこいの場所と言えた。
「これは……ラクトルの魔方陣ですわね」
「ほぅ、知っているのですか?」
黒い染料で描かれたそれを見たメルの第一声に、スレイヴは意外そうに尋ねた。
「敵を知らずに戦うことは出来ませんわ」
ラクトルの魔方陣は、悪魔召喚に使われる魔方陣の一つである。何百年も昔に主流とされたもので、現在は使われていない。何故なら、この魔方陣に関する資料が完全な形で残ってはいないからだ。イムヌス教の追跡者(ポートカリス)によって歴史上から抹消されたとも言われている。
生贄を必要とする現在主流の魔方陣とは異なり、名の鎖による契約で高度な交渉術を必要とする。今回の事件の契約者はおそらく悪魔との契約に失敗したのであろう。
「でも、まさか完璧な形で残った資料があったなんて…。何処で手に入れたのかしら」
「ソフィニアには古来からの貴重な資料が数多く残っていますからね。その資料を頼りに不完全だった円陣を完成させることは不可能ではありません」
「そう、なのですか…」
悪魔退治に来たはずが、とんだ問題が増えてしまった。メルは頭を悩ませる。報告書にはこの事件で起きた全てを書き記さなければならないのだが、メルにはスレイヴの言った説明さえ殆ど理解できなかったのだ。
口元に手を当て考え込むメルに、スレイヴが声を低くしてささやいた。
「実の話ですが…この魔方陣を考案したのは今回事件を起こした男と全く別の人間です。彼の専門はミルエと同じ自然魔法・精霊魔法専攻ですし、地位と金の替わりに才能に見捨てられた研究者には無理なことですからね。その男は研究の過程で偶然この魔方陣の復元に成功したのですが、運悪くその現場を別の人間に見られたために
学院を追われてしまったのです」
「今その方は何処に……?」
「その男を捜すのは時間の無駄ですよ。シスター」
「随分お詳しいのですね」
「私も陣式・印式を専攻していますから」
「では、スレイヴさんはその人の事をよくご存知だったのですね」
スレイヴは殊更にっこりと笑みを浮かべた。あの人を不安にさせる笑みだった。
「えぇ、よく知ってます」
「えぇ、よく知ってます」
まるで友人の武勇伝を語るかのように。
「彼は魔術師とい道をただ進んでいただけだというのに、その道は厳しく険しい
もののようです。ただ不運なのか、それとも誰かの妨害を受けているのか…」
しみじみと語るその顔は、端からみれば笑っているが、良く見てもわらっていた。
もらした息にはどのような意が含まれているのか。”彼”とスレイヴを知らない
メルには検討もつかないだろう。
それでもメルは彼に起ってきた妨害を一言で片付ける。
「それは、試練なのだと思います」
「ほう、試練ですか」
スレイヴはメルの言葉に驚きと興味が混ざった表情をする。こういった考え方
もあるのかと言わんばかりの。その反応のためか、メルは更に言葉を続けた。
「行く道が、目指す所が高く遠い程、険しく、厳しくなっていきます。その道の
りを自らの足で歩き、幾多の害を乗り越えてこそ目標を達成したと言えるでしょう」
スレイヴはいかにもな発言に改めて目の前の少女が聖職者という認識をした。
「そうですね。我々が進む道に近道などありません。シスターの言葉を伝えてお
きましょう」
そしてふと、思い付く。言わなくてもいいのだが言わずにはいられないのがス
レイヴ。
知り合いに声をかけるような軽い調子で発言する。
「貴女にとっては今回の事が試練なのですね」
メルはうめくような声をもらした。自ら進んでこの一筋縄ではいかない調査を
思い出したためであろう。
予想通りの反応だったが、気づいていないフリをして続けるスレイヴ。
「だからこそあなたもそれらを乗り越えていくべきだと思いますよ。影ながら応
援しましょう」
なぜ影からなのか。メルに疑問に思わせる間もなく次の言葉が続く。
「そういえば、彼も昔から幾多の困難に見舞われていたようですが、それらをほ
とんど一人で消化してしまったようです。いやはや、彼の能力には呆れる程です
よ。彼が専攻する分野では右に並ぶものがいない、とそう聞いています。大陸全
土の名のある師がここに集うというのに……。あぁ、思い返すと一人ですべてを乗
