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2025/11/14 17:23 |
神々の墓標 ~みんな檻の中~ 1/ヘクセ(えんや)
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PC:ヘクセ
NPC:アマリア・マンサーノ
場所:クーロン
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くすんだ建物の壁に挟まれた薄暗い路地裏を、黒っぽいローブに身を包んだ小柄な少女が一人歩いていた。
犯罪都市の異名を持つクーロンでは表通りですら、女性が一人歩くのは危ない。まして路地裏では10歩あるけば、死体か、もうすぐ死体になる者か、ジャンキーかにつまずくとさえ言われている。現に、その路地には腐った人の足を咥えて走るのら犬と、吐瀉物とも汚物ともつかない染み、そして濁った眼を空にさらして現実から遊離しているジャンキー、ヤクの売人、表通りに立てないモグリの娼婦や娼男がたむろしている。
いつ襲われても不思議ではない状況にありながら、少女は一人、まるで朝の公園を散歩するかのように、そうした人々の間を抜け路地奥へと歩いていく。
すれ違う人々も、ちらりと少女を見るだけで、まるでどこにでもいるジャンキーか路傍の石でも見たかのように、関心を示さない。

そうしてやがて少女は一つの扉の前にたどり着いた。
その扉の両脇に立っている屈強な男たちは、少女を無視することなく、扉の前に立つ少女を睨む。

少女は口を開いた。

「ディオニュソスの"紫煙の魔女"にお目通り願いたい。
 私はへクセという。」



   *   *   *
 
 

アマリア・マンサーノはこの町でちょっとした有力者だ。
一つの麻薬組織を預かり、この町の一角を牛耳ってる。
彼女の調合する麻薬はトリップ持ちがいいと評判で、また彼女は未来を見通すかのような卓越した読みの持ち主で、何度となく組織の危機を救ってきた。
それゆえに組織もまた、彼女を尊重し、大きな権限を与えていた。
そんな彼女に接触を求めるものは多い。


しかしアマリアがこの町の"ディオニュソス教団"の導師であることを知る者は、ごく限られている。
魔法関係、それも同じ"デュオニュソス教団"の者だけだ。

"デュオニュソス教団"
麻薬、痛み、強烈な性的刺激、踊り、音楽などにより、恍惚状態に至り、時間の枷を離れ未来を予見する先見者達。
しかしその手法ゆえに悪しき噂の絶えることのない魔術結社だ。
だからこそこの魔術結社は、決して社会の表に出ることなく、その存在を隠してきた。

へクセと名乗る少女が、アマリアの正体を知り訪ねてきたとあれば、会わぬわけにはいかなかった。


へクセが案内された先は、地下にある、大ホールのような開けた空間だった。
あちこちに規則的に燭台が立ち並び、揺れる炎の灯りが、室内の異様さを浮かび上がらせていた。

床には大きな魔方陣が描かれ、その周囲に13組の男女が裸で絡み合っている。
そして魔方陣の中心には、男と抱き合ったままの、赤い巻き毛の妖艶な美女がいた。

その女はへクセを見ると、男の肩越しにほほ笑んだ。

「私が"紫煙の魔女"アマリアだ。」

「カーママルガの儀の最中にお邪魔して申し訳ありません。
 私はへクセと申します。」

「で、私に何の用だ?」

「この町にしばらく滞在するにあたり、この地の導師である貴女に挨拶をと思いまして。」

「殊勝な心がけだ。
 まるでエデュラの魔女のような恰好をしているわりに、礼儀をわきまえているな。
 まぁいい。ここではそんな重苦しいものは脱いでしまえ。
 お前も加わるといい。」

アマリアがへクセを招くように手を伸ばす。

「身に余る光栄。しかし貴女とでは儀式を行えない…で…しょ…う?」

男の身体から離れたアマリアの裸体を見て、へクセは息を呑んだ。

「…両方もってるんだ…」

「便利でな。生やしてみた。
 これで何の問題もない。」

へクセは、確かに、と頷くとローブを脱ぎ捨て、下着も脱ぎ捨て裸になった。
その裸体は両腕が肩まで包帯に隠され、左足も包帯が巻かれている。

「封魔布か」

包帯の正体をアマリアは一目で見抜いた。
へクセは包帯を外しだした。
その下から現れた肌には不可思議な紋様が刻まれていた。
へクセの周囲の魔力が濃くなる。

「…そうか、紋様の魔女とはお前のことか」

「お恥ずかしい。ただの通り名にございます」

そう言ってへクセはアマリアに歩み寄り口づけを交わす。
二人はそのまま絡み合い、やがてへクセはアマリアと一体となった。
へクセとアマリアは間近な距離で視線を絡め、ほほ笑みあった。

