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2024/11/01 08:15 |
序章 『リトル・シスター』/メル(千鳥)
††††††††††††††††††††

PC メル
場所:聖ジョルジオ教会
NPC:ロビン 悪魔ベルスモンド

††††††††††††††††††††

 「悪魔の復活」について記述された予言書は、古来より幾つも存在し、その
殆どがイムヌス教の使徒、ポートカリス(追跡者)たちによって抹消・隠匿さ
れてきた。
 しかし、その事実は最悪の形を持って人々の前に姿を現すことになる―――
『聖ジョルジオ教会の悪夢』である。

 聖ジョルジオ教会は、イムヌス教における聖戦後に建てられた由緒ある77
聖教会の一つである。天へと垂直に伸びる荘厳な教会の横には、乳白色の小さ
な建物――ブロッサム孤児院が寄り添うように立っている。この教会の守護聖
人ジョルジオは悲しい言い伝えを持つ英雄である。
 今は昔、人間の存亡をかけた聖戦においてジョルジオは悪魔軍団長ベルスモ
ンドを討った。しかし、悪魔の魂はその肉体が滅びる前に逃げのび、ジョルジ
オの妻、ブロッサムの腹の胎児に宿った。それは他ならぬ悪魔の子。天使オベ
ルスにその事実を伝えられたブロッサムは胎児ともども自害することで悪魔を
葬り去る事を決意する。
 凱旋後、妻の死と真実を知ったジョルジオは亡き妻と子への弔いとして、多
くの戦災孤児を集めブロッサム孤児院を建てる。彼の死後、ジョルジオとブロ
ッサムの遺体を聖遺物とし、孤児院の横に建てられたのがジョルジオを守護聖
人とする聖ジョルジオ教会であった。
 ブロッサム孤児院は、多くの優秀な人材を神学校、ソフィニア魔術学院に輩
出し、彼らはブロッサム姓を名乗ることが許されていた。「聖ジョルジオとブ
ロッサムの子」であることは孤児たちの誇りであった。


 ―――その日は聖ジョルジオ教会の創立800周年。アメリア・メル・ブロ
ッサムはお手伝いの見習いシスターとして祝典に参加していた。由緒ある77
聖教会の一つとあり、各地の教会からの使者、信者が大勢教会に足を運んでい
た。おかげで清めの水の確保からキャンドルの補充、食事の用意とシスターた
ちにも休む暇は無い。

「メル。頼みたいことがあるんだけど、ちょっといいかな」
「なんですか?ロビン様」

 身廊を早足で歩くメルを呼び止めたのは、まだ青年と呼ぶには若すぎる神学
生だった。淡いブロンドに全身に清らかなオーラを身に纏った少年は宗教画に
出てくるどの聖人よりも美しいとメルは思っていた。その神性も、聖ジョルジ
オの末裔で次代の聖ジョルジオ教会の主という身分を考えれば十分納得できよ
う。
 ロビンの後ろで控える、赤い法衣を纏った人々は恐らくソールズベリー大聖
堂の使者たちだ。おもわず緊張の面持ちで答えるメルにロビンは手に持ってい
た一枚の書を渡す。

「ソールズベリー大聖堂から頂いた貴重な聖句だ。副祭壇の上に奉っておいて
ほしい」
「はい!分かりました」

 明るく答えるメルに、ロビンは身を折ると小さく耳打ちする。それは随分と
不可解な頼み事だった。 

「それと、式中はずっと内陣の側に居るんだ。けして祭壇から目を離してはい
けないよ」 
「……?」
「さぁ、おいきなさい」
 
 有無を言わさぬ口調だった。ロビンは使者をつれて遠ざかっていく。その方
向から見るに孤児院のほうだった。一人残されたメルは命令に従うしかなかっ
た。見習いシスターでしか無いメルが式に参加する事などできるはずが無い。
首を傾げながらも、メルは扉をあけた。
 
 

  最初に耳にしたのは、聖歌にまぎれて聞こえた羽音だった。
 


「天使だ―――」

 その光景をみた誰かがそう呟いた。祭壇に立つ司祭の後ろに広がる大きな
羽。バラ窓から降り注ぐ光を集めて、「天使」は人々の前に姿をあらわした。

「違う!!」

 呟きの後に辺りを支配したのは悲鳴だった。横から見ていた人々には、それ
が何物なのかはっきりと見て取れた。司祭の体を破るようにして現れたそれ
は、祭壇の後ろに広がるトリプティク(三枚の板絵)の一枚目に描かれた、聖
人ジョルジオの剣に貫かれし悪魔に酷似していた。悪魔軍団長、ベルスモンド
は天国に一番近い場所で、多くの信仰者に見守られながら復活したのだった。
 

 司祭の体から完全に分離した悪魔は、宙へと飛び上がると強く黒い翼をはた
めかせる。
 それは人々を恐怖と死へ誘う風。

「神よ加護を――!」

 ある者は聖アグヌスの大いなる守護を、またある者は聖・エディンバラの光
臨を、そして彼らの信じる守護聖人に助けを求めた。その願いは届いたのだろ
うか。神は天国への扉を開くことで彼らを救済した。メルだけが、神の御手か
ら取り残され、悪魔と対峙するように立ち尽くしていた。 

 メルの耳には、今もなお聖歌隊の歌声が響いていた。悪魔の跳躍で柱の下敷
きとなったクワイア(聖歌隊席)に生きている人など居るはずも無いのに。い
や、そもそも生きている人など、ここには誰一人いないのだ。血の涙を流した
人々の死体は確かにここにあった。しかし、彼らの魂はここにはない。メルだ
けがこの地上に縫い付けられ、さらに地獄へと引きずりこまれようとしてい
た。

(なぜ、私は生きているの?)