り切ったからこそ今の彼があるのかもしれませんね」
立てた板の上を水が流れるような滑らかさで”彼”と呼ばれた人物を装飾する。
その表情はさきほどと変わらず”笑顔”
しかし、その笑みからは何の感情も読み取れない。曖昧な表現だが”方向性が
見えない”のだ。
「一人で、ですか」
納得できないといいたげな呟きだった。だが、その思考は中断されられた。
「この悪魔を召喚した魔法陣もですが、先程の瓦礫を防いだ防御陣。あれも彼の
考案なんですよ」
スレイヴはラクトルの魔方陣を見なが思い立ったように言った。
途絶えた円陣の復元、世にはあまり出回っていないひどく一般的ではない術
式。悪魔に襲われた時の──
そこまで考えた所で、メルはハッとする。
「先程は助けていただいたのにお礼も言わず……ありがとうございました」
スレイヴの正面に向き直り深深と御辞儀をするメル。その動きは言葉だけの緩
慢だった雰囲気とはガラリと違う。
細く笑むスレイヴは事もなしに
「そこまでの礼を言われる事はしていませんよシスター。防御陣を展開する範囲
に、たまたま貴女がいただけですから」
と言ってのける。
ただ聞けば味気なく非道にも聞こえるが、それをあえて口にすると謙遜にも聞
こえる。
狙っているのか狙わずか──学内では言わずとも知れているが、メルには判断材
料がなかった。
「それでも結果的にわたくしも守られたのですわ。ですから貴方に感謝を」
顔を上げたメルはスレイヴの目を正面から見つめると、軽い祈りの構えを取った。
表面上は苦笑いのスレイヴ。裏面では口元が歪んでいる。そしてそれ以上の言
葉はあえて口にしなかった。
ここまで深い礼をする彼女。感謝の意を表すことに何のためらいもない人物だ
というのに、礼を忘れていたということはどういうことか。礼をするということ
より重大かつ興味を引く事象が発生したためか。ならばその事象とは瓦礫が振っ
てきた事か。襲われた事か。悪魔の言葉か。
メルに対する興味を、スレイヴ抱いた。
‡ ‡ ‡ ‡
ラクトルの魔方陣。その事実がわかっただけでも収穫ではある。
メルの頭の中では断片的ではあるが今回の事件に関して中間点の事実は固まっ
ただろう。
始まりと終わりは曖昧ではあるが。
あの後、現場検証を続けたがラクトルの魔方陣を除いては特定の痕跡・証拠品
は見つからなかった。わかったとこといえばラクトルの魔方陣は熱写で描かれて
いたことくらいだろうか。
今は講堂の外、休憩できるよう設置されている簡素な長椅子に座っている。
「現在わかっていることは──」
メルが現状の要点を整理する。
一つ、学術発表会会場に悪魔が召喚された。
一つ、その悪魔はスレイヴ・レズィンスによって撃退された。
一つ、悪魔を召喚したのは魔法学園の生徒。
一つ、魔法を召喚した陣は『ラクトルの魔方陣』
一つ、『ラクトルの魔方陣』を復元した人物は召喚者とは別で、学園からは追
放されている。
一つ、再び悪魔が出現する予兆がある。
ソールズベリー大聖堂に届いた事実は調査できているが、調査した内容を更に
調べる必要があるだろう。
その事実にメルは頭を悩ませている。『ラクトルの魔方陣』の復元者の調査。
そして、悪魔出現の予兆である。
「悪魔を召喚した人物について、何かご存知でしょうか?」
スレイヴに問うメル。だが、スレイヴは目を軽く伏せ首を横に振った。
「そうですか」
「”残念ですが”召喚した人物との接点はまったくありませんでした。それに私に
聞くのは間違いかと思いますよシスター」
メルはその言葉に思い直す。スレイヴと接触したのは『悪魔を撃退した人物』
だから。
情報を聞く対象としては一般人レベルとかわらないだろう。
なぜそんな言い回しをするのか、疑問に思ったがそれは刹那に解決した。
「もっと詳しい人物……この事件を任されている人物がいるではないですか」
「……アルフさん、ですね」
一間を置いてメルが回答を出す。スレイヴは眼鏡のズレを直しながら「えぇ」
と短く答える。
その奥の眼光は光の反射により確認できなかった。
「彼は図書館かラボでしょう。まだ帰宅はしていないでしょう」
ふとスレイヴが視線をずらした。少しだが眉間にシワが寄っている。
