「えぇ、よく知ってます」
まるで友人の武勇伝を語るかのように。
「彼は魔術師とい道をただ進んでいただけだというのに、その道は厳しく険しい
もののようです。ただ不運なのか、それとも誰かの妨害を受けているのか…」
しみじみと語るその顔は、端からみれば笑っているが、良く見てもわらっていた。
もらした息にはどのような意が含まれているのか。”彼”とスレイヴを知らない
メルには検討もつかないだろう。
それでもメルは彼に起ってきた妨害を一言で片付ける。
「それは、試練なのだと思います」
「ほう、試練ですか」
スレイヴはメルの言葉に驚きと興味が混ざった表情をする。こういった考え方
もあるのかと言わんばかりの。その反応のためか、メルは更に言葉を続けた。
「行く道が、目指す所が高く遠い程、険しく、厳しくなっていきます。その道の
りを自らの足で歩き、幾多の害を乗り越えてこそ目標を達成したと言えるでしょう」
スレイヴはいかにもな発言に改めて目の前の少女が聖職者という認識をした。
「そうですね。我々が進む道に近道などありません。シスターの言葉を伝えてお
きましょう」
そしてふと、思い付く。言わなくてもいいのだが言わずにはいられないのがス
レイヴ。
知り合いに声をかけるような軽い調子で発言する。
「貴女にとっては今回の事が試練なのですね」
メルはうめくような声をもらした。自ら進んでこの一筋縄ではいかない調査を
思い出したためであろう。
予想通りの反応だったが、気づいていないフリをして続けるスレイヴ。
「だからこそあなたもそれらを乗り越えていくべきだと思いますよ。影ながら応
援しましょう」
なぜ影からなのか。メルに疑問に思わせる間もなく次の言葉が続く。
「そういえば、彼も昔から幾多の困難に見舞われていたようですが、それらをほ
とんど一人で消化してしまったようです。いやはや、彼の能力には呆れる程です
よ。彼が専攻する分野では右に並ぶものがいない、とそう聞いています。大陸全
土の名のある師がここに集うというのに……。あぁ、思い返すと一人ですべてを乗
り切ったからこそ今の彼があるのかもしれませんね」
立てた板の上を水が流れるような滑らかさで”彼”と呼ばれた人物を装飾する。
その表情はさきほどと変わらず”笑顔”
しかし、その笑みからは何の感情も読み取れない。曖昧な表現だが”方向性が
見えない”のだ。
「一人で、ですか」
納得できないといいたげな呟きだった。だが、その思考は中断されられた。
「この悪魔を召喚した魔法陣もですが、先程の瓦礫を防いだ防御陣。あれも彼の
考案なんですよ」
スレイヴはラクトルの魔方陣を見なが思い立ったように言った。
途絶えた円陣の復元、世にはあまり出回っていないひどく一般的ではない術
式。悪魔に襲われた時の──
そこまで考えた所で、メルはハッとする。
「先程は助けていただいたのにお礼も言わず……ありがとうございました」
スレイヴの正面に向き直り深深と御辞儀をするメル。その動きは言葉だけの緩
慢だった雰囲気とはガラリと違う。
細く笑むスレイヴは事もなしに
「そこまでの礼を言われる事はしていませんよシスター。防御陣を展開する範囲
に、たまたま貴女がいただけですから」
と言ってのける。
ただ聞けば味気なく非道にも聞こえるが、それをあえて口にすると謙遜にも聞
こえる。
狙っているのか狙わずか──学内では言わずとも知れているが、メルには判断材
料がなかった。
「それでも結果的にわたくしも守られたのですわ。ですから貴方に感謝を」
顔を上げたメルはスレイヴの目を正面から見つめると、軽い祈りの構えを取った。
表面上は苦笑いのスレイヴ。裏面では口元が歪んでいる。そしてそれ以上の言
葉はあえて口にしなかった。
ここまで深い礼をする彼女。感謝の意を表すことに何のためらいもない人物だ
というのに、礼を忘れていたということはどういうことか。礼をするということ