 メルは自分の右手に大聖堂より授かった聖句がある事を思い出した。そう
だ、これが自分を守ったのだ。

 悪魔ベルスモンドは祭壇から降りると、緩慢な動作でメルの元へと歩みを進
める。神の加護に守られた自分をこの悪魔は確実に死へとおいやるつもりなの
だ。メルは恐ろしさのあまり動くことすらできずベルスモンドを見つめてい
た。
 このとき二人は確実に見つめ合っていた。しかし、幼いメルには悪魔の血の
色に染まった瞳に狂気でも殺意でもない感情が宿っていることに気がつくこと
ができなかった。ベルスモンドの目に宿るのは思慕の情だ。この恐ろしく残忍
な悪魔軍団長は、あろうことか仮の体として入った胎児の記憶から逃れられず
にいたのだ。僅かな間とはいえそそがれた胎児へのブロッサムの愛情は今やこ
の悪魔の唯一の弱点となっていた。そして、悪魔の鋭い感覚はこの幼い少女の
体の中にあのブロッサムと同じ血が流れていることを感じ取っていた。
 その事実をメルは知らない。メルは己が親に捨てられた子供だと教え込まれ
ていたのだから。

 悪魔の指がメルの体に触れた。そっと撫でるような優しい仕草だった。

「…ッ!!!」

 しかし、人の体は悪魔の存在を受け入れない。焼け付くような痛みが全身を
駆け巡り、視界がぐるぐると回転を始めた。これは毒だ。このまま死ぬことが
できればどんなに楽だろうか。

「アメリア・メル・ブロッサム!!離れなさい」
「ロビン様…!」

 赤い法衣が舞い上がり、ロビンの後ろから白い何かが飛び出してきた。刹
那、純白の騎士団服を纏った男がメルと悪魔の間に割ってはいる。男の剣が閃
き悪魔の首を狙う。それは舞い上がった法衣が床に落ちるよりも素早い動作だ
った。
 しかし、悪魔もまた先ほどの緩慢な動きとはかけ離れた瞬発力で飛び退き、
そのまま教会の天井を突き破った。

「逃したか」
「深追いはなりません」

 悔しげに空を見上げる男を、別の赤い法衣が制した。メルにはロビンに背中
を預けその光景を呆然と眺めていた。何が起きたのか分からなかった。そし
て、何が変化していくのかも。

「もうすぐこの教会は崩れます。逃げましょう」

 ロビンの言葉に答えるように、床が沈み柱の亀裂が大きくなっていった。最
後に振り返った聖職者たちは残していく多くの亡骸に十字を切った。

 『聖ジョルジオ教会の悪夢』による死者の数は100人以上、そして生存者
は、当時13歳の見習いシスタ一人。聖所での悪魔の復活はイムヌス教の権威
の失墜であり、その少女をはじめ多くの聖職者が「悪魔信仰」の疑いで異端審
問会にかけられた。そのうち6人が処刑されたが、そこに真実があったのかは
定かではない。
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2007/02/10 21:47 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【0】始まりは騒然(?)と/スレイヴ(匿名希望α)
場所:ソフィニア・講堂のある議会場の回廊
PC:スレイヴ
NPC:女悪魔
────────────────────────

発生時から数時間が経過している。
事態を抑えに入った衛兵や魔道士たちは粗方片付けられてしまったらしく、その
場は静まり返ってきた。
女悪魔……名前はまだ調査がついていないようだ。
追手がこない間に場所を移動したらしく、その回廊は静まり返っていた。彼女が
履いているハイヒールのような靴の音だけが響いている。
その時……”ソレ”はやってきた。

「おや、また貴女でしたか」
「っ!?その声はスレイヴ・レズィンス!?」

声を聞いただけで即反応した女悪魔の表情は明らかな脅えが見て取れた。
スレイヴはつまらなさそうにため息をつき、やれやれ、と首を振りながら女悪魔
へと近づく。
後ずさりたいのか、対峙したいのか本人すらわからないまま無理やり声をあげる。

「キ、キサマを殺せば私は……」

何か、意を決する女悪魔。
体の震えが止まり、表情が引き締まる。
そして、咆哮。
瘴気と破壊衝動の混じった波動は大理石の床を壊しながら、放射状に放たれた。
スレイヴはそれを鼻で笑い歩みを止める。同時に眼を細めイメージを描く。
刹那、彼を中心とする輝く円陣が地面に浮かび、迫り来る波動をあっさりと弾く
とさらに歩みを進める。円陣と共に。

「前に言ったと思いましたが……まさか忘れたとは言いませんよね?それとも私の
言葉など取るに足らないということでしょうか」

冷笑。
衛兵や魔道士を蹴散らした波動も効かず、唖然としていたが彼の表情を見て女悪
魔が再び震え出す。
そして口から叫ばれた言葉はこんなことだった。

「ち、ちがう!私が望んだのではない!私は呼び出されただけだ!キサマと関わ
ろうなどと愚かなこ……」

狼狽。
数時間前まで、人間を見下しながら暴れまわる女悪魔の姿はそこにはなかった。
あるのは取り立てに脅える借金に負われる父親そのもの……
更にもう一つの陣が発生し、女悪魔はビクリと体を振るわせた。