メルはスレイヴの唐突な変化に思わず「何か……?」と声をかけた。
「すみません。所用を思い出してしまいました……シスター。図書館へは一人で……
向かってもらえますか?」
「わかりました。来た通路を戻るだけですので、大丈夫ですわ」
安心させるためにか、笑みも浮かべるメル。それは年相応とはいえない落ち着
いたシロモノだった。
スレイヴの違和感が増徴する。
この少女に対しての疑問。年端15もいかないと思われる少女の単独調査。教
会から許可される背景。
「後で私も手伝いましょうか?」
「いえ。スレイヴさんもお忙しいようですので……それにこれは私の試練、なので
しょう。ご好意だけは受け取りますわ」
スレイヴの言葉を借りて提案を断る。彼の所用の邪魔をしてはいけない、と。
椅子から立ち上がったメル。衣服を軽く整えてスレイヴへ向き直る。
「わたくしは図書館へ向かいますね。スレイヴさん、調査のご協力ありがとうご
ざいました」
ぺこり、と礼をするメル。それに合わせ、スレイヴも「えぇ」と相槌を打ち長
椅子から立ち上がった。
「それでは失礼します」
メルは来た道へと踵を返す。本当に道順は大丈夫なようだ。
もし大丈夫ではなくとも、スレイヴは手を貸さなかっただろう。何故なら迷っ
たら迷ったでそれも”面白い”から
スレイヴは声も立てずに人の悪い笑みを浮かべていた。
──貴女は必ず、私の手を必要とするでしょう──
その言葉は虚空に消えていった……
まるで友人の武勇伝を語るかのように。
「彼は魔術師とい道をただ進んでいただけだというのに、その道は厳しく険しい
もののようです。ただ不運なのか、それとも誰かの妨害を受けているのか…」
しみじみと語るその顔は、端からみれば笑っているが、良く見てもわらっていた。
もらした息にはどのような意が含まれているのか。”彼”とスレイヴを知らない
メルには検討もつかないだろう。
それでもメルは彼に起ってきた妨害を一言で片付ける。
「それは、試練なのだと思います」
「ほう、試練ですか」
スレイヴはメルの言葉に驚きと興味が混ざった表情をする。こういった考え方
もあるのかと言わんばかりの。その反応のためか、メルは更に言葉を続けた。
「行く道が、目指す所が高く遠い程、険しく、厳しくなっていきます。その道の
りを自らの足で歩き、幾多の害を乗り越えてこそ目標を達成したと言えるでしょう」
スレイヴはいかにもな発言に改めて目の前の少女が聖職者という認識をした。
「そうですね。我々が進む道に近道などありません。シスターの言葉を伝えてお
きましょう」
そしてふと、思い付く。言わなくてもいいのだが言わずにはいられないのがス
レイヴ。
知り合いに声をかけるような軽い調子で発言する。
「貴女にとっては今回の事が試練なのですね」
メルはうめくような声をもらした。自ら進んでこの一筋縄ではいかない調査を
思い出したためであろう。
予想通りの反応だったが、気づいていないフリをして続けるスレイヴ。
「だからこそあなたもそれらを乗り越えていくべきだと思いますよ。影ながら応
援しましょう」
なぜ影からなのか。メルに疑問に思わせる間もなく次の言葉が続く。
「そういえば、彼も昔から幾多の困難に見舞われていたようですが、それらをほ
とんど一人で消化してしまったようです。いやはや、彼の能力には呆れる程です
よ。彼が専攻する分野では右に並ぶものがいない、とそう聞いています。大陸全
土の名のある師がここに集うというのに……。あぁ、思い返すと一人ですべてを乗
り切ったからこそ今の彼があるのかもしれませんね」
立てた板の上を水が流れるような滑らかさで”彼”と呼ばれた人物を装飾する。
その表情はさきほどと変わらず”笑顔”
しかし、その笑みからは何の感情も読み取れない。曖昧な表現だが”方向性が
見えない”のだ。
「一人で、ですか」
納得できないといいたげな呟きだった。だが、その思考は中断されられた。
「この悪魔を召喚した魔法陣もですが、先程の瓦礫を防いだ防御陣。あれも彼の
考案なんですよ」
スレイヴはラクトルの魔方陣を見なが思い立ったように言った。
途絶えた円陣の復元、世にはあまり出回っていないひどく一般的ではない術
式。悪魔に襲われた時の──
