忍者ブログ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


2024/04/25 23:06 |
異界巡礼-5 「一時の日々」/マレフィセント(Caku)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス
場所:クーロン宿
―――――――――――――――

幸いなことに、マレフィセントは部屋から見える庭のすぐ側にいた。
だがまずいことに、一人の少女と一緒にいたのだ。

「!」

慌ててフレアが駆け寄り、マレをかばうように抱きしめる。
相手はマレフィセントと同じくらいの年頃の少女、髪は腰ぐらいまであるごく
普通の亜麻色の髪の少女だ。フレアの登場にきょとんとした顔つきをしてい
る。

「あ、これはその!えぇと君は…!!」

マレの姿の言い訳をあれこれ探しているうちに、フレアは奇妙なことに気がつ
いた。相手はただ二人の様子をじっと見つめているだけだ、小首まで傾げてい
る。

「………」

「…君、どうかしたのか?」

表情はあるが、うんともすんともいわない少女をいぶかしんでいると、マレフ
ィセントが一言発した。最近はあまり見なくなったが、本来マレフィセントの
言葉でも青く光る声の不思議な言葉だ。
それを見ると、ぱっと花が咲いたように笑いながら、少女が光る言葉を手のひ
らで包み込んで捕まえる。すぐに光は青い雪となった手に散らばって、溶けて
しまった。空気中に放すと、きらきらと光を溢しながら舞っていく。
先ほどからこれを繰り返していたらしい。少女とマレはにこにこ互いを見つめ
ながら喜んでいる。

「…もしかして、君」

「やれやれ、若い子は忙しいな…ん、その子は?」

言葉とは裏腹に、ゆったりとしながらも機敏ある所作でリノがやってきた。フ
レアとマレ、そして少女に目を配ると、ふとそこで目が止まる。しばし、何か
を思い出すように考えながら黙り込む。
そして、ふと手を不思議な形で幾度か組み替える。少女はそれに反応して、似
たような動作をした。フレアには何をしているのかさっぱりだ。

「リノ、その動きはなんだ?」

「あぁ、手話だよフレア。この子は声が出せないんだ、昨日君たちを部屋に送
った後にこの子とご両親にすれ違った際、手で会話していたのを思い出して
ね」

「しゅわ…ってリノは何でもできるんだな」

初めて聞く会話法にただ感心するフレア。
剣士の手を珍しい品のようにみつめるが、そこにあるのは長年使いこまれた皮
膚と荒々しいまでの剛健さが垣間見える大きな甲だ。魔法品でもなければ骨董
品でもない、普通の男性の手だ。

「昔、妻が喉を患ってね…その時にひとつまみ程度に覚えただけだ。何も特別
な技術ではないぞ?」

問題なし、と見たのか、リノは自分の外套をマレフィセントにかぶせただけで
部屋に戻ってしまった。今日は出かけると言っていたから、これから準備をす
るのだろう。と、そこに少女の両親がやって来た。少女がぱっと笑いながら母
親に抱きつく。こちらに手を振っているらしい、マレフィセントがフレアの腕
の中でぴょんぴょんはねている。珍しく、表情が笑っている。

「お姉ちゃんですか?」

「は?」

母親らしい女性に語りかけられ、思わず絶句してしまう。

「私、か?」

「可愛い妹さんね、二人とも綺麗な瞳の色だわ。夕焼けと青空の色ね」

少女と同じ亜麻色の髪を揺らして、母親はにこにこ笑いかけた。
妙に気恥ずかしくなって、フレアは俯いた。何を言えばいいか迷ったからだ。

「うちの子もあなたの妹さんと同じで声が出ないの、私達は今日発ってしまう
けれど気をつけてね」

「あぁ…その、ありがとう」

そういって親子は、宿の扉のほうに連れ立って歩いていった。
しばらくフレアは立ち尽くしていたが、やがて見上げてくるマレフィセントの
顔を見て、小さく笑った。

「よかったなマレ、空のような瞳だってさ」

マレフィセントが小さく言葉を呟いて、瞳と同じ色の光がぽわりと浮かんだ。

----------------
三日後
----------------

「…見つからないのか?」

「まぁそう焦るな。むしろ私としては沢山出現されても困るからね」

クーロンについてから三日間が過ぎようとした。
マレフィセントが宿屋の部屋のベットで飛び込み大ジャンプを繰り返したり、
マレフィセントが宿屋の鶏と本気の縄張り対決をしようとしてあわててフレア
が止めたり、マレフィセントがリノが普段持ち歩いていた聖水を丸呑みして、
リノが本気で医者に見せようかフレアと悩んだり、マレフィセントが(以下
略)…な事を過ごしている内に三日間も経った。
だが近隣で悪魔の発生情報はなく、今も午後の昼下がりでマレフィセントがフ
レアに膝枕をしてもらいながら眠りこけている。