「で、何が目的だ?
 よく調べてはいるが、お前はウチに属するものではないだろう?
 エデュラの魔女の系譜に連なる者よ。」

「では、申し上げます。」

へクセは囁くように言葉を紡いだ。

「アナンダ法典はジュデッカの最奥にある、というのは本当?」

思わぬ言葉にアマリアは動揺した。
同時に、アマリアの意識の中に、何かが入り込むのを感じた。咄嗟にアマリアはへクセを突き放す。

「やっぱり本当だったんだ。」

へクセが起き上がりながらにやりと笑う。

「貴様、私の心を読んだか!」

「未来は見通せてても、私のような取るに足らない存在など見えなかったようだね。
 どんなに優れた目を持っていても、見ることを」

へクセはそう笑い、アマリアから素早く離れた。

「それを知って、ここから生きて帰れるとでも?」

アマリアの言葉に周囲の男女がへクセを取り囲む。

「できたらそうしたいなぁと。」

へクセが服を拾いながら笑うと、同時に、天井が崩れだした。
大きな瓦礫が落下し、アマリアとへクセを遮断する。
衝撃と轟音と共に塵が舞いあがり、それが収まるころにはへクセの姿は消え失せていた。
アマリアがへクセのいた辺りに駆け寄ると、床が割れ、その下に水音が聞こえる。
クーロンの地下を網の目のように流れる下水河川へと繋がっているようだ。

「アマリアさま!」

「逃しはせん。」

アマリアは煙管を手に取ると、大きく吸い、そして煙を吐き出した。
それは人型を取り、そして地下の穴の中に吸い込まれていった。



   *   *   *
 

 
地下河川を菌糸で織り上げたボートで下るへクセは盛大にくしゃみをして一人ごちた。

「やっぱ、裸じゃまだ厳しい季節だよね」

いそいそと服を身につける。
その時、へクセの行く手をさえぎるように煙が現れ、人の形をとった。
それは怨霊のように、怒りの表情を露わに、大きく口をあけた。

「あぁ召喚霊か、だが。」

へクセは手を伸ばす。そして煙に無造作に突っ込むと、そのまま引き裂いた。
そしてちぎれた煙を吸い込み、咀嚼する。

「身体を持たぬ魂など殻を剥いた蟹の身と同じだろうに」

へクセは鼻で笑った。


同時刻、アマリアの目の前で香壺の一つが炎を吹いた。

「アマリア様!」

召喚霊が倒されたことを知り、悲鳴を上げる門人達。だが、アマリアはにやりと笑った。

「食ったな。」



   *   *   *
 

 
へクセが自身の異変に気付いたのは、すぐだった。
目がかすみ、頭が朦朧とする。

(しまった!食われるのも織り込み済みか!)

へクセは急いで深呼吸をする。毒呪がへクセの意識を混濁させようとする。
その前にへクセは意識を切り離した。
切り離した意識で自身の身体に語りかけさせる。

("咀嚼"はした。効果は薄れている。毒を出すぞ。)

ローブを探り魔除けの薬草を取りだし、口に含み咀嚼させる。
そしてローブの内側から一つの小瓶を取り出すと、指を噛み切り、その血を瓶の中に垂らす。
中には蛭がいた。
その蛭を取り出し、首筋に貼り付ける。

(これで良し。後は少し眠らなければ。)

へクセはそこまでして、目を閉じた。



   *   *   *
 

 
「追手をかけねばな。腕の立つ殺し屋がいい。」

アマリアは服を着ながら弟子でもある部下に指示をとばす

「しかしアマリア様、あの女はアマリア様の毒で命を落とすのも時間の問題でしょう?」

「エデュラの魔女を侮らないことだ。」

「エデュラの魔女とは?」

「知らないのか?
 エデュラの魔女はドルイドの祖ともなる森の魔女の系譜だ。
 一昔前のイムヌスのあの魔女狩りとかぬかすヒステリックな所業でだいぶその数は減じたが、
 今や廃れたとはいえ、最古の流派の一つだぞ。
 呪いと毒は、連中の得意分野。
 あれで仕留められるほど簡単な女でもあるまい。
 未だ、アレを捕える未来も見えぬしな。
 …クーロンを出られたら、私の影響力も届かぬ。
 どこまでも追いかけて奴を殺せる優秀な猟犬が必要だ。」

アマリアは空を睨みながら呟いた。

「あの経典は誰の目にも触れさせるわけにはいかない。」



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2010/01/30 01:34 | Comments(0) | TrackBack() | ○神々の墓標~みんな檻の中~
ヴィル&リタ-13 足りない覚悟/リタルード(夏琉)
PC:リタルード
NPC:マリ(『甘味処』のおかみ)、セリアナ(リタルードの親戚)
場所:エイド(ヴァルカン地方)
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これまでのおさらいだょ。


*リタ子が女がらみでヴィルさんに迷惑かけてヴィルさんがいらっときてるけど、ヴィルさん大人だから、仲直りのチャンス(仲直りしたかったらちょっと離れた宿屋においでよん)をくれてるんだよ。

*最近、ヴァルカン地方では和菓子が超ブレイクしてるんだけど、今回は「甘味処」というそのままずばりのお店にいろいろ迷惑かけてるんだよ。

*セリアナっていうのはリタ子の親戚で、20代半ばの女性で、甘味所のおかみのマリさんの学生時代からの親友なんだよ。最初のほうにちょろっとでてるよ。

*ぶっちゃけそろそろ終わらせたいから、起こったであろうごたごたはほうってあるんだよ。

*さっき確認したら、わったんの前回の投稿って2年以上前なんだね! ごめんよ! WISCとかロールシャッハの勉強とかしてて忙しかったんだよ私! またお茶買ってくるから許して!