そこまで考えた所で、メルはハッとする。
「先程は助けていただいたのにお礼も言わず……ありがとうございました」
スレイヴの正面に向き直り深深と御辞儀をするメル。その動きは言葉だけの緩
慢だった雰囲気とはガラリと違う。
細く笑むスレイヴは事もなしに
「そこまでの礼を言われる事はしていませんよシスター。防御陣を展開する範囲
に、たまたま貴女がいただけですから」
と言ってのける。
ただ聞けば味気なく非道にも聞こえるが、それをあえて口にすると謙遜にも聞
こえる。
狙っているのか狙わずか──学内では言わずとも知れているが、メルには判断材
料がなかった。
「それでも結果的にわたくしも守られたのですわ。ですから貴方に感謝を」
顔を上げたメルはスレイヴの目を正面から見つめると、軽い祈りの構えを取った。
表面上は苦笑いのスレイヴ。裏面では口元が歪んでいる。そしてそれ以上の言
葉はあえて口にしなかった。
ここまで深い礼をする彼女。感謝の意を表すことに何のためらいもない人物だ
というのに、礼を忘れていたということはどういうことか。礼をするということ
より重大かつ興味を引く事象が発生したためか。ならばその事象とは瓦礫が振っ
てきた事か。襲われた事か。悪魔の言葉か。
メルに対する興味を、スレイヴ抱いた。
‡ ‡ ‡ ‡
ラクトルの魔方陣。その事実がわかっただけでも収穫ではある。
メルの頭の中では断片的ではあるが今回の事件に関して中間点の事実は固まっ
ただろう。
始まりと終わりは曖昧ではあるが。
あの後、現場検証を続けたがラクトルの魔方陣を除いては特定の痕跡・証拠品
は見つからなかった。わかったとこといえばラクトルの魔方陣は熱写で描かれて
いたことくらいだろうか。
今は講堂の外、休憩できるよう設置されている簡素な長椅子に座っている。
「現在わかっていることは──」
メルが現状の要点を整理する。
一つ、学術発表会会場に悪魔が召喚された。
一つ、その悪魔はスレイヴ・レズィンスによって撃退された。
一つ、悪魔を召喚したのは魔法学園の生徒。
一つ、魔法を召喚した陣は『ラクトルの魔方陣』
一つ、『ラクトルの魔方陣』を復元した人物は召喚者とは別で、学園からは追
放されている。
一つ、再び悪魔が出現する予兆がある。
ソールズベリー大聖堂に届いた事実は調査できているが、調査した内容を更に
調べる必要があるだろう。
その事実にメルは頭を悩ませている。『ラクトルの魔方陣』の復元者の調査。
そして、悪魔出現の予兆である。
「悪魔を召喚した人物について、何かご存知でしょうか?」
スレイヴに問うメル。だが、スレイヴは目を軽く伏せ首を横に振った。
「そうですか」
「”残念ですが”召喚した人物との接点はまったくありませんでした。それに私に
聞くのは間違いかと思いますよシスター」
メルはその言葉に思い直す。スレイヴと接触したのは『悪魔を撃退した人物』
だから。
情報を聞く対象としては一般人レベルとかわらないだろう。
なぜそんな言い回しをするのか、疑問に思ったがそれは刹那に解決した。
「もっと詳しい人物……この事件を任されている人物がいるではないですか」
「……アルフさん、ですね」
一間を置いてメルが回答を出す。スレイヴは眼鏡のズレを直しながら「えぇ」
と短く答える。
その奥の眼光は光の反射により確認できなかった。
「彼は図書館かラボでしょう。まだ帰宅はしていないでしょう」
ふとスレイヴが視線をずらした。少しだが眉間にシワが寄っている。
メルはスレイヴの唐突な変化に思わず「何か……?」と声をかけた。
「すみません。所用を思い出してしまいました……シスター。図書館へは一人で……
向かってもらえますか?」
「わかりました。来た通路を戻るだけですので、大丈夫ですわ」
安心させるためにか、笑みも浮かべるメル。それは年相応とはいえない落ち着
いたシロモノだった。
スレイヴの違和感が増徴する。
この少女に対しての疑問。年端15もいかないと思われる少女の単独調査。教
会から許可される背景。
「後で私も手伝いましょうか?」
「いえ。スレイヴさんもお忙しいようですので……それにこれは私の試練、なので
しょう。ご好意だけは受け取りますわ」
