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2024/04/17 02:23 |
易 し い ギ ル ド 入 門 【16】シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【16】』 
   
               ~ 衝突注意 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル
NPC:イルラン
****************************************************************

 シエルは激しい頭痛に叩き起こされた。ズキズキと脈打つ音すら頭に響き、やたら
喉が渇いて仕方がない。体を起こそうにも頭が重く、グラグラしてしまう。

(えーと……ああ、酒を飲みながらエンジュの帰りを待とうとしたんだっけ)

 霞がかかったような記憶を手繰るように引き出しつつ、ベッド脇の水差しに手を延
ばした。思うように体が動かない。まだ酔いが残っているとでも言うのだろうか。這
うようにベッド脇に近づき、少しだけ体を起こして、慎重に水差しとグラスを引き寄
せる。何とか大丈夫そうだ。水を注ぎ、喉を鳴らしながら飲んで、また水を注ぎ、三
杯ほど飲み干したところでようやく人心地付いたように再びベットへ身を投げ出し
た。

「ふぅ……」

 天井を見上げ、ぅわんぅわんと止まない耳鳴りに眉根を寄せる。それもこれもみん
なあの馬鹿エルフが悪いのだ。きっとそうだ。八つ当たりでも何でもいい。話が通じ
ない相手は考えも推測できないから何をどう対処していいかが分からない。想像力を
越えた相手を前にして、他の人だったらどう対応するのだろう。例えばエンジュは?

「あら、起きたの?」

 身支度を整えて顔でも洗ってきたのだろうか、丁度部屋に入ってきたエンジュに片
手を挙げて答える。まだ頭を上げるのが億劫だ。

「昨日、迷惑かけたわね……ぃたたたた」

 顔だけ彼女に向けて声を掛けるが、こめかみがずきりと痛んで手を当てる。

「例の馬鹿エルフとやらに会ったら張り倒してやるから安心して寝てなさい」

 エンジュが笑って頭を撫でた。
 エンジュはシエルによく触れる。普段触られることに抵抗があるシエルが髪まで触
らせるのはエンジュくらいなモノなのだが、慣れなのか安心なのか、どちらにしても
居心地が良かった。
 大人しく撫でられるがままでいたら、ふと自分が飼い慣らされた野生動物のような
気がしてきて可笑しくなった。不意に笑うシエルを覗き込んで、エンジュも笑った。

「少し元気が出た?
 じゃあ私は魔術学院へ行ってベルベッドに会ってくるから」

 ぽんぽんと二度ほど頭の上に手を置くと、エンジュはシエルから離れた。書き置き
でもして行くつもりだったのだろう、側に紙とペンも用意してあった。

「……昨日、何か変なこと言わなかったかしら」

 シエルが痛む頭を抱えながら体を起こすと、エンジュは扉に手を掛け、肩を竦め
た。

「あまり話さないまま寝ちゃったからね。
 あ、食事がてらアンジェラとも会うんだけど、気分が良くなったらいらっしゃい
よ。
 ココに場所をメモしておくから」

 ああ、彼女は知っているのだ。と、シエルは思う。
 理由を問いただされるかと思っていたのに。エンジュが気にしないはずはないか
ら、聞いてこないということは、事情を多かれ少なかれ把握しているということなの
だろう。
 ユークリッドがいなくてもしっかり情報を押さえている彼女は、やはりBランクの
冒険者なのだ。

「悪いわね、いろいろと」

「シエルの為なら」

 その言葉とウインク一つ残して、エンジュは出かけていった。




 そのまま少し寝て、起きて。シエルはぼーっと天井を見上げていた。
 ここは「クラウンクロウ」という宿だ。シダに宿の名前を聞いた時の予想を裏切る
普通の宿。仕事で使いやすいだろうと思ったからか、それとも、予約なしで泊まれる
とのことだったからか。理由は忘れたが、実際に来るまでは冒険者の宿だと思ってい
たのだ。
 値段も手頃で、立地条件も悪くない。普段ならもっと客がいるだろうに、ソフィニ
ア入りする直前に起こった連続殺人事件のせいで客が逃げたらしい。まあ、そのお陰
で宿が取れた、というのもあるのだが……あまり気分のいい事件ではないのは確かだ
った。