というわけで、どうぞどうぞ。


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”さぁ、終わりのはじまりをはじめよう”






 数日前は、リタルードやヴィルフリード、ハンナやミィ爺がいて緊張感の漂っていた甘味処も、閉店時間を迎えることには、日々の営みを閉じるべく店員たちが忙しく動き回っていた。

 いつもなら、マリも店の者たちに混ざって仕事をしている時間だったが、今日は先ほどから来客があり、奥のほうに引きこもっていた。
 店の者たちも経営者の妻の普段の働きぶりと采配を知っているだけに、珍しい----しかしここ数日は例外的に頻繁な----”奥様のお客様”についてとやかくいう者もいなかった。


 甘味処の奥の来客用の部屋で、予定してた仕事がキャンセルになっただとかで、顔を出したセリアナは、一連の話を聞いてしみじみと呟いた。

「あの子って結構、かわいそうな子だと思うのよね」

「どんなところからそう思うのかしら?」

 マリは温くなってしまった湯飲みを手に尋ねる。

「例えば…あの子、自分の家族の話とか、故郷の話をあんまり…というか全然しないのよね」

「私もそういう話はリタちゃんから聞いてないけど…でも旅人さんならそういうことって珍しくないんじゃない?」

 セリアナの話の前後がつかめずにマリは首を傾げる。

「んー、マリは会ってそんなに日が経ってないからそんなに違和感はないかもしれないけど…。でも私なんかざっと4から5年は知り合ってから経ってるのよ。
これが学生のときだったら、最終学年でしょ。あんまり友達がいない子だとしても、それだけ付き合いがあって、一度もそういう話をしないって変じゃない?」

 セリアナとマリは、数年前まで同じ学校に在籍して、そこで友達になった仲だ。
 学生時代に行動をともにすることが多かっただけに、セリアナの「あまり友達がいない子」という言葉から、すぐに何人かの人物が思い浮かぶ。

「あー、うん。そうかも。確かに。同じ専攻で、あんまり話をしたことがない人だって、どこが出身とか、そういうことは知っているものよね。
 何年か顔を合わせて入れば、どこから来たとか、出身地はどことか、兄弟は何人だとか、そういう話は絶対でてくるし。というか、ちゃんと聞いてみた上の話よね?」

「そりゃあね。でも、話を振ってみても、あの調子でするっとかわしちゃうから…。あ、話したくないんだなって感じたらこっちもつっつきにくいじゃない。
 あの子の父親の話とかなら、共通の知人だし普通に話すんだけどね。
 それ以外の、母親がどういう人とか、どんな人に育てられたとか、産まれたところは暑いところだったかとか寒いところだったかとか、自分から全く話たがらないのよ。
 ぷらぷら生活してる人間は何人か知ってるけど、ここまで相手を煙に巻いて自分の根っこを出そうとしない人間ってかなりレアだと思うわ」

「そういうふうに言われると確かに思い当たる節はあるわねぇ」

 マリは、知り合ってからのリタルードの様子を思い返して、言う。
 一連のごたごたからだけでなく、その前の様子から、リタルードには他者から一線も二線も引くところがあった。

 人を寄せ付けないわけではない。明るい表情や気の利いた言い回しをして人の印象に強く残る人物だし、リタルード自身も積極的に話しかけるほうだから、甘味処の店の者の記憶にも強く残っているだろう。
 しかし、自分自身のこと―例えば、どこから来て、どこに行こうとしているのか、とか―については、マリ自身が聞いてみても、のらりくらりとかわされてしまっていた。

「セーラってリタちゃんのこと、すごくしっかり見てるのねぇ」

「ええ、だって気持ち悪いんだもん。あの子」

 セリアナの言い回しに、マリは思わず苦笑する。

「すごくきっぱりハッキリ言うのね」

「だって、あの子ってきゃらきゃら楽しく騒いでるくせに、ふわふわしててよくわからなくって。女装させたって言ってたけど、ものすごく似合ってたでしょ?」

「うん。どこからどうみても女の子だったわ」

 ヴィルフリードに言われて用意した衣装を身につけたリタルードを思い返して、マリは頷く。

「そういうのもおかしいのよ。四捨五入して二十歳になろうかって男が、いっつも変な恰好してて、それが妙に似合っちゃうのよ」

「世の中には女の子の恰好をするのが好きな人も、もっと特殊な性癖の人も、いろんな恰好をすることで生計をたててる人もいると思うけど」

 やんわりとマリは反論を述べるが、セリアナはきっぱりと言った。

「でもあの子はそのどれでもないじゃない」

 セリアナは出された焼き菓子―カフールなどの東の地方で食べられるくすんだ色の麺のもとになる粉で作った菓子だとマリが彼女に説明した―をかじる。

「性癖なのかなって思ってた時期もあるんだけど、そういう感じでもないのよね。
 そういう奇抜なことをしないと、本当にどっか飛んで行っちゃんじゃないかって、あの子自身も思っているような…そういう感じがするの。
 10代って誰でもそういう不安ってあるとは思うんだけど、それがものすごく極端に出てるっていうか。
 なんていうか…自分を保つ方法を根本的なところから教えて貰ってない感じがするのよ」

「自分を保つ方法?」

 マリがオウム返しに言うと、セリアナは軽くうなずく。

「うん、うまく言えないんだけど、自分が何者であるか、みたいなとこが。服装にしたって、ジェンダーが曖昧だし。
対人関係の持ち方もすごく脆いんだもの。誰かと知り合いになるのは得意なんだけど、その関係を保つのがひどく下手くそなのよ」