「愚かなこと……そう、愚かなことですね。解っていながら何故貴女は私に刃を向
けたのですか?」

終始笑顔。しかしその笑いには嘲の文字がつく。
スレイヴは彼女の表情など気にせずに言葉を続ける。

「私からすれば、貴女が何者かを何人殺そうと構いません。ですが……これは契約
でしたね。悪魔にとって契約は大事なものなのでしょう?」

そう言われている。スレイヴも軽く書物でかじった程度にしか知らない。
彼は悪魔のことより、召還する陣そのものだけに興味があるのだ。
そして、彼らの用いる特殊な空間法……瞬間移動・空間湾曲等にも興味を示し始め
ている。
だから、”ただそれだけ”なのだ。悪魔との契約に興味はない。利用できるものを
利用しているだけ。

「契約。私が死ねばそれは破棄され、貴女が殺したとすれば貴女は様々な物を得
ることができるでしょう。しかし貴女にその実力はない。人間であるこの私に、
魔力でも勝っている貴女が」

裁判官から免状を上げられ判決を待つ囚人のように、硬くなる女悪魔。
反撃の気力すら奪われたようだ。元々白い肌がさらに青くなっている。

「他人から召還されたとしても、私との契約は残ったまま。まぁ、これは私が持
ちかけた契約ですので、貴女が多重に契約しようと問題ないですが。私との契約
を違反したことには変わりない。そうですよね?」
「ま、待ってくれ!」

スレイヴは再びため息をついて首を振る。

「待つも何も、貴女が契約を違反した事実は変わりはありませんよ。それにこの
契約は罰則を行ったところで終了するのですよ?貴女もラクになれるではありま
せんか。」

あぁ、なんて私は慈悲深いなどと冗談しめやかに呟いてみるスレイヴ。
だが女悪魔にとってそれどころではない。

「そんなことをされたら私は、私は!!」

焦り。
その表情はスレイヴの感情と頭脳の回転を高めるものでしかない。だがスレイヴ
の声は至って冷静に響く。

「貴女に何かする訳ではないはずですよ?貴女の肌には指一本触れません。他人
が貴女に何かをするということではないと前にも説明したはずですが?」
「私の醜聞を言いふらすなんて!しかも映像つきなんて!権威は失墜、他の悪魔
からは見下され、人間ドモにすら哀れまれるようになるなど、私は死んだほうが
マシだ!」

いったいどのような内容なのだろう、と誰もが思うような台詞。
だが、確実にスレイヴは握っているのだ。

「大丈夫ですよ。人間、成せば成ります」
「私は悪魔だ!」
「それは兎も角、受け入れたら恍惚かと思いますよ?そういう方々も少なからず
居るようですから。無論、私は遠慮しますが」
「私も断る!」

先ほどの青が嘘のように今度は赤みが入っている。単に怒っているのだ。
すでにスレイヴのペースに巻き込まれている。

「我侭な方ですねぇ。悪魔なら仕方ないかもしれまんせんが……悪魔とは貴女のよ
うな方ばかりなのですか?」
「私は我侭でもないし、我々も多種多様だ!我侭なヤツばかりではない!」
「しかし貴女はもう少し理性を……っと失礼。感情を抑える術を持ったほうがいい
と思います。またあの様になりたくないのならば……。あ、なりたいのなら止めは
しませんが」
「キ、キサマ……」

女悪魔の体が震えているのがわかる。これは先ほどの脅えでないことは明らかだ。
爆発寸前だったが、直前に言われたこともあり感情を抑える。
逆に低音を響かせるように怒りの言葉をぶつける。

「私を愚弄するのもいいかげんにしろ」

それもあまり意味を成さなかったようだ。彼は平然と回答する。

「これは失礼、しかし愚弄はしていません。私はからかっているだけですよ」
「こ、このっ!」

「さぁ、貴女には選択肢が三つあります。一つは私を殺して契約を無効にするこ
と。一つはこのまま泣き寝入りして貴女の赤裸々な真実が三界に広まること」

女悪魔の逆上など構わずにスレイヴは選択肢を列挙する。と、二つ目を言ったと
ころで間を空けていた。
音が聞こえそうなくらい強く唇を噛んでいる女悪魔。選択肢はすでに残り一つし
か選べないことを示唆している。
スレイヴは真面目な顔をしているが内心何を考えているのやら……

「一つ……」

内容を言う前に女悪魔の側へと寄る。この距離でなら……とは思ったが今までが今
までだ。
何が起きるかわからない。というより、何をされるかわからない。
スレイヴは彼女の葛藤を他所に耳元で何事かを囁く。
それを聞いた途端、かっと眼を見開いてスレイヴを突き飛ばした。

「そんなことできるかぁ!!」
「っとと……何をするんですか。私はそれだけでこの場を鎮めようと言っているの
ですよ?それに今回は私の記憶だけに留めておきます。契約履行から考えると寛
大な処置だと思いませんか?」

軽い攻撃を受けたが、防具に編みこまれてる陣などにより軽減されている。それ
でも人の背くらいは間が空いた。
だがそのことも諸共せずスレイヴはくっくっく、と人の悪い……悪すぎる笑みを浮
かべている。
突き飛ばした本人は顔を真っ赤にして怒っている。
その赤さには別の意味も含まれているようだが……。

「さぁ、どうするんです?選択肢は三つですよ?」

実質一つしかない。

女悪魔は苦悶の表情で下を向いているようだ。力をこめられた拳がかすかに震え
ている。
……別に気にしなくていいのだ、これくらいのこと。ただ言葉を並べるだけだ。意
味のない言葉を。
大きめの息をつき集中する。その顔に表情はない。