「教会で情報は得たが、どれも遠いうえに別件が絡んでいる。派閥の縄張り争
いに首を突っ込みたくはないな…」

「縄張り争いって…」

「教会指定の悪魔以外も視野に入れてみるが、ギルドに入ってくる情報は日が
経ってしまう場合も多い。しばらくは様子見だな」

粗末な紙に書かれた文章を指弾いて、リノは傍らにある銅のコップで黒紅茶を
飲む。さっきマレフィセントがこっそり口にして、思わずむせてフレアを心配
させるリアクションをみせたことから、相当に苦いらしい。

「聖堂関係を調べてもいいが、さすがにその子を中に入れるとまずいな」

「リノ」

「クーロンはあまり治安も良くない。たしかにそろそろ出発はしたいが…ん、
なんだね?」

フレアはしばらく迷って言葉を飲み込んだ。急かすことも切り出すこともな
く、リノはただ穏やかにこちらを見守っている。

「た、たいした事でもないんだ」

「そうだな、あまり大事でも困るな」

「いや、その」

また一呼吸あけて、ようやく言葉にする。

「手話ってどうやるんだ?」

「………」

「………」

しばし、どちらも無言。
意図を測りかねていたリノだったが、ふとマレフィセントを眺めているうちに
合点がいったらしい。

「…なるほど、な」

涎をたらしながら寝ているマレを眺めて、リノはにこやかに微笑む。しばらく
二人はいくつかの基本的な手話を試しながら、その日も事なく終った。


…後日談。
基本の挨拶や日常会話をマスターしたフレアはいざマレフィセント攻略へ向う
も、マレフィセントには手が文字を伝えている、という現象を全く理解せず、
フレアの手話を見て座ったり大の字になったり、何故かお手をし始める、など
まったく相互理解の出来ていない一日を過ごしたのであった。

PR

2007/02/12 23:16 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
異界巡礼-6 「棄景へ」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ごろつき
場所:クーロン 宿→造船所
―――――――――――――――

クーロンに着いてから一週間経ったが、
依然として情報はなかなか集まらない。

もっとも、リノの話ではそれ以外の情報はかなり入るらしい。
それでも内容はとりとめのない物ばかりだ。
フレアと分担すれば様々な観点から情報収集ができるのかもしれないが、
初日のことがあるのであまり頻繁に外出するのは危険だった。
かといってマレフィセントに留守番が勤まるかといえば疑問である。

そういうわけで、もっぱら外に出るのはリノだった。
二人は早朝にアーケードを散歩するくらいで、
それ以外はほとんど部屋を出ていない。これが一週間である。

マレフィセントはストレスのせいか枕を3つほど引き裂いてしまい、
そのたびに部屋の中を真っ白にしてフレアを困らせた。

「明日で決めよう」

リノが軟らかく、しかし反論を許さない強さでそう言ったのは、
皆が夕飯のテーブルについた時だった。

「明日、一日探して駄目なら発とう」
「わかった」

フレアはすぐに頷いた。

ここ一週間ずっと情報を求めて動き回っていたリノに、
子守だけしていた自分が異論を唱える道理もない。
そして、ストレスを感じているのはマレフィセントだけでないのだ。

宿代のこともある。リノは一切口にしないが、おそらく初日に言った通り
全額払う気でいるのだろう。
せめて義理を通して自分の分だけでも清算したいのだが、
これ以上宿泊期間が延びればそれすらも危うい。

フレアとて無一文ではない。イスカーナでの報酬がまだ残っている。
もっとも、それも今後どのくらい保つのかわからないが。

「じゃあ明日は私たちも行く。装備を整えないといけないし」
「そうだな」

・・・★・・・

夕飯の後、マレフィセントと手を繋いで廊下を歩く。
フレアはからかうように笑いながら、少女の顔を見た。

「明日は早いぞ。ちゃんと起きられるか?」

問い掛けられたことはわかったのだろう。きょとんとして、
マレフィセントが見上げてくる。
笑顔をかえして頭を撫でてやると、少女は満足そうに目を閉じた。

そんな様子をみながらポケットから出した鍵を差し込みかけて――
フレアはぎょっとして動きを止めた。

ドアと床の隙間に、折り畳んだ紙が挟まっている。

思わず左右を確認するが、無論誰もいない。
鍵を出そうとした手で、紙を抜き取る。
白い上質の紙。それが無造作に四つに折り畳んである。
意を決して広げた瞬間、フレアは短く悲鳴をあげた。

がたん、と背後で音がした。見ると悲鳴に驚いたマレフィセントが
よろけて壁にぶつかっている。あわてて紙を持ったまま抱き起こしてやり、
肩を抱き寄せながら隣のリノの部屋をノックする。