「私はリタちゃんって明るくて元気な子って印象よ。確かにちょっと距離は置きたがるけど、そんなに脆い子かしら?」

「うん、はじめはそんな感じなんだけどね。ある程度仲良くなってくると、いきなり連絡を絶ったり、これまでのことがぶち壊しになるようなことをしたりする
のよ」

「あぁ…それが今回みたいな感じなのね」

 マリは、自分が見聞きした状況とミィ爺からある程度の話を聞いただけなので、正直何が起こっていたかよくわからなかったが、今回の出来事の源にリタルードのなんらかのマナー違反―それも人と人とが付き合っていく部分でとても重要な部分の―が働いていたことには気づいていたので、セリアナの言葉にうなずいた。

「あの子はそれをここ数年、いろんな人といろんな形で繰り返してるのよ」

「あら、まぁ。それは…本人も周りもしんどそうねぇ」

「なんとなくだけど、そういう、友達の作り方とか、関係の保ち方とかを人生のはじめの十何年くらいのときに、しっかり学んでないような気がするのよね、あの子って。
私もそういうのが専門なわけじゃないからあんまりしっかりしたことは言えないんだけどさ。
人間って、例えばすごく小さいときは養育者と、もう少し大きくなったときは近くにいる年の近い人間と、人と接する練習をしていくものだと思うのよね。
なんとなくだけど、あの子はその辺がすっぽり抜けちゃってる感じがするの」

「それは、例えば、あんまり環境がよくない施設で育ったとか、不親切な親戚をタライ回しにされていたとか、そういう話になってくるのかしら」

「うーん…、そういう感じでもないんだけどね。その辺がよくわからないのよねぇ。
 あの子の父親がそういう状態で放置しとくとは思えないし、あとあんまり経済的に困ってきたって雰囲気もないでしょ、あの子。
 でも、なんか、そういう話と共通する要素はあるんじゃないかしら」 

「んーと、それがさっきの『かわいそう』ってとこに繋がるのかしら?」

「そう。だってそういうのってたぶん、あまり本人の責任じゃない部分でしょ?
 リタは、自分でもどうしようもない部分で自分でも困ってる感じがするのよね。かといって、自分でどうにかするものなんだろうけど」

「うーん…」

 マリは少し考えていたが、セリアナの目をみてにこっと笑った。

「セーラはリタちゃんのことが心配で、リタちゃんを大切に思ってるのね」


「え、まあ。一応いとこだし、しかも年下の人間だしね」

 セリアナは少し口ごもる。マリはだからこそきっぱりと言った。

「じゃあきっとリタちゃんは大丈夫よ」

 マリはにこにこして続ける。

「セーラって好きじゃなかったり関心を持てない人間については、たとえ同級生でも犬か豚かくらいにしか思わない人間でしょ。
 そのセーラにそれだけ頭を使わせるほど心配かけるってなかなかできないことだと思うわ」

「当たってるから反論できないけど、なんか私に一方的に失礼じゃない?」

「当たってるならしかたないじゃない。まぁ、そんなふうに誰かに、しかも身内に、心配に思ってもらえる子が、悪いほうに転ぶわけないわよ」

「身内って言うほど身内じゃないんだけどね。少なくとも、あの子は私のこと、ちょっと親しい他人くらいにしか思ってないと思うわ」

 セリアナは少し自嘲気味に笑う。その様子は、昼間のリタルードの弱った様子にも少し似ていた。
 それでも、マリは伝えたいことを優先させて、「あのね」と言葉を続ける。
 
「私がリタちゃんに持ってるイメージって、たしかにふわふわしててよくわからないとこはあるけど、明るくて楽しくて、出されたお菓子はちゃんと食べて感想もしっかり言う本人なりに律儀な子って感じよ。
 私は、一応モノを売る仕事、しかもおいしいものを人に食べてもらう仕事をしてますからね。
 リタちゃんのそういうところって、表面的なものなんかじゃなく、彼自身と彼のまわりの人たちによって育まれた、リタちゃんの本質的な部分だと思うわよ。
 私はリタちゃんとは付き合いが浅いからなんとも言えないけど、リタちゃんなら、セーラがそんなにとやかく心配しなくったって、私たちの年ごろにはそれなりになんとかなるものじゃないかしら?」

「うーん…。そりゃあ、そうだといいと思うけど」

 友人の言葉1つで納得に至る悩みでもないようで、セリアナの表情は晴れない。
 マリは、さらに付け加えた。

「それに、セーラは会ってないけど、リタちゃんがいっしょにいたおじさまも、すっごく素敵な人だったわよ。
 あぁいう人とお友達になれるなら、大抵の場合、最悪なことは避けられるんじゃないかしら」




                          ☆ ☆ ☆





 エイドからやや離れた町の宿屋の一室。

 ヴィルフリードに指定されたその場所に、リタルードはいた。

 窓から夕日が差し込んでいるが、リタルードはカーテンを引く気力もわかず、ぼんやりと椅子に座っていた。

 覚悟が決まったら、とヴィルフリードのメモには書かれていた。
 ヴィルフリードのような、自分で自分を律することのできる人間にとっては、なんら違和感のない言葉なのかもしれない。