「私はマゾです。この状況を悦んでいます」


…………


「い、言ったぞ!私は還る!」

一時の沈黙の間、彼女は身を翻し早々に立ち去ろうとする。
内心は忘れろという呪念を呟きつづけている。のだが。

「そうですか!!貴女はマゾですか!!悪魔の中でも強行的な位置にいる貴女
がっ!ふはははははっ!そうですか!そうですかっ!!」

忘却しようとしているところで大声を立てて笑い出すスレイヴ。
殺意で人が殺せたら。どこかで効いた台詞だが悪魔である彼女はその能力がある
はず、なのだが。
スレイヴは何かの施術で回避しているらしい。調べている暇はないが。
わなわなと振るえている彼女を他所に、急激に冷静な口調に戻る。

「っと失礼。マゾというのは元々でしたね。ようやく貴女も自覚を……」
「っ!」

 甲高い音を立てて陣が出現し一瞬で彼女を飲み込む。つまりは還ったのだ。
 ふむ、と何でもなかったかのように呟き彼女の消えた周辺を見る。
 陣を用いた召還と帰還。一種の瞬間移動なのか、具現化なのか。興味が尽きな
いが……

「人間があの陣を用いることは出来ないようですね」

 陣に連なっている紋様の配列を再確認していたのだ。
 見る限りは人間という素体を移転させるという機能がないということはわかった。

───ラボに戻って再現……解析をしますか

 先ほどの戦い?が嘘のように静まった回廊は、スレイヴの足音だけが響いていた。


2007/02/10 21:48 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【1】 悪魔とは悪である。/メル(千鳥)
††††††††††††††††††††

PC:  メル スレイヴ
場所:  教会 ソフィニア魔術学院
NPC: 司祭 子供達 学院長 

††††††††††††††††††††

 教会の庭で、一人のシスターが子供達に神の教えを説いていた。
 学校に通えない子供達は、日曜になるとこの教会に聖書の言葉や文字を教えてもらう為に集まる。そんな彼らの先生は桃色の修道服を来たシスターだが、その見た目は随分と若い。身長もさることながら、ふっくらとした子供っぽい頬も、大きい瞳も、怒鳴るとやたらに高く響く声も、昨日13歳の誕生日を迎えた粉屋の娘のエミリ
アと何ら変わりがない。

「メル。今日は何のお話をするの?」

 だから子供達は、同じ年の友人と接するようにシスターに話しかける。

「それでは、今日は偉大なる七英雄の一人、老師クラトルのお話をしましょう。賢い彼の行いを見習って皆がちゃんとお勉強をするようにね!」

 幼い見かけに反したシスターの大人びた口調はまるでお芝居でもしているかのような違和感を与えるが、子供達もシスター自身も気にする様子は無い。

「クラトルは『形なき最も賢い力』の使い方をわたくし達に教えてくれた英雄です。錬金術と魔法を用い多くの人々を救った彼は、ソフィニアで最も偉大な魔術師であり賢者の一人でもあります。老師クラトルが堕天使シェザンヌを再び神の元に導いた事は知っていますね?」

 子供達は頷いた。教会での教えは彼らにとって身近なものであったし、この説法好きのシスターから何度も聞かされた話しだったからだ。暖かい日差しを浴びながら、彼らの穏やかな時間は過ぎてゆく。

 しかし、忍び寄る悪魔の影は一通の手紙と形を変じて彼女の元へやってきたのだった。  
 

  †††††††

 桃色の修道服を着た幼いシスターこと、アメリア・メル・ブロッサムはいつものようにお勤めを終えると、彼女の師である司祭の部屋に報告に向かった。

「ファザー・ケイオス、入っても宜しいでしょうか?」

 小さくノックすると、すぐに返事が返ってきた。ケイオスは今年で50歳になるが、黒い髪には殆ど白髪の見られない若々しい司祭である。

「ちょうど良いところにきましたね。貴女に用事があるところでした」
「何でしょう?」

 司祭の机の上には一枚の封筒と便箋が広げてある。既に目を通したであろう手紙を再び手に取りながら司祭は静かな声で告げた。 

「シスター・アメリア。貴女に仕事です」
「お仕事ですか?」
 
 教会で働く修道女にはお祈りの他にも戦地での看護や孤児院の手伝いなど様々な仕事がいいつけられる。メルの思い浮かべた内容を否定するように司祭を頭を横に振った。

「シスターとしてではありません。エクソシストとしてのお仕事です」
「ファザー?わたくしは…」

 この教会の責任者である司祭ケイオスは、同時にポートカリスに籍を置くエクソシストである。そしてメルは彼の弟子として退魔の方法を学んだ。しかし、彼女は正規のエクソシストではない。それは彼女が身にうけた呪いのせいでもあるのだが、彼女がたった一人の悪魔を滅する為にその技を伝授されたからでもあった。

「上層部は悪魔ベルスモンド討伐の大命を貴女に与えるべきか決めかねています。まずはこの仕事の結果次第というわけでしょう」

 聖ジョルジオ教会を崩壊に追いやった、悪魔軍団長ベルスモンド。メルが悪魔を心底憎むのは、大事な故郷と人々を生まれ育った孤児院をこの悪魔に奪われたからであった。

「神がわたくしの力を必要とするならばわたくしはいつでもこの身を捧げるつもりです」

 教会と密接した孤児院で育ったメルは、何の疑問も持たず僧籍に入った。しかし、〝聖ジョルジオ教会の悪夢〟以来、神の威光を広め悪魔の手から人々を救う事こそが彼女の使命となったのだった。