「お陰で静かなのは助かるけどね……」

 頭痛が少し収まってきたせいか、随分気分は良くなった。横になるのも飽きたし、
何か食べておかなくてはなるまい。部屋まで食事を運んでもらうか、下で食事をとる
必要があるだろう。当初はエンジュと一緒に下で食べることにしていたから、運んで
もらうにしても一度降りて、頼まなくてはならないのだ。
 体を起こすと、まだ辛かった。頭に手を当てつつ、薄い黒布を頭から被っただけで
部屋を出る。
 伏し目がちに歩いていたら、階段の手前で人に衝突しそうになって思わず体が硬直
した。

「……大丈夫?」

 事前に足元が見えたから、実際にはぶつかっていない。でも、ビクッと震えたのを
驚かせてしまったのだと思ったのか、男は声を掛けてきた。シエルは顔を上げて、相
手の顔を見て、心底安堵の溜め息をもらす。
 イルランじゃなくてよかった。イルランと同じ目をしていなくて良かった、と。

「……ええ、平気よ」

「最近物騒なことが続いてるからねー。何もしないから安心して」

 そう笑って一番奥の部屋に入っていったのは本当に人だったのだろうか?
 少し輪郭が滲んで見えたのが自分の体調が原因なのか、分からなかった。




 シエルは学院の側を通りたくないという理由で遠回りを繰り返していた。時間を見
計らって宿を出たのだが、一向に目的地に着く気配はない。

「遅れるわね、このままじゃ」

 路地裏に入り込んでしまい、仕方なく地図を広げる。シエルの予想では次の交差点
を左折するハズなのだが、その交差点が見つからないのだ。

「人に聞くしかないかしら……」

 見渡すと壁に黙々と記号らしきモノを書き殴っている男がいる。というか、他に人
が見あたらない。話しかけようと近づくが、一向にこちらに気付く気配もない。

「あの、道をお聞きしたいんですが」

 声を掛けるが無反応。何やら大きな記号を書こうと腕を振り上げ、ぶつかりそうに
なる。
 何でそんなに人にぶつかりそうになるのだろうか。イルランの呪いか何かなのか。

 仕方なく心細い思いをしながらも、細い路地を抜け、ようやく目的地に到着した。
 入ろうとして、中を覗き、店員が野菜炒めを持っていく先を見て唖然とする。
 エンジュもアンジェラも見あたらない。見えたのは生粋のエルフ。

「……なんだっていうのよ」

 やっぱり呪いという字が頭に浮かぶ。気付かれる前に逃げ出そうと振り返り、走り
出したところで大きな胸にぶつかった。見上げると、驚いた顔のエンジュ。

「シエル?」

 店内からの只ならぬ視線を感じて、シエルはエンジュの後ろに身を隠した。
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2007/02/12 17:06 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【17】/エンジュ(千鳥)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【17】』 
   
               ~ 解放 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル 謎の金髪エルフ
NPC:ベルベッド アンジェラ パティー 

※エンジュはベルベッドに対してアンジェラという偽名を使っている。
****************************************************************

「よく来たわね、アンジェラ」

 そういってエンジュを出迎えたベルベッドの顔色は余り良くなかった。
 パリスの父親との昨晩の話し合いは上手くいかなかったのだろう。

「お邪魔するわね」

 研究室は狭く、机の上には山のような書物と剥製が交互に並んでいた。
 辺りを見回して、パティーの居場所を探す。
 赤い布に包まれ、鎖で何重にも縛られた四角い箱が、部屋の奥で異彩を放っ
ていた。
 布には様々な文字が縫い描かれており、いかにも魔法がかかった箱だった。

「今、お茶を出すわね」

 その箱を凝視するエンジュに背を向けて、ベルベッドがお茶を入れる支度を
始めた。

(とりあえず、脱出経路は後ろのドアと窓の二つ…か)