より重大かつ興味を引く事象が発生したためか。ならばその事象とは瓦礫が振っ
てきた事か。襲われた事か。悪魔の言葉か。
メルに対する興味を、スレイヴ抱いた。
‡ ‡ ‡ ‡
ラクトルの魔方陣。その事実がわかっただけでも収穫ではある。
メルの頭の中では断片的ではあるが今回の事件に関して中間点の事実は固まっ
ただろう。
始まりと終わりは曖昧ではあるが。
あの後、現場検証を続けたがラクトルの魔方陣を除いては特定の痕跡・証拠品
は見つからなかった。わかったとこといえばラクトルの魔方陣は熱写で描かれて
いたことくらいだろうか。
今は講堂の外、休憩できるよう設置されている簡素な長椅子に座っている。
「現在わかっていることは──」
メルが現状の要点を整理する。
一つ、学術発表会会場に悪魔が召喚された。
一つ、その悪魔はスレイヴ・レズィンスによって撃退された。
一つ、悪魔を召喚したのは魔法学園の生徒。
一つ、魔法を召喚した陣は『ラクトルの魔方陣』
一つ、『ラクトルの魔方陣』を復元した人物は召喚者とは別で、学園からは追
放されている。
一つ、再び悪魔が出現する予兆がある。
ソールズベリー大聖堂に届いた事実は調査できているが、調査した内容を更に
調べる必要があるだろう。
その事実にメルは頭を悩ませている。『ラクトルの魔方陣』の復元者の調査。
そして、悪魔出現の予兆である。
「悪魔を召喚した人物について、何かご存知でしょうか?」
スレイヴに問うメル。だが、スレイヴは目を軽く伏せ首を横に振った。
「そうですか」
「”残念ですが”召喚した人物との接点はまったくありませんでした。それに私に
聞くのは間違いかと思いますよシスター」
メルはその言葉に思い直す。スレイヴと接触したのは『悪魔を撃退した人物』
だから。
情報を聞く対象としては一般人レベルとかわらないだろう。
なぜそんな言い回しをするのか、疑問に思ったがそれは刹那に解決した。
「もっと詳しい人物……この事件を任されている人物がいるではないですか」
「……アルフさん、ですね」
一間を置いてメルが回答を出す。スレイヴは眼鏡のズレを直しながら「えぇ」
と短く答える。
その奥の眼光は光の反射により確認できなかった。
「彼は図書館かラボでしょう。まだ帰宅はしていないでしょう」
ふとスレイヴが視線をずらした。少しだが眉間にシワが寄っている。
メルはスレイヴの唐突な変化に思わず「何か……?」と声をかけた。
「すみません。所用を思い出してしまいました……シスター。図書館へは一人で……
向かってもらえますか?」
「わかりました。来た通路を戻るだけですので、大丈夫ですわ」
安心させるためにか、笑みも浮かべるメル。それは年相応とはいえない落ち着
いたシロモノだった。
スレイヴの違和感が増徴する。
この少女に対しての疑問。年端15もいかないと思われる少女の単独調査。教
会から許可される背景。
「後で私も手伝いましょうか?」
「いえ。スレイヴさんもお忙しいようですので……それにこれは私の試練、なので
しょう。ご好意だけは受け取りますわ」
スレイヴの言葉を借りて提案を断る。彼の所用の邪魔をしてはいけない、と。
椅子から立ち上がったメル。衣服を軽く整えてスレイヴへ向き直る。
「わたくしは図書館へ向かいますね。スレイヴさん、調査のご協力ありがとうご
ざいました」
ぺこり、と礼をするメル。それに合わせ、スレイヴも「えぇ」と相槌を打ち長
椅子から立ち上がった。
「それでは失礼します」
メルは来た道へと踵を返す。本当に道順は大丈夫なようだ。
もし大丈夫ではなくとも、スレイヴは手を貸さなかっただろう。何故なら迷っ
たら迷ったでそれも”面白い”から
スレイヴは声も立てずに人の悪い笑みを浮かべていた。
──貴女は必ず、私の手を必要とするでしょう──
その言葉は虚空に消えていった……
まるで友人の武勇伝を語るかのように。