 こうしてメルは、その小さな身体に大きな鞄を一つ携えてソフィニアへと向かうことになったのだった。
 

  †††††††

 ソフィニア魔術学院は最高峰の魔術士養成所であると当時に、魔術国家ソフィニアを支える研究機関でもある。学院はソフィニアの象徴として都市の中枢部にあるため、地下鉄道を使うのが一番の近道である。
 魔法力機関を使ったこの乗り物はまさにソフィニアの技術の集大成でありメルのようなよそ者を圧倒させるだけの存在感を持っていた。
 今回、退魔と治癒魔法は使えても、魔法自体に関しては全く知識を持ち合わせていないメルが魔法国家の魔術学院に派遣されることになったのはエクソシストとして、ある事件の調査を依頼されたからだ。
 
“学院の生徒により悪魔の召喚が行われ、召喚された悪魔が暴走、多くの死者を出した。
 悪魔は学院の魔術士により撃退されたが、この儀式における影響は未だ不明である”

 この事件の真実と解決の確認を行うことがメルの仕事だった。悪魔との関わりをもつ黒魔術は魔術学院でも禁忌とされている。悪魔との交わりは大変危険でその場所や人に何かしらの歪みを残すからだ。メル自身も、悪魔との遭遇により身体の時を止められていた。不老となった体がいつ元に戻るのか、一生このままなのか……彼女
にも分からない。
 肝心の術者が意識不明の現段階では、悪魔との間にかわされた契約の内容すら知ることができない。そこで、学院長は懇意にしているソールズベリー大聖堂から“専門家”の派遣を要請したのであった。

「わが学院にようこそ。えぇと・・・シスター・アメリア?」

 メルを出迎えた学院長は、この小さな“専門家”に思わず不安そうな眼差しを向ける。自分の容姿に説得力がないのはメル自身も十分理解している。どうみたって、見習い修道女かエクソシストの弟子にしか見えないだろう。

「初めまして、学院長。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソールズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」
 
 物怖じしないメルの様子に多少安堵したのか、学院長はその年老いた顔に苦渋の表情を浮かべて頷いた。

「今回の事件は、我が学院の生徒ながらお恥ずかしい……悪魔の召還など」
「事件の関係者から詳しいお話をお聞きしたいのですが、今皆さんは何処に?」
「召喚を行った生徒は死にました」

 これで肝心の事件の真実を知る人物はいなくなってしまったと言う事だ。

「では、悪魔を撃退したという方は?」

 書類によると一人の魔術士以外、悪魔の目撃者は全て命を失っていたはずである。

「彼は、その、ちょっと何処に居るか、学院では関知しておりませんもので」
「・・・?」

 学院に所属する魔術士の事だというのに、随分と突き放した返答だった。
 
「この事件の処理は学院の研究員に任せております。詳しい事は彼に聞いてください」

 まるでそれ以上の追求を避けるように学院長は部屋からメルを追い出した。彼女に手渡されたのは担当の研究者の居場所が書かれた地図のみである。

「一体、この学院で何が起こっているのかしら?」

 生徒たちの視線を浴びながら、メルは魔術学院という特殊な世界に一人放り出される事になった。
   

2007/02/10 21:49 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【2】 絶対四重奏/スレイヴ(匿名希望α)
‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

PC:メル スレイヴ
場所:ソフィニア魔法学院
NPC:スレイヴフレンズ 学院生徒

‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡

 ここに、一人の学生がいる。
 彼は少々変わった趣向を持っている。
 彼は見つけてしまった。
 この魔法学院にあるはずのない法衣を纏った少女。
 年の頃は10代前半。
 その視線は手にした紙切れと周囲を往復している。
 彼は少女が道に迷っているのだと判断した。彼にも経験があるからだ。
 そして道案内してあげようと決めた。
 ここでもう一度述べよう。
 彼は少々変わった趣向を持っている。
 具体的には「年下の女の子に”お兄ちゃん”と呼ばれることに最大の喜びを感じ
る」という趣向だ。
 彼の脳内シュミレートで行き着いた先は、未成年お断りな代物。
 思わず緩んでしまった顔を引き締めると、いかにも”いい人”なオーラに切り替
えて少女に近づき声をかける。
 少女は何の疑いもなく応答した。年相応のあどけなさに彼の背筋をたとえ様の
無い快感が走る。
 彼の様子に首を傾げたが、その様子も彼にとっては快感の餌でしかない。
 彼は我に返ると何処に行きたいのかを問うた。
 その行き先を聞いた時、彼の背筋をたとえ様の無い悪寒が走った。

  ‡‡‡‡‡‡‡

 研究棟には錬金術関係が集中する一角がある。
 他の分野とは一閃を駕するそれらは、機材・資材の都合で別環境にあると言っ
てもいい。
 故に、魔法学院の棟の中では一番離れた場所に位置し、生徒達には錬金棟など
とも呼ばれている。
 その錬金棟に並ぶラボの一つに「アルフ・ラルファ」の名があった。
 少し長めのボサついた赤髪、少々ずれかけの眼鏡。ここまで見ればだらしがな
いと一蹴されるだろうが、その眼光は刺さるような鋭さを持っていた。
 身だしなみを整えればどこかの麗しい王子に見えなくも無いが、本人はあまり
興味がなかった。
 少しよれたシャツの上から白衣を纏っているその姿は、それで様になっている
ようだが。
 先日、学院長の使いに渡された紙切れ。内容は学会発表時に起きたあの事件に
ついての操作の協力要請だった。
 もう片付いていることを何をいまさら、と思いつつも抗議しにいくのも面倒
だったので結局そのままにしておいた。
 そして今、ドアがノックされる。
 アルフは拭いていたビーカーを定位置に置くとドアへ向うが、ドアノブに手を
かける前にまたノックされる。こんどは声付きだ。