 しかし、決める覚悟など、初めから自分にはないのだ。
 
 何かを決めたり、誰かとつながったり。あるいは、食事をしたり呼吸をしたりすることすら、リタルードは本当はとても恐ろしいのだ。

 今回だって、いつもだったら、ヴィルフリードに会おうとすることもなかっただろう。

 しかし、今回だけは、この自分の中の得体のしれない恐怖に向き合わなければならないのだと、リタルードは決めていた。

 それになによりも…。


(ヴィルさんに謝らないと、ね)



 自分のような人間と関わらせてしまって、ごめんなさい。

 息子か弟か何かのように気にかけてくれたのに、何もできなくて、ごめんなさい。

 傷つけてしまって、ごめんなさい。


  
 覚悟という言葉にはとても足りないが、それだけを決めて、リタルードはヴィルフリードの到着を待っていた。



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2010/01/30 01:56 | Comments(0) | TrackBack() | ○ヴィル&リタ
BLUE MOMENT -わなとび- ♯5/エルガ(夏琉)
PC:リウッツィ マシュー エルガ
NPC:ジラルド
場所:コールベル(ブージャム)
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 女性は話上手で、案内された店に着き、手当を受ける頃には、エルガはコールベルにきた目的や自分の所属などを一通り喋り、女性の職業やこの店の扱っている商売などについて、一通り聞き終わっていた。

 骨董屋と説明された店内は、なるほど古いものがとにかくたくさんあるようだが、なんだか雑然としていて埃っぽい。

「質屋って呼ぶ人もいますしね」

 とは、傷の手当をしてくれた青年の言葉だ。

「そうねぇ、骨董屋のイメージってなんかこう、もっとお高く止まってる感じじゃない?
 むしろ親しみを持って迎えられてるんじゃないかしら?」

 エルガの様子を見守っていた女性は、エルガの手当てが終わって一安心したのか、今度は店内の商品を眺めて回っている。
 職業は魔法書の背取りだと言っていたが、彼女にとって店内の骨董品はその好奇心の延長線に続くものなのかもしれない。

「案外、エルガさんの目的の本も商品の中に混ざってたりしてね」

「あ、それだったらちょっと楽でいいですね」

 エルガのコールベル来訪の目的は図書館の図書資料だ。
 ソフィニアの図書館になかったものを、エルガの指導教官が照会していたのだが、どうやらコールベルには、指導教官の閲覧したい資料の著者と似たような名前の著名人が何人かいるらしく、魔法の知識のない司書との手紙のやり取りでは埒が明かず、エルガが派遣されることになったのだ。

「一応、商品じゃからのー。図書館のが安くつくと思うがのぉ」

「一応って言わないでください」

 不思議なしゃべり方の男性に、青年がすかさず突っ込みをいれる。
 それがおもしろくて、エルガの口元が緩む。

 それにしても…先ほどの現象はなんだったのだろうか。

 魔法使いとしての習慣で、つい、エルガの思考はそっちに向かう。

 誰かの魔法…というには、いまいち不確かだ。

 最近、別の出張で不確かな魔法に巻き込まれたことがあったが(あれは、結局、指導教官の言う通り「偶発的に発生した魔法を、エルガと偶然出会った冒険者が現象の源を突き止めて解除した」と報告書を提出してしまったのだが)、案外自分はそういうものに感応しやすいタチなのかもしれない。

 と、なると、この猫又に懐かれているのもその延長なのだろうか。
 怪我の手当を受けている間に、結局例の焔猫はエルガの膝の上に居座ってしまったのだ。

 おそるおそるきれいに光る毛皮に触ってみると、それは「ニャ」と短く声を出した。

「あ、そうだ。エルガさんは仕事の途中だったのよね。ごめんなさい。
つい店内が面白くって。ほら、ガット」

 エルガが少し困っているのを察してか、女性が焔猫に声をかける。
 精霊の扱いにも動物の扱いにも慣れないエルガの膝の上は、それほど居心地がよくなかったのかもしれない。今後はその声掛けに応じて、さっと床に降り立った。

「そうじゃのう。あんまり遅くなると図書館も閉まってしまうからの」

「そうなんですか?」

「ソフィニアが例外なのよ。普通は、あの街ほど遅くまで図書館を使おうって人もいないもの」

「あぁ、なるほど…」

 ソフィニアの、しかも魔術学院の図書館―資料を閲覧する教員の足が絶えず、夜遅くまで学生が残って勉強している―に慣れていたエルガにとって、明るいうちに閉まってしまう図書館というものは想定外だった。
 となると、目的地までは少し急いだほうがいいのかもしれない。

「お姉さん方は、船着場の場所はわからんじゃろー」

 店主がのほほんと言う。

 ここまでの雰囲気から、店主と青年が旅行者を騙す人種ではないことは分かっていたが―正直、騙されてもそれはそれで面白いからエルガは別にいいのだが―、怪我の手当までしてもらって、その上道案内までしてもらうのは、どうなんだろうと思ってしまう。

「そうね。コールベルの道って意外と複雑なんだもの」

 女性が気負いなくそういうのを聞いて、エルガもなんとなく曖昧に頷いてしまった。


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2010/01/30 04:14 | Comments(0) | TrackBack() | ○BLUE MOMENT -わなとび-
モザットワージュ - 1/マリエル(夏琉)
PC:マリエル
NPC:ハーフエルフの青年
場所:魔術学院