「リノ!」

騎士はすぐに出てきた。部屋に戻った直後だったのだろう、
こちらの狼狽した様子に困惑している。だが間髪入れず、フレアは彼の前に
マレフィセントを押し出した。

「急用が…できたんだ。すまないがこの子を預かっていてくれないか」

口早にそう言って、彼の答えを待たずに自分達の部屋を開ける。
開くと同時に飛び込んで、小さなクローゼットの中から剣をひっ掴む。

「何事だ?」

背後からリノが声をかけてきた。振り向くと、彼は戸口に両手をかけて
体で出口をふさぐような格好をしている。
納得のいく答えを聞かない限りは、通してくれなさそうだった。

彼の元に駆け寄り――何も説明する材料がないことに気が付く。
言いあぐねていると、リノは握った剣に目を落とした。

「こんな夜半に剣がいる急用とは、一体どんな急用かね?」

彼も落ち着いてきたのだろう。冷静な口調で、こちらの目を見て問い掛けてくる。
軽い逡巡ののち、フレアは思い切ってくしゃくしゃに潰れた紙をリノの眼前に広げた。



真っ赤な手形。


紙にはそれひとつが捺してあるだけだった。まるで血の様に赤いインクが、
痩せた指の形をくっきりと残し、正直に手相や指紋を写し取っている。

指の本数は、悪い冗談のような――6本。

一瞬だけ、柔和な瞳が驚きに染まる。
その隙をついて開いた空間に身体をねじ込み、フレアはリノの脇を擦り抜けて全力で走りだした。

「すぐに戻る!」

言い置いた声が、廊下に響いた。



 外に出ると、少し行った先の家の壁に同じ紙が張ってあった。
走っていき、乱暴にそれを引き剥がす。

(舐めた真似を!)

クーロンの夜は長い。まだ宵の口だと言うのに、街並は騒がしかった。
心臓が鳴る音が耳の奥で聞こえる。
引き剥がした紙の裏側を見ると、流れるような字でただ一言、『チェル造船所へ』とだけあった。
握り潰して、走りだす。

クーロンは内陸の都だが、ムーラン、新旧エディウス帝国を沿うように流れる河川での

交易によって発達した歴史がある。そのためクーロン各地には造船所がいくつか存在するが、
魔術列車の開通と共に交易手段もまた変わり、稼動しているところはもうほとんどない。

示されたその造船所も、今はもはや使われていないはずだった。

雑踏を走り抜ける。このあたりはいつもマレフィセントと歩いていた範囲だ。
造船所の場所も知っている。行った事はないが。

当然だが、雑踏の中は走りにくい。不規則な速度で前を歩くカップルやいきなり横切る

酔っ払いの一団に翻弄されつつも、ただ走る。が、とうとう角を曲がったところで
誰かとぶつかってしまった。

「ごめんなさ――」

弾かれた身体をどうにか保って、相手の顔を確認する前に謝罪を述べようとする。
が、ふと違和感を感じて言葉を止めた。
見上げれば、そこにいたのは初日にフレアとマレフィセントを襲ったあの男達だった。

思わず喉がひきつる。ただひたすら彼らが自分の顔を忘れていることを願いながら、
驚きの表情で見上げることしかできない。

「! お前…」

駄目だった。

みるみる顔色を変えてゆく男の脇を駆け抜ける。背後からは怒号が聞こえた。
追いかけられている事を自覚しつつ、ただ走る。構ってなどいられない、もっと
恐ろしい脅威が行き先にはいるのだ。

笑顔をくれたリタも、出会う喜びを教えてくれたヴィルフリードも、そして
いつも傍にいてくれたディアンも今はもういない。
新しい仲間だって見つかった。守りたいものもできた。
もう絶対、誰も傷つけさせない。


造船所まで、あと少し。


――――――――――――――――

2007/04/06 23:35 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
異界巡礼-7 「棄景闘技場」/マレフィセント(Caku)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ごろつき
場所:造船所
―――――――――――――――

「…いかん、とりあえず追いかけよう。着なさい、マレ」

マレフィセントに自分のマントをかぶせて、機敏な動作で宿を出る。
とにかく、フレアによからぬ事が起きているようだ。六本の指…真実なら生ま
れつきの奇形か、あるいは人体形成の魔術か技術か、後者であれば禁忌の領域
である。とても少女一人でどうにかなる者にも思えない。

マレフィセントの手を引き、数歩駆け出したところでふととまる。
後ろに向き直り、ついてこれなかったマレフィセントを抱きかかえて走り出
す。事態がうまくのみこめていなかったマレフィセントは、思わず爽快さにこ
ろころと笑った。
少女の笑い声と、男の疾走が夜の町並みへ向かっていく。

********************

造船所は広く、暗い。
フレアは必死に走り続ける。だが、しつこく後ろから男達が追いかけてくる。
仕方なく、方向を変えて、造船所わきの港のほうへ向かい、道脇の茂みに隠れ
た。男達の声が響き、しばらく足音が絶えずともじっと待つフレア。やがて、
ざわめきが遠ざかったことに安堵して、仇敵がそこにいるかのように造船所を
睨み、走り出す。