スレイヴの言葉を借りて提案を断る。彼の所用の邪魔をしてはいけない、と。
椅子から立ち上がったメル。衣服を軽く整えてスレイヴへ向き直る。
「わたくしは図書館へ向かいますね。スレイヴさん、調査のご協力ありがとうご
ざいました」
ぺこり、と礼をするメル。それに合わせ、スレイヴも「えぇ」と相槌を打ち長
椅子から立ち上がった。
「それでは失礼します」
メルは来た道へと踵を返す。本当に道順は大丈夫なようだ。
もし大丈夫ではなくとも、スレイヴは手を貸さなかっただろう。何故なら迷っ
たら迷ったでそれも”面白い”から
スレイヴは声も立てずに人の悪い笑みを浮かべていた。
──貴女は必ず、私の手を必要とするでしょう──
その言葉は虚空に消えていった……
††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズ(ミルエ アルフ オルド)
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
講堂から図書館へ――。
スレイヴと来た道を、今度は一人で歩きながらメルはスレイヴの言葉を思い起こしていた。
「この事件は神がわたくしに与えてくださった試練…」
この言葉は最初、メル自身がスレイヴに向けた言葉であった。しかし、それがいつの間にか彼ではなく彼女を縛り付ける言葉に変わっていた。まるでスレイヴの魔法にかかったように――。
事実、この事件を解決することが出来なければ教会はメルに“悪魔軍団長ベルスモンドの討伐”の任を下すことはないだろう。メルはこの悪魔を自分の命と引き替えにしてでも葬る覚悟があったが、教会の後ろ盾がなければ、一介のシスターが悪魔に太刀打ちなど出来るはずも無い事を身をもって知っていた。
「聖アグネスよ、イムヌスの母よ。どうかわたくしに悪魔に打ち勝つ力をお与えください」
あの魔方陣を描いた男は、全ての試練を一人で乗り切ったという。しかし、メルには彼女の信ずる所における神と聖人たちの加護があった。白き教えのもとにあれば、神はメルを見捨てはしない。そしてこの試練を乗り越えてこそ、メルは己の信仰心を神によって認められる事を信じていた。
この小さな身体に背負うには重過ぎる宿命を、メルはイムヌスの教えに寄りかかることでバランスをとっていた。
†††
図書館へは、難なくたどり着くことが出来た。
最初は攻略不可能な迷宮に思えたこの学院も、至る所に案内板が設置されておりそれを理解すればたいていの場所に行くことが出来ることが分かった。
しかし、肝心のアルフを見つけることが出来ない。下へ下へと捜索を広げて行くメルが見つけたのは、アルフではなく、別の人物であった。
「あぁん?さっきのシスターじゃねぇか。スレイヴと一緒に講堂に向かったんじゃねぇのか?」
「オルド・・・さん」
確かそんな名前だったはずだ。
スレイヴの話によれば、彼もまたこの学院の人間であるはずだが、オルドはメルの想像する魔法使いの姿とは何処にも通じるところがなかった。沢山の鋲が服に打ってあるのは、防御力を上げるためだろうか?しかし、ジャケットを軽く羽織っただけの露(あらわ)になった上半身がその効果を減退させているようにも思える。
鍛えられた腹筋をジロジロと見ている自分に気がついてメルは慌てて視線を外した。
「は、はい。現場の調査は既に終えました。次はアルフさんからバルドクス・クノーヴィさんについてお話を聞きたいのですが」
学院長の話では彼は悪魔を召喚したリバウンドで既に亡くなったという。本来ならば詳しく話しを聴き、神の名の下に更生なり矯正なり行いたい所だったのだが。
「それならアルフよりミルエに聞いたほうが早いぜ。アイツらは同じ専攻だったから棟も一緒だったし。そもそもミルエが…」
「ひとの居ないところで何の噂話ですかしら?オルド」
オルドがぎょっとして振り返ると、そこには背筋をぴんと伸ばし美しい姿勢で立つミルエがいた。
「貴方がそんなに肝の小さい方だったなんて残念ですわ。人間どれだけ身体を鍛えても弱いところは弱いままなのですわね。どうせなら筋肉を強化なさる研究を行うより、脳にブーストをかける研究でもなさったらいかが?」