「彼は魔術師とい道をただ進んでいただけだというのに、その道は厳しく険しい
もののようです。ただ不運なのか、それとも誰かの妨害を受けているのか…」
しみじみと語るその顔は、端からみれば笑っているが、良く見てもわらっていた。
もらした息にはどのような意が含まれているのか。”彼”とスレイヴを知らない
メルには検討もつかないだろう。
それでもメルは彼に起ってきた妨害を一言で片付ける。
「それは、試練なのだと思います」
「ほう、試練ですか」
スレイヴはメルの言葉に驚きと興味が混ざった表情をする。こういった考え方
もあるのかと言わんばかりの。その反応のためか、メルは更に言葉を続けた。
「行く道が、目指す所が高く遠い程、険しく、厳しくなっていきます。その道の
りを自らの足で歩き、幾多の害を乗り越えてこそ目標を達成したと言えるでしょう」
スレイヴはいかにもな発言に改めて目の前の少女が聖職者という認識をした。
「そうですね。我々が進む道に近道などありません。シスターの言葉を伝えてお
きましょう」
そしてふと、思い付く。言わなくてもいいのだが言わずにはいられないのがス
レイヴ。
知り合いに声をかけるような軽い調子で発言する。
「貴女にとっては今回の事が試練なのですね」
メルはうめくような声をもらした。自ら進んでこの一筋縄ではいかない調査を
思い出したためであろう。
予想通りの反応だったが、気づいていないフリをして続けるスレイヴ。
「だからこそあなたもそれらを乗り越えていくべきだと思いますよ。影ながら応
援しましょう」
なぜ影からなのか。メルに疑問に思わせる間もなく次の言葉が続く。
「そういえば、彼も昔から幾多の困難に見舞われていたようですが、それらをほ
とんど一人で消化してしまったようです。いやはや、彼の能力には呆れる程です
よ。彼が専攻する分野では右に並ぶものがいない、とそう聞いています。大陸全
土の名のある師がここに集うというのに……。あぁ、思い返すと一人ですべてを乗
り切ったからこそ今の彼があるのかもしれませんね」
立てた板の上を水が流れるような滑らかさで”彼”と呼ばれた人物を装飾する。
その表情はさきほどと変わらず”笑顔”
しかし、その笑みからは何の感情も読み取れない。曖昧な表現だが”方向性が
見えない”のだ。
「一人で、ですか」
納得できないといいたげな呟きだった。だが、その思考は中断されられた。
「この悪魔を召喚した魔法陣もですが、先程の瓦礫を防いだ防御陣。あれも彼の
考案なんですよ」
スレイヴはラクトルの魔方陣を見なが思い立ったように言った。
途絶えた円陣の復元、世にはあまり出回っていないひどく一般的ではない術
式。悪魔に襲われた時の──
そこまで考えた所で、メルはハッとする。
「先程は助けていただいたのにお礼も言わず……ありがとうございました」
スレイヴの正面に向き直り深深と御辞儀をするメル。その動きは言葉だけの緩
慢だった雰囲気とはガラリと違う。
細く笑むスレイヴは事もなしに
「そこまでの礼を言われる事はしていませんよシスター。防御陣を展開する範囲
に、たまたま貴女がいただけですから」
と言ってのける。
ただ聞けば味気なく非道にも聞こえるが、それをあえて口にすると謙遜にも聞
こえる。
狙っているのか狙わずか──学内では言わずとも知れているが、メルには判断材
料がなかった。
「それでも結果的にわたくしも守られたのですわ。ですから貴方に感謝を」
顔を上げたメルはスレイヴの目を正面から見つめると、軽い祈りの構えを取った。
表面上は苦笑いのスレイヴ。裏面では口元が歪んでいる。そしてそれ以上の言
葉はあえて口にしなかった。
ここまで深い礼をする彼女。感謝の意を表すことに何のためらいもない人物だ
というのに、礼を忘れていたということはどういうことか。礼をするということ
より重大かつ興味を引く事象が発生したためか。ならばその事象とは瓦礫が振っ