整列した区画とコンテナの間を縫いながら、と、前の角からブーツの音が響
く。とっさに剣を抜き、臨戦態勢へと入る。向こうの足音も角のところまで来
て…ぴたりと止まった。
小さな衣擦れの音。フレアの直感が剣を抜いた音だと気がつく。そのまま、数
秒場が凍り付いて…

「はっ!」

「むっ!」

甲高い金音を立てて、二つの剣がぶつかりあう。最近聞きなれた声に双方が驚
いて、目を合わせる。

「フレア、か。驚かせないでくれ、もう人生が半分しかないというのに、これ
以上縮んでは困る」

「す、すまないリノ…どうしてここだって…」

剣をしまうリノ。動作が半端でないほどに手馴れている、よほど剣を身近にし
て生きた者しかできない風格だ。

「造船所脇に寝ていた酔っ払いが、可愛い女の子が男に追いかけられていたと
言っていた」

「…そうか…ってマレは!?」

そういえば、いつも一緒だった悪魔の姿が見えないことに気がつくフレア。

「空から君を探してもらっている。とにかく一度説明…」

と、ふいにリノが言葉を切った。
フレアも同時に空を見あげた。今、何かがぶつかったような音がしたのだ。

「…あれは」

夜の造船所の真上に浮かぶ、青い光。それはマレフィセントの声の光だという
ことを知っていた二人は、互いに目を合わせて、同時に走り出した。

********************

マレフィセントにできることといえば、とにかく空を飛び続けることだった。
チェル造船所は空から見ても予想以上に広大だった。かつてはクーロンすべて
の交易を担う船を扱う場所だ。飛んで見ていても、その敷地の広さに困り果て
る。翼をはためかせて、とにかく母親の姿を探す。この闇夜だ、黒い髪は見え
ずらいだろう。白い肌に、そう、あの赤い瞳を-…

「!」

空中で、唐突に翼が消えた。
見えない壁に当たって、その影響で翼の魔力が掻き消えてしまったのだと知っ
た直後、翼をなくした少女が地面へ落ちていく。真下は冷たい石畳だ、直撃す
ればかなりの傷を負うだろう。
ぶつかる、と小さな体を強張らせて瞳を閉じる。と、予想よりもはるかに柔ら
かい衝撃が彼女を受け止める。

「……?」

おそるおそる、そっと目を開けてみる。すぐ近くで赤い瞳と出会い、我知らず
ほっとする。“彼”が落ちてきた自分を受け止めてくれたから、冷たい石畳に
ぶつからずに済んだのだと知る。

「ごめんね、君を撃落す気はなかったんだ。怪我はないかい?」

心配しているのか、相手は覗き込むような瞳をこちらに向けた。
どこか、今の母親の前の母親に似ているような気がした。笑い方と、その、底
知れぬ瞳の中が。口を大きく三日月に裂いた哂いかたをする赤い瞳の人。

「君を知ってるよ、マレフィセント…いや、δμκιλθξ。
どうやら、君のおかげで彼女は一段と魅力的になったみたいだね。とても感激
しているよ」

自分の名前の言葉だけが、茫とほの青く光った。
大きな瞳をより丸くして、マレフィセントは相手の赤い瞳を見た。言葉が通じ
る、ということと、その言葉を喋れるということに。
彼は面白そうにこちらを見て、マレフィセントを降ろす。優しげに体についた
埃を払う仕草をすると、その指の形がありありと見える。驚きのあまりに無言
で見つめる少女に、彼は器用に六本目の指を曲げて見せた。

「追いかける気はなかったんだけれどね、散歩していたら追いついてしまった
みたいだね?」
---------------------------------------------------------------

2007/04/06 23:37 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
異界巡礼-8 「君が望むなら」/フレア(熊猫)
キャスト:マレフィセント・フレア
NPC:リノツェロス・ゼクス
場所:チェル造船所
――――――――――――――― 

肺が痛くなるほど呼吸をし続けて、ようやくフレアは足を止めた。
濡れた前髪を払い、膝に両手をついて上半身を支えながら目の前の闇に
目を凝らす。

「このあたり…だったはず」
「そうだな」

短い会話をリノと交わす。

造船所は途方もなく広かった――

一体どのくらいの年月放っておかれたのか想像もつかないが、生い茂る緑が
石張りの壁を蹂躙している。
何かの巨大な生き物の骨格を模したような天井の梁と柱にも蔦が忍び寄り、
ひび割れた壁からは様々な色の錆びた水が染み出していた。

そのがらんとした空間の中に、フレアの身体は小さすぎた。
闇は広いあまりに身体の支えをすべて取り払い、均衡を崩そうとする。
風が吹きすさぶ音しか聞こえない荒涼とした景色の中で、
フレアははたと目を留めた。