 これからの作戦を練りながらエンジュは唸る。
 正直言って、大雑把な自分にはこういう仕事は向いていないのだ。
 普段ならユークリッドが全てを手配してくれるから楽なのだが。
 しかも、場所は警備を普段よりも強化させた魔術学院の真っ只中。
 あまり騒ぎを起すわけにもいかない。

「どうぞ。あの、アンジェラ・・・」

 お茶をテーブルに置くと、ベルベッドは少し疲れた声で話を切り出した。

「ねぇ。どこに魔法生物がいるの?楽しみだわ!」

 しかし、そんなベルベッドの話を無視してエンジュは声を上げた。
 彼女がエンジュにパリスの事を相談したがっているのは一目で分かった。
 しかし、目的のパティーが目の前にある今、彼女と友達ゴッコをするつもり
はなかった。
 ベルベッドは気が乗らない様子だったが、立ち上がると例の箱へと足を進め
た。

「―― Open 」

 ベルベッドの言葉に幾重にも巻かれていた鎖が解けた。
 赤い布を取り払うと、中には空色の羽根をもつ一匹の鳥が入っている。

「これがパ…魔法生物なの?どーみても唯の鳥じゃない」 

 気の抜けたエンジュの声に、ベルベッドはクスリと笑う。

「魔法生物は人語を解し、主の武器となるのよ。もっとも重要な点は、親から
生まれるのではなく、魔法によって作り出される事なのよ」
「へぇ・・・」

 人の言葉を理解する。
 それは好都合だ。
 檻の中に捕らわれた鳥、パティーはベルベッドに威嚇のポーズをとった。
 その様子を鼻で笑ってベルベッドは言う。

「無駄よ。檻の中ではそうやって羽根を広げるだけが精一杯なんだから」
「喋らないの?」
「五月蝿いから喋れないようにしてるの」
「そうなの?でも、このままじゃこの鳥が魔法生物だって何一つ分からないじ
ゃない」
「あ、アンジェラ・・・?」

 ベルベッドは困ったようにエンジュを見た。

「出してみてくれない?」

 にっこりと笑顔のままエンジュは提案した。

「私も、貴女もいるし、大丈夫よ」
「・・・・・・」

 ベルベッドは暫く沈黙していた。
 彼女は慎重な性格だ。
 さすがに無理だろうか。
 笑顔を維持するのが苦痛になってきた頃、ベルベッドが折れた。
 
「いいわよ、でも気をつけてね」

 分厚い手袋をはめると、ベルベッドは檻の中に手を入れた。
 くちばしで攻撃しようとしたパティの頭を慣れた手つきでつかみ動きを封じ
る。

「よくもアタイをこんなところに閉じ込めたわね!!この性悪魔女めッ!!見
てなさいよ!!」

 外に出た瞬間、パティーはもの凄い剣幕で喋り始めた。
 

「こんな薄暗い場所にアタイを押し込めて!!アタイの美しい青い羽根がくす
んじゃうじゃない!」
「うるさいから、さっさと戻すわよ」
「あ、ちょっとまって!」
「先生ちょっと質問が…」
 
 2人と一羽の声に交じって新たな声が一つ加わった。
 二人ははっとして動きを止める。
 その瞬間を狙ったかのように、パティーは二人の手から逃れた。

「え!?」

 呆然とする生徒の足元をパティーがすり抜けていった。

「貴女、追いかけて!!」
「あ、はい・・・」

 エンジュに鋭くいわれ、少女は慌てて廊下へと姿をけした。
 
「アタシたちも一緒に」
「私に任せて。あなたはここで待ってて」

 絶好のチャンスにエンジュはベルベッドを引き止める。
 そのままパティーを捕まえて逃げてしまえばこっちの勝ちだ。
 逡巡したのち、ベルベッドはエンジュの腕をつかんで言った。