*新キャラです。魔術学院学生の14歳女子。詳しいことはこちらのプロフをどうぞ。というか、プロフ読んでからじゃないと内容よくわかんなさそう。
http://terraromance.rulez.jp/pc-list/list.cgi?id=56&mode=show

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 魔術学院の教授の研究室や資料室の集中している棟に来ると、マリエルは毎回どうしても表情が強張ってしてしまう。

 ふだん使っているの講義棟では同世代の友達と固まっているし、周りも似たようなもので、移動時間は賑やかなものだ。
 しかしここは、すれ違う人間は、今年14になるマリエルより少なくとも10前後は年上の人間ばかりだし、高齢の教授であることのほうが多い。
 しかも、なんだか皆いつも怒っているようにしかめっつらをしているように見える。
 やっぱり、自分のような年ごろの人間がうろちょろしているのは不自然な場所だ。

(でも、魔術学院の知識は、学生に…いや全ての人間に開かれてしかるべきよね)

 思わず雰囲気に押されてしまいそうな自分に言い聞かせながら、マリエルは目的の研究室を目指す。
 誰かとすれ違うたびに、軽く会釈を返しながら埃っぽい廊下を進む。

 いくつか階段を上って、さらに廊下を進んだあと、1つのドアの前で足を止めた。

 やや緊張しながらドアをノックする。
 中に人がいた場合、その人物に資料貸出しの手続きをしてもらえばよいが、ノックをしても返事が返ってこなかった場合、この資料室の管理者である教授―その人はこの部屋のはす向かいに別に部屋を持っているのだが―に部屋を開けてもらう必要がある。
 それはマリエルには少し気の重いことであったし、さらにその教授がいなかった場合、また出直す必要があり、もっと億劫なのだ。

「はーい、あいてますよー」

 明るい男性の声が返ってきて、マリエルは少しほっとする…と同時に、おや、と思う。
 
「失礼します」

 できるだけ音を立てないように注意してドアを開け、部屋の中に入った。

「あれ! 君若いね~。何の用かな?」

 部屋の中は奥から規則正しく背の高い本棚が並んでいるが、閲覧者のための席も入口近くに確保されている。
 そこに一人の若い男性が腰かけていた。資料を読んでいたところのようで、テーブルの上に置いた本のページに指をはさんでいる。

(あれ…、この人)

 髪がかけられて露出した耳は、マリエルにはない特徴的な形をしていた。
 先のとがった形は、マリエルとは違う種族の生き物であることの現れだ。

(ハーフエルフ…かな)

 確信はなかったが、なんとなくそう思う。
 魔術学院はエルフの学生も、数は少ないが何人かいるので、マリエルも彼らを見かけたことがある。
 青年は、透明感のある肌や髪の色はエルフの特徴を有しているのだが、エルフの学生たちのように遠目からでもわかるような華やかさや淡麗さがあまり感じられなかったのだ。

「論文集をお借りしたくって」

 驚きを表情に出さないように気をつけながら、マリエルは言う。

「貸出希望ねー。あ、ごめん。そういうときっていつもどうしてる?」

「貸出簿に名前と所属を記入して、資料を探してもらってます」

「そうなんだ…。えーと、あの辺の棚かな。ちょっと待ってね」

 青年は明らかに不慣れな様子で、何冊か並んだ帳面を調べていたが、「あった」とマリエルの見慣れた貸出簿を取り出た。

「はい。筆記用具は…」

「あ、いつも、そこの用具入れのものを使わせていただいています。えっと…今日は、いつもいらっしゃる女性の方は、今日はおやすみなんですか?」

 思い切って、マリエルは質問をしてみる。

 普段だったら、いつもこの資料室で作業をしている女性が貸出手続きをしてくれるのだ。
 短くした髪や男性のような長身から印象に残る人で、最近は少し雑談もするようになり、彼女が学院で研究助手のような仕事をしていて、この部屋を使っていることも聞いていた。

 実は部屋にいたのが違う人物で、すこしがっかりしていたのだ。

「あー、えっちゃんね。うん、彼女今、コールベルの方に出張なんだよ」

「コールベル…」

「そう。ていうか彼女、結構出張多いからそんなにいつもいないんだけどね。君、ここって結構くるの?」

「あ、何回かですけど…。ベッケラート先生の講義の課題が出たときに先生の研究室の資料が参考になるので…」

 ベッケラートとは、この資料室の管理者でもある教授の名前だ。

「ふーん。あれかな。君の年齢でベッケラート先生ってことは『魔法才覚基礎』? あの講義ってそんな資料参照させるっけ」

「はい、そうです。せっかくの機会なので、ちゃんと調べておきたくって」

 マリエルが答えると、青年はにやっと笑って言った。

「真面目だねぇ、君。君みたいな歳から論文なんか読んでたら、将来ハゲるよ」

 彼流の冗談だとしても、あんまりな言いように、マリエルはとっさに返答ができない。
 ぐらっと気持ちが苛立つが、なんとか表情に出さないように努めて愛想笑いを浮かべる。

「はは。あ、貸出簿だよね。ごめんごめん。とりあえず書いてもらえる? 僕は資料を探しとくから」

「あ、はい」

 青年が本棚を探し始めたので、マリエルは自分で戸棚を開けて、筆記用具を用意することにする。
 本来ならば、勝手に部屋の備品をいじらないほうがいいのだろうが、青年は別に構わなさそうであったし、彼に自分から声をかけたい心境でもなかった。