直線に満たされた空間。余った資材さえ見当たらない何もない広いホール。
野薔薇に遮られ星明りすら届かないその深淵に、その男は立っていた。

「ゼクス!」

ゼクス。ゼクス…。

反響するその男の名前にぞっとしながら、闇の中で茫洋とした姿しか見せない
六本指の男――ゼクスの姿を目に焼き付ける。
その幽霊じみた雰囲気とは裏腹に彼は確かな所作で振向くと、まるでフレアが
胸に飛び込んでくるのを待ち構えるように、両手を広げてみせた。

「やあ。フレア」

羽織った上着の袖を押し上げる細く痩せた腕、
違和感の塊としか言いようのない、6本の指。
底の知れない笑顔。

その姿は、美しい光で獲物を誘う深海魚を彷彿とさせた。

闇と重圧しかない深海で、ようやく見つけた光。
喜び勇んでそこに行き着けば、異形の者があぎとを開いて待ち構えている――

「会えて嬉しいよ。まぁ…我ながら悪趣味だとは思ったけどね。
君にまた逢えるなんて思っても見なかったから――つい」

と、笑い声すら洩らしながらゼクスは腕をおろす。

「リタは?ヴィルフリードはどうした?」

とっさに出た仲間の名前。自分を送り出すために危険な役を
買って出てくれた、大切な仲間の。

マレフィセントは、と訊く事はどうにか堪えた。あの子の
存在を知られるわけにはいかない。

思わず足の重心をずらして、いつでも駆け出せるようにする。

「もしも二人に何かあったら、許さない」
「相変わらず険呑だね」
「答えろ!」

荒く息をつきながら、鋭く叫ぶ。ゼクスは軽く肩をすくませて微笑した。

「二人には何もしてないよ」
「…本当に?」
「僕が何を言っても、誰もがそう言う」

ゼクスはあくまでも余裕だった。指を自分のあごに触れさせて、
瞳の色をわずかに変える。興味の――色に。

「君のほうこそ、パートナーが変わったね?喧嘩でもした?
 またあの男に泣かされたかい?」
「…見ていた、のか?」

フレアの呟きにはとりあわず、ゼクスは急に眉に皺を寄せて憐れむような
表情を作り、 靴音を響かせながらこちらへゆっくり歩いてきた。

「可哀想にね。君、ひとりぼっちじゃないか」
「私はひとりじゃない」

その台詞は、なぜかすらりと言えた。少し前の自分ならまずありえなかった事だ。
その事に内心驚嘆しながらも、ゼクスを睨むのをやめない。

出し抜けにゼクスが言った。

「ちゃんと食べてる?いけないなぁ、成長期だっていうのに」

どこを見ていようとも不快感しか残さないその視線を首筋に感じて、
抗うように睨みつける。

「あの子も心配していたよ」
「なに…!?」

びくりと身体が震える。マレフィセントもこの男と会ってしまった!
だが、すぐに絶望を打ち消して足に力を入れ直す。

「あの子はどこだ?」

もう少しで怒鳴り散らしそうになりながら、できるだけ声を抑えて問いかける。

「いいかい?勘違いしているかもしれないけれど、僕は
君の邪魔をしたいわけじゃないんだ」
「なら、なぜこんな回りくどいことをする?私に会いたいのなら
宿に行って堂々と呼べばいい」

とうとう口調にも怒気が含まれはじめた。
横にいるリノの存在が、辛うじてフレアの自制を助長していた。
ゼクスはもったいぶるように腕を組み、こちらではなく
リノのほうを見ながら答えた。

「そして僕を見た君は、仲間を背にして堂々と剣を抜く?」
「それはっ…」

否定しようとするが、できない。思わずリノを見る。
と同時に、言いようのない罪悪感で思わず膝を着きそうになる。
――巻き込んでしまった。

何を言っていいかわからずただ悲痛な顔しかできないフレアの視線を、
しかしリノは穏やかな表情で迎える。

「フレア、君が剣を抜く必要はない」

すっと騎士は目を細めた。それだけで、一瞬前まで灯っていた
穏やかで暖かい表情が消える。

フレアの頭上で、ゼクスとリノの視線が向かい合う。

ゼクスは無言で組んだ腕を解き、羽織った上着の陰に両腕を仕舞うと、
横手の暗がりに目をやって囁く。

「δμκιλθξ」

声が夜気に触れると同時、淡い光を伴った文字が浮かび上がる――
フレアがどうしても発音できなかったその名を、目の前の男は
いとも簡単に呼んでみせた。
唖然としている間に、正しく名を呼ばれた少女が警戒心ひとつ見せず
皆の前に姿を現す。

「マレフィセント!」

半ば強引にその手を引き寄せて、ゼクスから遠ざける。マレフィセントは
フレアの顔とゼクスの顔を交互に見ていたが、最後にフレアを見て
どうしても理解できないとでも言いたげに首をかしげた。