「アンジェラ」

 それは、普段のベルベッドの声とは全く異なる声だった。
 低く、低く、不思議な発音でエンジュの名前を呼ぶ。 

「あの鳥を捕まえたら、すぐに、戻ってきてちょうだいね」 
「ええ」

 頷くと、ベルベッドの手の力が弱まって、エンジュは逃げるように部屋を出
た。

「ふーっ。危ない危ない」

 額に浮いた汗を拭いながら、エンジュは女生徒とパティーの姿を追った。

「本名だったらやばかったかも…」

 さっきのは、魔法だ。
 いや、呪いといったほうが近いかもしれない。
 名前と言葉で人の行動を制約する術だ。
 まるでベルベッドに縄で繋がれたような感覚に首の辺りをさすった。

「ま、まってぇ~」

 少女のか細い声で、二人の居場所は直ぐに知れた。
 パティーは頭をぐんと前に出し、地面を疾走していた。
 飛ぶ気配はない。

(怪我をしているの…?)

 それにしては、その速さは尋常でない。
 廊下から庭に飛び出し先回りすると、エンジュは叫んだ。

「パティー!私の元へ、アンジェラの元へ帰りなさい!!」 
「!」
 
 パティーの顔が、クンッとこちらに向いた。

「乙女の細腕 絡めよ絡め 愛しき者に 柔らかなる束縛を 『蕾鎖』 」

 エンジュが捕縛の魔法をかけ、すかさず少女が捕まえるが、パティーは暴れ
、その腕から逃れようとする。

「ちょっと!放しなさいってば!!」
「ありがとうね」

 女生徒からパティーを受け取ると、エンジュは少女を見つめた。
 見た目は美しいエルフのエンジュに、少女はぼーっとしたような表情になる


「あなた、ベルベッドの元に戻るの?」
「え…、その、私のせいでこの鳥が逃げちゃったんですから、謝らなきゃ」

 素直な少女の言葉には好感が持てたが、エンジュがパティーを手に入れた事
が直ぐにばれるとまずい。

「でも彼女きっとすごく怖いわよ。私がかわりに謝ってあげるから今日は辞め
ておきなさいよ」

 渋々ながら頷いて後を去ろうとした少女にエンジュが思い出したように尋ね
た。

「ところで、パリス・ヴァデラッシュって男が今何処にいるか分かるかしら」

  
*********

 パリスは、友人のグレイスとお茶を飲んでいた。
 しかし、彼はしきりに自分の懐中時計の針を気にし、席を立った。

「そろそろ授業の時間だ。すまないけれど失礼するよ」
「あぁ、サイズマンは時間に厳しいものね」

 青年はすこし困ったような笑顔を返してパリスの部屋を後にした。
 パリスもベルベッドもグレイスも、みな研究生という立場だったが彼らとパ
リスの学院生活は少々異なっていた。
 パリスは彼らのように教授の助手をすることなく、研究に没頭できた。
 それも父親という資金源があるからである。
 これがベルベッドが彼をよく思わない理由でもあったのだが、元々のんきな
性格の彼は、一人窓の外を流れる雲を眺めながらぼんやりとお茶の時間をくつ
ろいでいた。

「…リス?」

 遠慮がちに小さな声がかけられた。

「どなたですか?」
「わたしよ」

 扉を開けると、そこには布でくるんだ何かを腕に持ったエンジュが立ってい
た。
 
「どうぞ入ってください」

 人目を気にしているのか、入る前にさりげなく辺りを見回したエンジュは、
今度はパリスの言葉を待たずにどっかりとイスに背を預けた。

「その中身は…もしかして」

 パリスの声に応えるように麻の布から青い鳥が転がり出た。

「アタイよアタイ!アンジェラの有能な相棒にして、世界一美しい青い羽を持
つパティーちゃんよ!!」
「でもアンタその羽飛べないじゃない」
「アタイの羽は鑑賞用なのよ!あんなじめじめした場所に押し込められてなき
ゃあんな小娘すぐにまいてやったのに。キィーーー!!」
「パティー…取り戻してくれたんですね」

 騒がしい魔法生物を見下ろしながらパリスは薄く笑みを浮かべた。
 
(あら…?)