 マリエルが貸出簿に記入しおわった頃、青年が数冊の資料を机の上に置いた。

「おまたせー。いくつかここにない資料があったから、あとで図書館の方も行ってみてね」

「ありがとうございます。お忙しいところをすみません」

「いいよー。忙しくないっていうか今、ここにさぼりに来てたとこだし」

「……」

「僕、普段、会計科にいるんだけどさー。先生たちの請求資料の領収書届けと資料室の在庫確認のついでにさぼってたわけ。
 えっちゃんがいたらお茶でも飲んでたんだけどねー」

 へらへらと説明する青年に、マリエルは、ほんのり重たい感情を感じる。
 普段、与えられた課題には全力を持って取り組むことをよしとするマリエルには、青年の行動がいま一つ理解できないのだ。

(……苦手なタイプかもしれない)

 魔術学院の友人たちはおおむね勉強熱心な人間たちだということもあって、青年の不真面目さを肯定する様子に、マリエルはそう結論づけた。

「ありゃ?」

 マリエルが筆記用具を片付けていると、青年が貸出簿を見て、妙な声を上げた。

「ねぇね、もしかして、君、コールベルのあたりの出身だったりする?」

 言いあてられて、マリエルは驚く…と同時に、彼と何かつながりがあるかもしれないという予感に少し不快になる。

「あ、はい。そうです」

 遠慮がちにマリエルがうなづくと、青年の表情がぱぁっと明るくなる。

「えー! そうだったんだ! コールベルのマリエル・フォールってことは、あれだよね。ベッケラート先生の魔法査定器具の標準化の調査のときの子だよね。
 うわぁ、びっくり」

「確かに、先生の調査を受けましたが…」

 急に大声を出して、やけに嬉しそうな様子の青年に、マリエルはついていけずに、あいまいな笑顔で返答する。

「あれって4年前だよね。僕、あのとき、先生んとこのゼミ生だったんだよ。えっちゃんもだけど。んで、あの調査のテスターでコールベル組だったんだよ」

「え、そうなんですか!」

 さすがに、マリエルも目を見張る。
 マリエルが魔術学院に進学するきっかけが、まさにその魔法査定器具の調査だ。
 魔力の強さや適性を測定する器具を開発のため、いくつかの地域の子どもたちを対象に行われたもので、マリエルの通っていたコールベルの学校も、その調査の対象だったのだ。

「うっわぁ、ちょっと感動。そっか。そりゃあいるよねぇ。
 たしかあの調査がきっかけで魔力があることがわかってうち来た子って、君とあと何人かってくらいだよねぇ。
 君の調査とったのは僕じゃないから、会ってはないんだけどね。いやでも懐かしいなぁ。
 あ、そっか、だからさっきコールベルの話でたときちょっと変な顔したのかぁ」

 興奮した青年はまくしたてるように話す。

「いやぁ、なんかまた機会あったら話そうよ。僕はたいてい会計科にいるからさ。学費払うときでも来てよ。
 会計科のハーフエルフの人って言ったらたいてい事務畑のみんなはわかるから」

「またよろしくお願いします」

 できるだけこれからもこの人には会いたくないな、と思いながら、マリエルは青年に軽く頭を下げた。



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新キャラつくりました。マリエル・フォール。通称マリ子。
精神不安定な14歳です。

2010/02/03 02:24 | Comments(0) | TrackBack() | ○モザットワージュ
14.君の瞳に踊るワルツ/マックス(フンヅワーラー)
PC:ジルヴァ マックス ラルク 
場所:シカラグァ連合王国・直轄領(ご飯屋前)
―――――――――――――――――――――――――――

 春の日差しに、思わず目を細めた。
 いや、実際はそんなものはない。単なる幻覚である。

 食事を済ませ、夜気の冷たい空気を覚悟しながら外に出た途端、甘い香りが鼻
を抜いた。
 香水とは一線を隔す、上品でみずみずしい花の香り。
 瞬時、頭に浮かんだ昼間の女性の踊るブロンドの髪が春の日差しを連想させた
のだろう。
 だから、この光景も最初は白昼夢だと、思った。
 マックスは、瞬きをしながら、頬に触れた柔らかなそれを1枚つまんだ。
 ごく淡い緋色が色づいている、白い花びらを見て、再びその光景に目をやる。
 夜空から雪のように宙を舞い落ちる無数の白。

「……ふわぁ」

 ラルクが感嘆の声を上げる。
 どうやら、自分だけではないようだとマックスは確認する。

 びゅう、と夜風が吹き、思わず目をつぶる。
 再び目を開けた時、花びらと甘い香りは全て消えていた。

「……なんだい、ありゃ」

 苦そうな声を搾り出すジルヴァ。

「夢じゃなさそうですね……」

 マックスの持っていた、残された1枚の花びらがそれが現実だったことを物語る。

「魔法……ってやつですか?」
「……ふん」

 ジルヴァが、より一層不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「背筋がゾワゾワする。毛虫が体中を這い回ったみたいだ」