確かに、今まで出会った中で正しく少女の名を呼んだのはゼクスだけだ。
見知らぬ異界で彷徨う彼女にとって、その響きは僅かな希望を感じさせる
には十分なものだろう。だが、駄目だ。この男だけは駄目だ。

かばうようにして少女を自分の背後に押しやる。だが、それだけだ。

「いろいろ話してくれたよ。君のこと」
「…この子の言う事が…判るのか?」
「もちろん」

ゼクスの言う"もちろん"がどういう意味を含んでいるのか
フレアにはわからなかったが、あえて横槍は入れなかった。

「さて…」

浅い沈黙から皆の意識を引き上げたのは、リノの声だった。
ゼクスがいる方へ一歩歩み寄り、淡々と告げる。

「君はフレアと会えた、我々が探していたマレフィセントも見つかった。
君と我々がここにいるべき理由はもうなくなったのではないかね?」
「そうだね。全くその通りだ…けど、あと一つだけ」

さっとゼクスの視線がこちらを向く。フレアは反射的にその瞳を
見返してから、ほんの僅かに視線をずらした。暗い――赤色。
この色を見過ぎるとよくない、そんな気がした。

「この子はどうやら家に帰りたいというより、
 父親に会いたがっているようだ」
「え…」

マレフィセントの顔を見る。少女は相変わらず薄い表情を端整な顔に
浮かべて、こちらを見つめ返してきていた。

出会って、初めて得た手がかり。
でもその情報源となっている人物は、心の底から信頼できる相手ではない。
フレアがそんな思いに心を捕らえられて黙っていると、リノがふと呟いた。

「母親は?」
「『κλαθ、φφαυσωλ』」

甘く、それでいて苦味のあるかすれた声に反応して、ゼクスの口から
蛍のように淡い光の羅列が廃墟に舞う。
はっと、珍しくマレフィセントが表情を変えた。
幼く丸い瞳を切なげに歪ませて、フレアの手を握る。

「彼女の最後の言葉だ。彼女はもう失われてしまった…。
この造船所のようにね」

そう言うとゼクスは笑みを消して、目を細めた。
どこか遠くを見るような眼差しをしながらも、意識だけは
この場に確実に留めているようだった。そのせいで、依然として
フレアは警戒を解けない。

「フレア、君が望むなら僕はいくらでもヒントを出そう」

再度笑みを浮かべて、ゼクスは上着を羽織りなおした。
まるで周囲の闇を纏ったかのようにそれは音もなく、
ただ不気味に声だけが鮮明に響いている。

「――でも、今日はもう行くよ。君が剣の柄を握るのをやめないと、
その子も怯えたままだろうしね」
「待て!」

とっさに引き止めようと剣の柄から手を離して腕を伸ばす――
が、軽い眩暈を感じ、腕は胸の高さにきたところでふらりと
下がってしまう。思わず頭を抱えて目をしばたかせる。

次に顔をあげた時には、すでにゼクスは霞のように消えていた。

――――――――――――――――

2007/06/09 12:00 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼
異界巡礼-9 「夜、明けて動き出す」/マレフィセント(Caku)
PC マレフィセント、フレア
NPC リノ、宿屋の女将、盗賊ギルドからの男、他宿屋の旅人
PLACE 宿屋の食堂
------------------------------------------------------------------------




そして、一夜が明けた次の日。




******

宿屋の食堂。
窓の向こう側からけたたましい鶏とロバの叫びが、家の中にまで響いている。だが誰もそんな些細なことに頓着などしていない。

「……………」

宿屋の朝は夕食時と同じぐらい煩かった。
眠りから目覚めた旅人達、起きるだけで一騒動を起こす傭兵達。朝の宿屋は夜にもおとらずに騒々しい。そこかしこで朝食の取り合いが起こり、屈強な男達が宿屋の女将に朝飯の量でいちゃもんをつけている。

そんな騒がしくも賑やかな朝の風景の中で、一人腕組をしてじっと静寂を保っている男が一人。穏やかな微笑みが似合う彼の表情は、深い憂いに彩られていた。朝食が揃うテーブルに腰掛けて、食べるでもなく石像のようにじっとしている。彼の視線は階段の二階、旅人達の寝室のほうへ向けられている。憂いは、部屋の中で閉じこもる一人の少女へ。

『δδαー』

その横で、大きな皿を垂直に立てている少女がいた。三つめのスープ皿をたいらげて、皿をテーブルに戻す。皿の横幅は少女の顔とほぼ同じで、口の周りには今飲み干したばかりのかぼちゃスープのヒゲができている。真っ赤な頭巾を羽織っているため周囲には悪魔だと気がつかれていないものの、隣のテーブルの旅人達は先ほどから不安そうにリノを見つめている。何も手をつけていないリノの朝食の行方を心配しているらしく、マレが新しい皿に手を伸ばすたびにハラハラと彼の顔へ危険のメッセージを送っている。