「オィ、ちょっと待てよ!なンか誤解してねぇか!?」
ニコニコと口元に笑みを浮かべるミルエの口調はどこまでも上品だった。だと言うのに、どうしたらここまでひどい事を言えるのだろうという内容がその唇から流れてくる。
「あの!オルドさんは何も悪くはありませんわ。わたくしがお話を聞いたんです!」
流石にオルドが不憫に思えてメルが間に入る。小さなシスターがオルドとミルエの“二重奏”を止めにはいる様子は、他の学生からみると何とも果敢な行為に映った。
「バルドクス・クノーヴィさんの事、ご存知ですか?」
「あのエピゴーネンの事ですかしら?」
「エ…エビ?」
冷ややかにミルエが言い放った言葉が解らずメルは顔に「?」を浮かべる。既存する幾つかの理論を切り貼りし、模索するだけで一人前の研究者を気取るバルドクスを侮蔑を込めて評したのだが、彼女の意図が分かる人間は残念ながらこの場にはいなかった。
「そろそろアフタヌーンティーの時間ですわね。宜しかったらご一緒にいかが?シスターさん」
唐突に話題を変えたミルエは「いいお菓子が届きましたのよ」と、メルをお茶に誘った。
「思い出したくもない相手について語るのでしたら、せめて雰囲気だけでも楽しくいたしましょう?」
「あの、気分を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません。ミルエさん」
「ミルエが本気で不機嫌になったらこんなもんじゃねぇよ……で、さっきからアンタを見てるヤツがいるが、知り合いか?」
頭を下げていたメルは顔を上げて、オルドが顎で示した先を目で追う。しかし、本棚の並ぶ図書館は視界が悪く人の姿を捉えることは出来なかった。
「え……?」
「うちの学生みたいだったが。ストーカーってヤツかぁ?」
「お茶は…わたくしの部屋ですることに致しましょうか」
「そんな大袈裟ですわ」
急に顔つきの変わった彼らに、驚く。
孤児院で育ち、教会で清貧な生活を送るメルにとって、きれいな服を着て、勉学に励む同じ年頃の生徒たちはやはり裕福で育ちの良い人々に思えた。そんな彼らが犯罪まがいの事を行うなど到底思いもよらなかった。
そんなメルに、温室のバラよりも大事に育てられたであろう上品なミルエが心配そうに、しかしハッキリと言い切った。
「可愛いシスターさん、お気をつけあそばして。世界がそうであるように、この学院に起こるはずのない危険なんてありませんのよ」
そんな彼女を見てメルはふと思い出した。
そうだ、バラには棘があったのだ。
PC:メル スレイヴ
NPC:スレイヴフレンズ(ミルエ アルフ オルド)
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††
講堂から図書館へ――。
スレイヴと来た道を、今度は一人で歩きながらメルはスレイヴの言葉を思い起こしていた。
「この事件は神がわたくしに与えてくださった試練…」
この言葉は最初、メル自身がスレイヴに向けた言葉であった。しかし、それがいつの間にか彼ではなく彼女を縛り付ける言葉に変わっていた。まるでスレイヴの魔法にかかったように――。
事実、この事件を解決することが出来なければ教会はメルに“悪魔軍団長ベルスモンドの討伐”の任を下すことはないだろう。メルはこの悪魔を自分の命と引き替えにしてでも葬る覚悟があったが、教会の後ろ盾がなければ、一介のシスターが悪魔に太刀打ちなど出来るはずも無い事を身をもって知っていた。
「聖アグネスよ、イムヌスの母よ。どうかわたくしに悪魔に打ち勝つ力をお与えください」
あの魔方陣を描いた男は、全ての試練を一人で乗り切ったという。しかし、メルには彼女の信ずる所における神と聖人たちの加護があった。白き教えのもとにあれば、神はメルを見捨てはしない。そしてこの試練を乗り越えてこそ、メルは己の信仰心を神によって認められる事を信じていた。
この小さな身体に背負うには重過ぎる宿命を、メルはイムヌスの教えに寄りかかることでバランスをとっていた。
†††
図書館へは、難なくたどり着くことが出来た。
最初は攻略不可能な迷宮に思えたこの学院も、至る所に案内板が設置されておりそれを理解すればたいていの場所に行くことが出来ることが分かった。