てきた事か。襲われた事か。悪魔の言葉か。
メルに対する興味を、スレイヴ抱いた。
‡ ‡ ‡ ‡
ラクトルの魔方陣。その事実がわかっただけでも収穫ではある。
メルの頭の中では断片的ではあるが今回の事件に関して中間点の事実は固まっ
ただろう。
始まりと終わりは曖昧ではあるが。
あの後、現場検証を続けたがラクトルの魔方陣を除いては特定の痕跡・証拠品
は見つからなかった。わかったとこといえばラクトルの魔方陣は熱写で描かれて
いたことくらいだろうか。
今は講堂の外、休憩できるよう設置されている簡素な長椅子に座っている。
「現在わかっていることは──」
メルが現状の要点を整理する。
一つ、学術発表会会場に悪魔が召喚された。
一つ、その悪魔はスレイヴ・レズィンスによって撃退された。
一つ、悪魔を召喚したのは魔法学園の生徒。
一つ、魔法を召喚した陣は『ラクトルの魔方陣』
一つ、『ラクトルの魔方陣』を復元した人物は召喚者とは別で、学園からは追
放されている。
一つ、再び悪魔が出現する予兆がある。
ソールズベリー大聖堂に届いた事実は調査できているが、調査した内容を更に
調べる必要があるだろう。
その事実にメルは頭を悩ませている。『ラクトルの魔方陣』の復元者の調査。
そして、悪魔出現の予兆である。
「悪魔を召喚した人物について、何かご存知でしょうか?」
スレイヴに問うメル。だが、スレイヴは目を軽く伏せ首を横に振った。
「そうですか」
「”残念ですが”召喚した人物との接点はまったくありませんでした。それに私に
聞くのは間違いかと思いますよシスター」
メルはその言葉に思い直す。スレイヴと接触したのは『悪魔を撃退した人物』
だから。
情報を聞く対象としては一般人レベルとかわらないだろう。
なぜそんな言い回しをするのか、疑問に思ったがそれは刹那に解決した。
「もっと詳しい人物……この事件を任されている人物がいるではないですか」
「……アルフさん、ですね」
一間を置いてメルが回答を出す。スレイヴは眼鏡のズレを直しながら「えぇ」
と短く答える。
その奥の眼光は光の反射により確認できなかった。
「彼は図書館かラボでしょう。まだ帰宅はしていないでしょう」
ふとスレイヴが視線をずらした。少しだが眉間にシワが寄っている。
メルはスレイヴの唐突な変化に思わず「何か……?」と声をかけた。
「すみません。所用を思い出してしまいました……シスター。図書館へは一人で……
向かってもらえますか?」
「わかりました。来た通路を戻るだけですので、大丈夫ですわ」
安心させるためにか、笑みも浮かべるメル。それは年相応とはいえない落ち着
いたシロモノだった。
スレイヴの違和感が増徴する。
この少女に対しての疑問。年端15もいかないと思われる少女の単独調査。教
会から許可される背景。
「後で私も手伝いましょうか?」
「いえ。スレイヴさんもお忙しいようですので……それにこれは私の試練、なので
しょう。ご好意だけは受け取りますわ」
スレイヴの言葉を借りて提案を断る。彼の所用の邪魔をしてはいけない、と。
椅子から立ち上がったメル。衣服を軽く整えてスレイヴへ向き直る。
「わたくしは図書館へ向かいますね。スレイヴさん、調査のご協力ありがとうご
ざいました」
ぺこり、と礼をするメル。それに合わせ、スレイヴも「えぇ」と相槌を打ち長
椅子から立ち上がった。
「それでは失礼します」
メルは来た道へと踵を返す。本当に道順は大丈夫なようだ。
もし大丈夫ではなくとも、スレイヴは手を貸さなかっただろう。何故なら迷っ
たら迷ったでそれも”面白い”から
スレイヴは声も立てずに人の悪い笑みを浮かべていた。
──貴女は必ず、私の手を必要とするでしょう──
その言葉は虚空に消えていった……
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