 うへぇとでも言いたそうに、しきりに乾いた手の甲をさする。

「え? え? え? で、でも綺麗でしたよ……」
「そういう問題じゃぁないんだ」

 そう言いながら、ジルヴァは歩き出した。
 追従しようと歩き出すラルク。

「あの」

 止まる2人の足。
 のっぺりとしたマックスの顔を注視する2人の目。
 気まずい。が、言わねばなるまい。
 少し遠慮がちに、2人が歩き出した方向と反対方向を指差す。

「……私は、こっちなので……」

 空気が止まった。
 確かに、不思議な出来事だった。
 だが、だからと言って、わざわざ帰る方向と反対方向にまでいって、一緒に行
動するというのは、いかがなものか。
 しばらく固まっていた3人だが、一番に口を開いたのはジルヴァだった。

「そうだね。いったんここで解散するかい」
「え? え? え? でも、だって……い、今……。 ね、ねぇ? ジルヴァさん……」
「えぇ、では」

 一礼し、背を向ける。

「マックスさん!」

 冷えた空気に響く声が、自分で思ったよりも大きかったことにびっくりしたの
か、続いた声は小さかった。

「あ、あの……帰っちゃうんですか? 本当に……」
「はい」

 「どうして?」と仔犬のような目で訴えかけてくる。 

「……私が、あちこち転々として旅をしているというのは話しましたよね?」
「え……? あ、はい」
「今は、とあるところにお世話になっていましてね。
 まぁ、今はウェイターみたいなことをして……住まわせていただいているんです
よ。今」

 ラルクはマックスの言葉の続きを待ち続けてる。忠実な犬のように。
 察してはくれないか。諦めを持ち、マックスは切り出した。

「つまりは……仕事があるんです。今から」

 何を言われたか一瞬わからないという表情。

「いや……好意で働かせていただいているので……あまり遅刻のようなことはできな
いんですよ」
「……え?」

 ワンテンポ遅れて理解してきたらしい。
 そのラルクの袖口をジルヴァがひっぱる。

「ほら、行くよ!」
「え、あ、は、ハイ。 すみ……あ、いえ、ハイ!」

 足をもつれさせながらも、ジルヴァの引っ張られ歩き始める。
 それを確認し、マックスも歩き出した。

「マックスさぁん!」

 振り返ると、ジルヴァに襟をひっぱられているラルクの姿があった。
 能天気な笑顔で、手を振っている。

「また」

 にへら、という表現がぴったりの笑い顔。
 その表情にどう対応したらいいのかわからず、結局、マックスは一礼してその
場を去った。




「あら、マックス。今日は遅いのね」

 そう声をかけた女性は、白い肌を露にしてあでやかな衣装に着替えている最中
だった。
 マックスがいるというのに、一切そのようなことを気にしていないようだ。

「ちょっといろいろありまして」
「そう」

 女性は特にその後何も聞かず、着替えていく。
 女性の着替えている服は、紫色のチャイナドレスだが、胸元が大きく開いてい
るデザインだ。 また、長いスリットから白い太ももが惜しげもなくさらされて
いる。
 マックスも淡々と着替えのため、服を脱いでいく。
 女性は、鏡に向かって大振りのイヤリングをつけて、角度をチェックして、満
足げな表情でうなずきながら、鏡越しに声をかけてきた。

「マックス、今日は私、調子いい気がするわ。
 極上のお客さんを紹介してちょうだい。
 ね。」

 最後の一言と共に、マックスのさらされた胸元に細い指が這い、赤くべったり
塗りたくられた唇をマックスの頬に押し付けた。

「ファーシーさん、困ります。
 こんなの付いてたら、仕事になりませんから」

「マックスって、結構いい体つきしてるのね」

 女性は、くすくす笑いながら、ひらひらした服の裾を泳がせながら部屋を出て
行った。
 頬に付いた赤い後を、おしぼりでぬぐう。
 残ってはいないか鏡でチェック確認し、マックスは浅く深呼吸をし、白いシャ
ツをの袖に腕を通す。
 白粉のにおいが付きまとうこの職場で、気持ちがリセットできる瞬間だ。

 女性が男性客とお酒を飲み、おしゃべりの相手をする。
 男性客と女性が意気投合すれば、上の階にて2人きりの濃密な時間を過ごす。
 マックスはその男性客を席まで案内したり、飲食物を運ぶ”ウェイターみたい
なこと”をしていた。
 今までも、そのような所で働くこともあったし、それよりももっと露骨な所で
働くこともあった。
 このような場所で、キャラクターをという特性は重宝されるらしい。
 稼ぎもそこそこいいということで、マックスはこの手の仕事をよくしていた。
 スタッフ部屋から出るなり、声をかけられた。
 チーフマネージャーのバークレーだ。

「マックス。来てもらって早々なんだが、あそこのテーブルをフォローしてくれ
ないか?
 さっきから女の子が困ってるんだ」

 たまにこんなトラブルを押し付けられることもある。
 特に嫌がることもなく、淡々とこなすので、自然と自分に振られることが多い。
 はぁ、といつもの返事をして、バークレーの指し示すテーブルを見る。
 客は相当、酔いつぶれているようだ。
 様子から見ると、一人でずーっと愚痴り、嘆き続けているようで、席について
いる女性も辟易している。
 マックスは、蝶ネクタイのゆがみを軽く正し、その席に向かった。

「失礼します、お客様」

 赤毛の壮年の男性が、マックスに向き直った。
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2010/02/03 02:39 | Comments(0) | TrackBack() | ○君の瞳

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