「ソールズベリー大聖堂から派遣されま……」

 言葉の途中でドアを開くアルフ。にべなしに訪問者へと問い掛ける。

「要件は」

 よく通るその声は、小さくとも相手に伝わる。
 聖法衣の少女はアルフを見上げ目線を合わせた。アルフも予想外に背の低い相
手を見るため、視線を下げる。

「は……初めまして。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します。ソール
ズベリー大聖堂から調査員として派遣されました」

 アルフの雰囲気に気圧されたのか驚いたのか、踏み出しでこけそうになったが
その後は難なく言葉を続ける。
 見た目相応の声をした少女──メル──はアルフの眼を見据えたまま次の言葉を述
べる。

「先日の悪魔が召還されたという事件についてお伺いしたいのですが、よろしい
でしょうか?」

 アルフは何もアクションをしなかった。無言と目線を肯定の意思として次の言
葉を待つ。
 だが、メルはその意図を汲み取ってはくれなかった。
 傍から見ればラボのドア先で気まずい状態になっている二人。メルからすれば
そうなのかもしれない。
 その間いアルフは少女を観察する。年端もいかないあどけなさを残すが、容姿
とは沿わない落ち着きを感じる。
 だが、経験不足か?

「一週間前に学術発表会が行われ、事件はその会場で発生。発表時に粗を突かれ
て逆上した生徒が退場後、悪魔を召還。魔法学院に雇われている治安部隊が退け
ようとしたが多大な被害を出した。だが悪魔を還すことに成功。召還者は悪魔帰
還のリバウンドを受け、耐え切れず死亡。ということになっている。聞きたい事
は何か」

 一息に情報を伝えるアルフ。
 突然の長文に対処しきれていない様子のメル。だが、時間をかけゆっくりと頭
に染み渡らせる。
 アルフが述べた内容は、差障りないが少々引っかかる物言いだったがメルは気
にせず一つのことを問う。

「悪魔を撃退した方についての詳細な情報はありますか?」

 学院長が言い淀んだ彼についてらしい。
 アルフは即答する。

「スレイヴ・レズィンス」
「それが彼の名前ですか?」

 アルフは軽く頷くと視線を軽くずらした。メルも思わずそちらの方向を見てし
まうが、そこには床しかない。
 何か考えているのかな?と思うのも束の間、「出る準備をする」というアルフ
の声と共にドアが閉められた。

「あ……」

 何か言うこともできず、案内してくれた人をも探してみるが、彼の姿も消えて
いた。

  ‡‡‡‡‡‡‡

 「聞くより直接会うが早い」

 ラボから出てきたラルフが言った言葉だ。
 メルは見知らぬ生徒に案内された道を遡っていると感じる。実際そうなのだが。
 所々にかかれた紋様はただそこにあるだけでも美術的価値がありそうなしろも
のだが、それは全て合理的になされたものらしい。
 石作りの廊下を歩く二人。

「何処へ向っているんですか?」

 行き先を告げていなかったアルフは「図書館だ」と呟いた。
 通常の講義などが行われる一般棟との間に位置する。「資料館」とも呼ばれる
そこは呼称に相応の物量を誇り、魔法魔術関係の資料は他主要都市の図書館と比
較すると群を抜いている。
 故にこの魔法学院の図書館を目当てにソフィニアを訪れる者も少なくない。
 他棟との連絡通路に差し掛かった時、他方から声が上がった。

「ようアルフ。相変わらずクソ鋼鉄顔面してやが…………あ゛?」

 かけられた声の質と内容は品性のカケラも無かった。
 アルフはユックリと、メルは急な動きで声の主を見やる。そこには銀の髪を短
く乱切りした男が立っていた。背はアルフよりも少し高いだろうか。
 彼の第一印象は大概同じである。『チンピラ』、と。 眉間に皺を寄せメルを
見る姿は正にソレであった。
 魔術士とは思えない服装──何かの獣の皮を加工したと思われるズボン、上半身
裸の上からズボンと同質と思われるジャケットを羽織っただけ──をした彼は遠慮
もなしにメルへと近づく。
 メルはこの類の人間に耐性はあるのだろうか?

「あぁん?何でこんなガキがココにイんだよ」
「ガ、ガキ……」

 外見は10代前半の少女なのだから言われるのもしょうがないが、メルは衝撃を
受けているようだ。
 少し意識が別の所へ飛びかけてる彼女を他所に、チンピラ風な彼はメルを舐め
る様に上から下まで見る。
 まるで品定めをするかのように……

「オルド」

 アルフが短く彼の名を呼ぶ。──オルド・フォメガ──学内でひたすらに規格外な
存在である。
 何故こんな男が”魔法”学院にいるのか。盗賊ギルド所属と言った方が周囲は納
得するだろう。

「よくよく見りゃぁ、結構な上玉じゃねぇか。ッテーことは」

 オルドはニヤリと笑う。悪党が悪事を思いついたときのような……そんな雰囲気で。
 大して憮然としているアルフ。メルは内に入ってしまっていたがはっと意識を
戻した。
 含み笑いをしているオルドはメルを眺めながら嬉々として”何かを”語りだす。