しかし、肝心のアルフを見つけることが出来ない。下へ下へと捜索を広げて行くメルが見つけたのは、アルフではなく、別の人物であった。
「あぁん?さっきのシスターじゃねぇか。スレイヴと一緒に講堂に向かったんじゃねぇのか?」
「オルド・・・さん」
確かそんな名前だったはずだ。
スレイヴの話によれば、彼もまたこの学院の人間であるはずだが、オルドはメルの想像する魔法使いの姿とは何処にも通じるところがなかった。沢山の鋲が服に打ってあるのは、防御力を上げるためだろうか?しかし、ジャケットを軽く羽織っただけの露(あらわ)になった上半身がその効果を減退させているようにも思える。
鍛えられた腹筋をジロジロと見ている自分に気がついてメルは慌てて視線を外した。
「は、はい。現場の調査は既に終えました。次はアルフさんからバルドクス・クノーヴィさんについてお話を聞きたいのですが」
学院長の話では彼は悪魔を召喚したリバウンドで既に亡くなったという。本来ならば詳しく話しを聴き、神の名の下に更生なり矯正なり行いたい所だったのだが。
「それならアルフよりミルエに聞いたほうが早いぜ。アイツらは同じ専攻だったから棟も一緒だったし。そもそもミルエが…」
「ひとの居ないところで何の噂話ですかしら?オルド」
オルドがぎょっとして振り返ると、そこには背筋をぴんと伸ばし美しい姿勢で立つミルエがいた。
「貴方がそんなに肝の小さい方だったなんて残念ですわ。人間どれだけ身体を鍛えても弱いところは弱いままなのですわね。どうせなら筋肉を強化なさる研究を行うより、脳にブーストをかける研究でもなさったらいかが?」
「オィ、ちょっと待てよ!なンか誤解してねぇか!?」
ニコニコと口元に笑みを浮かべるミルエの口調はどこまでも上品だった。だと言うのに、どうしたらここまでひどい事を言えるのだろうという内容がその唇から流れてくる。
「あの!オルドさんは何も悪くはありませんわ。わたくしがお話を聞いたんです!」
流石にオルドが不憫に思えてメルが間に入る。小さなシスターがオルドとミルエの“二重奏”を止めにはいる様子は、他の学生からみると何とも果敢な行為に映った。
「バルドクス・クノーヴィさんの事、ご存知ですか?」
「あのエピゴーネンの事ですかしら?」
「エ…エビ?」
冷ややかにミルエが言い放った言葉が解らずメルは顔に「?」を浮かべる。既存する幾つかの理論を切り貼りし、模索するだけで一人前の研究者を気取るバルドクスを侮蔑を込めて評したのだが、彼女の意図が分かる人間は残念ながらこの場にはいなかった。
「そろそろアフタヌーンティーの時間ですわね。宜しかったらご一緒にいかが?シスターさん」
唐突に話題を変えたミルエは「いいお菓子が届きましたのよ」と、メルをお茶に誘った。
「思い出したくもない相手について語るのでしたら、せめて雰囲気だけでも楽しくいたしましょう?」
「あの、気分を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません。ミルエさん」
「ミルエが本気で不機嫌になったらこんなもんじゃねぇよ……で、さっきからアンタを見てるヤツがいるが、知り合いか?」
頭を下げていたメルは顔を上げて、オルドが顎で示した先を目で追う。しかし、本棚の並ぶ図書館は視界が悪く人の姿を捉えることは出来なかった。
「え……?」
「うちの学生みたいだったが。ストーカーってヤツかぁ?」
「お茶は…わたくしの部屋ですることに致しましょうか」
「そんな大袈裟ですわ」
急に顔つきの変わった彼らに、驚く。
孤児院で育ち、教会で清貧な生活を送るメルにとって、きれいな服を着て、勉学に励む同じ年頃の生徒たちはやはり裕福で育ちの良い人々に思えた。そんな彼らが犯罪まがいの事を行うなど到底思いもよらなかった。
そんなメルに、温室のバラよりも大事に育てられたであろう上品なミルエが心配そうに、しかしハッキリと言い切った。
「可愛いシスターさん、お気をつけあそばして。世界がそうであるように、この学院に起こるはずのない危険なんてありませんのよ」
そんな彼女を見てメルはふと思い出した。
そうだ、バラには棘があったのだ。