「……………」

『σー』

ちなみにテーブルに用意されていたメンバー分のスープを全部平らげてしまっていたのである。そのまま次は、とマレフィセントはテーブルの上を凝視しはじめる。獲物を見つめる瞳は瞳孔が針のように細まり、人ならざる存在であることを象徴している。その魔の瞳に映る白い湯気。にわかにマレフィセントの表情が凄みを帯びる。そうして、ほっこりと暖かい胡桃のパン(三個)に手を伸ばした次の瞬間―…

「ほらほら!お嬢ちゃんばっかり食べるんじゃないよ!」

『ασ!』

パンとマレフィセントの直線の間に、突如異物が降ってきた。びっくりしたマレフィセントは慌てて手をひっこめる。マレの指がパンの入ってるかごに届く寸前に、テーブルに垂直落下してきたのは青々とした葉をつけたままの橙色の果実がはいった籠だった。

「まったく!あんたのところの子供はそこいらの傭兵どもよりも大喰いだねぇ!!」

「…あぁまったくだ」

辛抱強く開かない扉を眺め続けていたリノは、諦めたように視線を戻して女将の発言に肩をすくめた。籠の中から艶やかな果実を一つもぎ取り、顔に近づける。爽やかな酸味と甘みが香りからもよく伝わった。マレは早くもふんふんと鼻をひくつかせてこちらを伺っている。

「あんた、もう一人連れがいただろ?黒髪の可愛い子が」

「それを待っていたんだが…どうもこっちの子は待ちきれないようだ」

女将と会話しながらも、リノは果実の皮をむき始める。その僅かな間さえ我慢ならなかったのか、むけた皮をマレがあーんと口を開いてせがんできた。

「こらこら、そのままだと美味しくないよ」

それを見ていた女将が、おおすぎるほどに付属しているエプロンポケットからごそごそと一つの菓子袋を取り出す。リノがむいている果実と同じもののようだが、飴色に褐色ししぼんでいる。蜂蜜にでも漬けてあるのか、きらきらと果実の周りに沈殿している液体が輝きを放つ。

「売り物ではないのか?」

宿屋のカウンターで、愛想のよい看板娘が旅人達にすすめている菓子の一つ。伝統的な方法で丁寧に作られたそれは、この周辺の食べ物屋でも多く見かけることができ、旅人にも人気が高い。

「もちろん売り物さ、銅貨3枚」

女将の根性に苦笑いしながらも、リノは懐から銅貨を取り出す。女将はにこやかに銅貨を受け取ると、袋をマレフィセントの口に落とす仕草をした。もちろん女将はマレフィセントが手で受け取るものだと思っていたし、大きな口を開けっ放しにしているマレをみて、つい何気ない仕草をしてみただけだったが、

ばくっ

「…ってお嬢ちゃん!?」

「…マレ…」

見事、釣り餌を飲み込む魚のように一口で袋ごと菓子を平らげてしまう。
リノの席の周辺は、女将、リノ、不幸にも現場を目撃した幾人の旅人達によって硬く凍り付いてしまった。

******

フレアを激情させ、マレを助けた男。
リノは現段階では静観の立場を取る事にした。どんなに悪者であったとしても、リノはまだその所業を知らないし、それに彼は一応マレを助けてくれたのだ。もし仮に旅の障害として立ちふさがるのならば、剣を取るまでのこと。ただ、フレアがいつ自分の殻から出てきてくれるのかが―

「おい」

と、思考にふけっていると、後ろから呼びかけられた。リノは後ろを振り向く。

「…?」

見たことのない男だった。年の頃は三十前後、ありていな旅人の服装に特徴はない。肌はややくすんでいて、フードを被せた顔の中から覗いてくる瞳の色は赤に近い茶色だった。
どの街にも一人ぐらいはいそうな、平凡な顔立ちの男。リノがざっと記憶を洗っていると、男はすばやく口を開いた。

「初対面だ」

「そうか、見覚えないわけだ。で、何のようかな?」

男はさきほどより、やや声音を潜めて答える。

「…ギルドに悪魔の情報を買う、といったのはお前か?」

「あぁ」

リノは数日前に、この街の盗賊ギルドに潜入し悪魔の情報を探した。表に出ない情報や物品が当然のように流通している裏のギルドならば…と入ってみたものの、さすがに盗賊ギルドにもそんな話題はそうそうないのか、せっかく社会の暗部へ足を踏み入れたにも関わらず空振りに終わっていた。

「信頼できる筋かね?確証や情報の保障は?」

「百聞よりも一見してみるがいい」

リノが情報を確かめようと矢継ぎ早に質問をすると、男はあっさりと言葉を返し、懐から布にくるまれた棒状のものを出した。

「…待て、貴様…これはどこから手に入れた?」

一級品の絹で出来たと思われる鮮やかな青布を見た瞬間、リノは一気に表情を変えた。男が取り出した棒状のものはまだわからないが、それを包む聖なる布はリノにとって見慣れている品物だった。