「拉致って幼女(?)を自分好みに育てるってかぁ!しかもシスターとはまたイイ
趣味しテんなテメェ!どこぞの王子様気取りでっ……」
「!?」

「黙れドアホウ」

 オルドの台詞の途中、突如アルフの上半身がねじれその下半身の戻りの回転力
を利用した突き刺さるような蹴り……ソバットが放たれた。
 前屈み気味にメルを観察していたオルドは顔面にアルフの足の裏を──鈍い大音
が響く──喰らい、

「ふぉおおおおおおお!?」
「!?」

 彼が歩いてきた通路を吹っ飛んで逆行し、廊下を数回バウンドする。
 30歩分程すっ飛んだようだ。中々の威力である。
 回転力によって舞ったアルフの白衣がふわりと戻るのと、オルドが停止するの
はほぼ同時だ。

「効いたゼ、オマエのパンチ……ごふっ」

 何故か満足げな表情を浮かべた後、動かなくなるオルド。

「蹴りだ」

 短くツッこむ。
 そして何事も無かったかのようにアルフはまた廊下を進み始めていた。

「あ、あのっ」

 メルの焦っている声が上がる。置いていかれまいとして駆け寄りながらその表
情は混乱だろうか。

「あの方は……大丈夫なのでしょうか」

 あれこれ変なことを言われたメルだったが、それでも相手を気遣っている。そ
れが彼女の性格なのだろう。
 アルフは前を向いたまま、いつもの憮然とした表情で答えた。

「気にするな。いつもの事だ」

 これが彼らの日常らしい……

  ‡‡‡‡‡‡‡

 書物の保護の為に、階層を上に積むより下に掘り下げているその図書館の外観
は、只広い建造物である。
 温度、湿度共に適当ではあるが、簡単な結界術により更に安定化されている。
 つまりは単に過ごしやすいのだ。
 受け付けカウンターを通り越し中に入ると、壮観な眺めが目に映る。

「うわぁ……」

 幾段階に分かれた通路と積み上げられた本棚。
 その景色は一つの芸術作品にも成り得そうな、幻想的なイメージも受ける。
 空間という資源を余すことなく使うよう設計されたこの場所は、機能美という
言葉で片付けるだけではアマリに物足りない。
 メルが声を上げるもの致し方ないだろう。
 アルフは軽く息を漏らしながら笑い、図書館の一角のブラウジングコーナーへ
と向う。
 掘り下げられた空間の中、中段に位置するそこは精霊光でも用いているのか仄
かに明るい。書物を読む場として適切に灯されているのだろう。

「あら、ごきげんよう」

 足を踏み入れると、アルフまた声をかけられた。
 声の主は金髪縦ロールでいかにも”お嬢様”という印象を受ける女だった。閲覧
席にて本を広げていたがようだ、アルフを見かけて視線を向けていた。

「スレイヴを見かけたか」
「今日はまだ見かけていませんわね。でも現れると思いますわ」

 その言葉を聞きアルフは振り向いた。だが、そこには誰もいない。
 しばし停止したが、階段の上を見やると周囲からは浮き立っている修道女が視
界に入る。
 その視線に気が付いたメルはほっとした表情を浮かべ、アルフの元へと移動を
開始する。

「誘拐?」
「ミルエ、オマエもか」

 どこぞの神話に出てきそうな台詞を呟くアルフ。だが彼女──ミルエ・コンポ
ニート──はつまらなさそうに「冗談ですわ」と呟いた。そして

「誑(たぶら)かした、が正しいかしら? 物理的に拾ってきただけでは、あのよ
うな表情はしませんわ。何か薬物を用いてインプリティングでも施したのでしょ
う?」
「……」

 アルフ、無言。ミルエは再び「冗談ですわ」と呟いた。
 周囲を見回しながら歩いてくるメル。初めてこの図書館に来る者の反応だ。初
々しいその姿にミルエの頬が緩んでいる。
 容姿も相まって尚更幼い印象を受ける。

「……すごい所ですね、ここは」

 すっかり図書館の雰囲気に呑まれているメル。無理も無いだろう。ここで平然
としているミルエやアルフも初めてココを訪れた時はそうなったものだ。

「初めまして。わたくし彼の友人でミルエ・コンポニートと申しますの。貴女が
調査員のシスターさん?」
「は、はい」

 アルフしか認識していなかったのでメルは少々驚いたようだ。

「名前を伺ってももよろしい?」
「はい。わたくし、アメリア・メル・ブロッサムと申します」

 似たような台詞回しだな、とアルフは内心呟く。
 縦ロール女ミルエ。レースの飾りが多重についた脹らみのある白が基調のワン
ピースドレスを着用している姿は、誰しもがいい所のお嬢さんだと思うだろう。
事実そうなのだ。
 開いていた本をパタムと閉じ、優雅と思わせるゆっくりとした動きでメルを見
つめると再び問い掛けた。

「どのような用事でこちらへいらっしゃいましたの?」

 答える義理もない質問だが、気負いもなしに言うミルエには答えなければなら
ない気がしてくるメル。
 さして秘密にする必要もないので、メルは答えるだろう。
 ミルエは出会い頭のアルフの質問で大体察しはついていたが。

「先日の悪魔召還の一件です。悪魔を撃退された、スレイヴ・レズィンスという
方の事をお聴きしたくてアルフさんを尋ねたのですが、こちらを訪れれば彼に会
えるみたいのですので……」

 アルフをチラッと見ながら答えるメル。
 その様子を心の中で細く笑みを浮かべながら思う。──これは面白くなりそうで
すわ──と。

「そうでしたの。まだ彼は……噂をすれば影、ですわね」

 ミルエの言葉の途中、一人の男が階段を降りているのを視線で捕らえる。
 彼の方はすでに気づいているらしく、こちらに向ってくるつもりらしい。皆の
様子に気づいたメルは振り向くと、噂の彼だと思わしき人物を発見する。

「皆さんおそろいとは珍しいですねぇ。これから何かあるのですか?」

 いつのまにかミルエの近くに座ってくつろいでいるオルドがいたが、アルフは
居ない事にすると決めた。
 話題の人──スレイヴ・レズィンス──は客人と思わしき修道女を認め「初めまし
て」と声をかけた。

2007/02/10 21:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題
アクマの命題【3】 アルフさんに会う前の事/メル(千鳥)

††††††††††††††††††††††††††††††††
PC:メル (スレイヴ)
NPC:男子生徒
場所:ソフィニア魔術学院
††††††††††††††††††††††††††††††††

 大きくなったら、立派な魔法使いになって孤児院に帰ってくるよ。

 メルの暮らしていた孤児院にも、そういい残してソフィニアに旅立った兄弟がいた。
 彼は、メルよりも5つ程年上の頭の良い少年だった。その後彼がどうなったのかメルは知らない。彼の帰ってくるべき孤児院が閉鎖された今となっては二度と会うことも無いかもしれないが。


 ††††††††

『北研究棟2-4 アルフ・ラルファ』

 学院長から渡されたメモには、場所と名前が記された一行の走り書きがあった。これからメモに書かれた人物に会って話を聞かなければならないのだが、メルは学院長室を追い出された瞬間に迷子に陥っていた。

「えぇと、確か玄関のそばに案内板があったはず…」

 さて、玄関はどちらだろう…?
 けして、メルは方向音痴というわけではない。しかし、この巨大な学院はたくさんの建物が隣接しておりとても複雑な造りをしていた。しかも、同じような教室がいくつもならんでいるのである。教会や修道院での暮らしの長いメルには、馴染みのないものだった。

「……どこに行きたいの?良かったら連れて行ってあげようか?」

 最初の一歩を渋っていると、一人の生徒が声をかけてきた。色白にノッポの少年である。年はメルよりも一つ二つ年下に見えた。
 そばかすを浮かべたその顔には親切そうな笑顔が浮かんでいて、メルも安心して笑みを返す。

「ありがとうございます。実はお会いしたい方がいるのですが、北研究棟までの行きかたを教えてはくれませんか?」
「研究棟…?誰に会いに行くんだい?連れて行ってあげるよ」

 馴れ馴れしい少年の口調が気になったが、相手はメルの事をずっと年下の少女と思っているのだろう。こういったことは慣れていたので、メルは再びメモを開いた。

「『アルフ・ラルファ』という方なのですが、ご存知ですか?」
「 ………。 」
「あの……」

 少年の動きは止まっていた。
 笑いを浮かべた口元は緩んだまま開きっぱなし。目は何処を見ているのか分からなった。突然起きたこの親切な少年の変貌にメルは心配になって声をかける。そういえば、悪魔憑きにあった人々がよくこんな表情を浮かべていた。もしや、問題の悪魔がこの少年に憑依してしまったのだろうか。心配になったメルは、

「失礼」

 素早く十字を切ると、少年の身体に触れる。パチンと小さな音がしたのは、偶然におきた静電気だったのだが、少年はびっくりして数歩後退した。

「す、すみましぇん!!」
「大丈夫ですか?」

 邪まな思いを抱える少年は、小さい聖職者に思わず1オクターブ高い声で謝まる。メルは不審そうに少年を見た。

「さ、さぁ、行こうか!行ってやろうじゃないか!」

 その視線が痛くて、少年は慌てて少女の頼りない肩を掴むと廊下を進み始めた。何故かすこしやけっぱちだった。

「あそこがアルフ・ラルファの研究室だ」
「ご親切にありがとうございました。助かりました」

 少年は目的地の数メートル前で足を止め、指差した。まるでその先に暗黒でも広がっているかのような目つきで指をさすと、深々とお辞儀をしたメルの手を握った。

「気をつけてね、アメリアちゃん」
「はい。あの、あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

 ここに来るまで、ずっと質問攻めにあっていたメルはやっと少年の名を問うことが出来た。すると、突然少年は表情を変えた。そしてしばらく苦悩すると、低い声でぶつぶつと呟くように言った。

「その…僕の名前なんてどうでもいいんだ。“お兄ちゃん”って呼んでくれないかなぁ…」
 
 メルには少年の趣向も意図するものも理解できなかった。むしろ知らなかった。だから純粋に疑問を返す。

「確かにわたくしは“シスター”ですが、何故あなたを“お兄ちゃん”と呼ばなければならないのですか?」

 二人の間に沈黙が起きて、どこかで扉の開く音がした。
 驚いた少年の体が数センチ床から飛び上がったのをメルは見た。

「じゃ、じゃあね!アメリアちゃん!!」

 情緒不安定な方なのかしら。メルはそう思いながら少年の姿を見送った。
 彼女の頭の中では未だ、ソフィニア魔術学院は、素晴らしく真面目で、優秀で、聡明な人々集まりと信じて疑っていない。

 しかし、その考えを改める日はそう遠くは無い。




2007/02/10 21:59 | Comments(0) | TrackBack() | ●アクマの命題

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