「ある盗賊が『これじゃ売り物にもなりやしない』と持ってきた。いくら外側の聖布が上質の魔道具でも、中身は呪いの品かもしれんものを引き取る酔狂な客はいなかったようだ」

男が淡々と説明する。手に持つそれはちょうど小刀ほどの大きさで、布地は端からぼろぼろとほつれていた。かなりの年代物だが、聖なる加護を与えられたその色は時さえ寄せ付けないとあって、色鮮やかな色彩を今も保っている。

「中身は」

「もう封印は掛かっていない。こちらの魔術師に開錠させた」

リノが躊躇している間にも、男は構いなく布を取り払った。

「?」

果たして何が出るかと身を硬くしたリノだったが、一目それを見ると拍子抜けしてしまった。思わずぽかんと開いた口が塞がらない。

「…木、いや木炭か?」

「聖戦の時の異物だそうだ、なんでもこの世のものでは―」

男の話が途中も途中だったその時、二人の間に怖ろしいほどのスピードで割り込んだ影。

「!」

「マレ!?」

男が驚愕に身を引き、リノの膝上に乗りかかってそれを奪い取った。赤いフードが取れそうになるのをリノが慌てて被せなおしている間にも、マレフィセントはそれをまじまじと見つめている。
ふと、木炭のように黒ずんでいたものに青い光の筋が入った―…ような気がした。リノが思わず目を細めるがそこにはただの黒い板切れがあるだけだった。

「…おい…」

男のやや狼狽した声に、リノは男のほうを見る。男もリノと同じ光を見たのか、目をしばたたかせこちらに説明を求めている。マレといえばそんな二人など意中にないかのように、板切れを両手で大切そうに包み込んだ。そのまま胸まで持っていき、瞼を閉じる。その様子を黙ってみていたリノだったが、男に向き直り、

「…これを見つけたのはどこだかきいているか?」

「大陸の南、辺境ハルバートよりもさらに南の海にせり出した岬の聖堂跡地だそうだ」

「…辺境ハルバート…」

リノは絶句する。名前しか知らぬ辺境のさらに奥地だと聞き、さすがのリノでも軽く眩暈を起こしかけた。
思わず顔を手で覆って嘆息する。

「…到着するまで何年かかるのやら」

「それよりいくらで買うんだ、品は見せたぞ。ギルドにかけて質は保証する」

一体それは何のかさえ解からないが、マレの反応を見るに思わぬところでマレの家族に繋がる品物かもしれない。リノは懐から銀貨を七枚取り出した。が、男は不満そうに鼻をならした。

「金貨はないのか」

「…うむ、仕方ないな」

二人がやりとりしている間も、マレは動かず、ただその欠片を握り締めていた。瞼の裏に伝わる映像に心を馳せる。

******

夜明けと悲鳴、剣戟の音が歌のように響いてる。炎と十字架が、手を取り合って踊っているように舞い散らばる。火の粉が、雪のようにはらはらと夜空に煌く。悪魔の群れ、騎士の群れ。
光景は乱雑に、まるで絵本の挿絵の順番をばらばらにしてしまったかのように脈絡がない。遠くに海が見え、水平線から昇る朝日。雄たけび、勝利の歓喜。

不意に映像から激痛が迸る。思わず息を呑み、自らの頭部にある角を触った。実際は角はちゃんとあり、血も出ていない。しかし、痛い。無理やりへし折られたかのような衝撃に頭蓋がぐらぐらする。

意識が剥がれる。痛みに負けて映像が消えていく。
ただ遠のく風景の中で蹄の音だけが響いている。もう少しで、あともう少しでその姿が見える。が、次の瞬間に肩を支える男の手がマレを現実に呼び戻す。

******

「マレ?」

リノが心配そうに少女の肩を支えていた。先程の男はもういなかった、交渉がすんで帰ったのだろうか。マレはいつの間にかリノの膝上で涙を浮かべて縮こまっていた。手の中には消し炭のような板切れ、それが父親の角であるとわかった途端、マレはぼろぼろと大粒の涙を零し始め、泣き出した。マレがこんなにも感情を強く発露することなど、まだ旅を共にして日数の浅いリノにとって初めてだった。

「どうした、どこか痛むのか?」

子供の扱いには慣れているが、さすがに唐突すぎてリノも慌てふためく。朝の宿屋の食堂にはマレの泣き声に好奇と疑念の視線が集まる。リノは慌てて立ち上がり、さて一度部屋へと戻るかと思い立ったところで、二階へ続く階段から降りてきた黒髪の少女を見てほっと一安心した。

「やぁおはようフレア、さっそくで悪いがなんとかできないか?」

2008/09/22 00:16 | Comments(0) | TrackBack() | ○異界巡礼

<<前のページ | HOME | 次のページ>>
忍者ブログ[PR]