 その笑みは、他に浮かべる表情がなく仕方なく作ったようなぎこちなさがあ
った。

「本当は今日夕方にアンジェラに会う予定だったけど、今すぐパティーを連れ
て彼女のところに行ってやりなさいよ。きっと心配してるわ」
「そうですね。有難うございます。報酬の方は…」
「この依頼を受けたのはシエルだからね。でも急ぐんならギルドを経由したら
どう?」
「ええ、そうします」
「じゃあ、私はもう帰るわね。ベルベッドが怪しむのも時間の問題だから、さ
っさと学院から逃げないと」

 首の辺りを再びさすると、エンジュは立ち上がって出口へと向かった。
 そして、扉を開ける前に振り返って一言。
 
「お幸せに!」 

 パリスも頷きながら彼女を見送った。

「さぁさぁ!あの魔女が来る前にとっととアタイたちも行くだわさ!あぁ、ア
ンジェラに会うのは何日ぶりかしら!」

 パティーが興奮して羽根をばたつかせると、机に青い羽根が散った。
 しかし、その羽は机に広がるより先に霧のように消えてなくなる。
 不思議な生き物だ。
 ベルベッドが研究したがるのもよく分かった。
 パリスは白衣を脱いで上着を羽織ると、机の引き出しにしまってあった指輪
を取り出した。
 指輪の内部には二人の名前が彫られている。
 じっくりとその文字を眺めた後、ケースごとポケットにつっこんだ。

「そうだね。アンジェラに会いに行こう…」

 *******

「やあ、アンジェラ」
「パリス?どうしたの?必要以上に近づかないって言ってたのに…」 
  
 アンジェラが滞在していたのはソフィニア郊外の一軒屋だった。
 パリスの友人が所有する別荘だった。
 彼女はここの管理人の手伝いをしながらパリスの連絡を待っていた。

「パティーを取り返したよ。」
「アンジェラ!!」
「パティー!!」

 久しぶりの再会に、主と魔法生物は抱き合った。

「有難う、あなたが取り戻してくれたの?」
「いいや、エンジュさんだよ」 
「あぁ、パリス!直ぐにでもソフィニアを立ちましょう?また邪魔が入らない
うちに!!」

 アンジェラは身に着けていたエプロンを脱ぐと叫んだ。
 閉鎖的な砂漠の民である彼女にはここでの生活は我慢の連続だったのだろう


「…じゃあ、君は今日にでもソフィニアを離れてくれ」
「あなたはどうするの…?」

 パリスの言葉に、アンジェラが不安げに首を傾げた。
 その仕草を愛しく感じながらも、パリスは首を振った。

「僕は、いけない」
「…どういうこと?」
「僕は…君といけない」

 ポケットに入れた指輪のケースを触れながら、パリスは目をそらせて答えた

 都合の悪い事を話すとき、目を合わせないのは彼の癖だった。

「僕は、シエルさんのことが好きになってしまったんだ」

 ******* 

 仕事を終えたエンジュは軽い足取りで約束の酒場へと向かっていた。
 今頃アンジェラはパリスと一緒だろうから、この場には来ないかもしれない
が、シエルが来る可能性もあったし、誰も来なければ夜まで時間を潰せばいい
だろう。

 店に入る前に、シエルが出てきた。

「シエル?」

 彼女はエンジュの顔を見ると、ほっと表情を緩ませてエンジュの後ろに回っ
た。
 
「いるみたいなの」

 誰が、とは言わない。
 でも、だいたい想像がついて、エンジュはシエルを待たすと店の中へ入って
いった。
 先日、エンジュが座っていた席に、金髪の男の姿があった――後姿でも一目
で分かる。
 エルフだ。

 しかし、近づいてみて、人違いだと分かった。
 同じ金髪ではあったが、雰囲気も年齢も全く違った。
 もっとも人間のシエルからみたら、エルフはみな同じに見えるのかもしれな
い。
 かつて人間との生活を始めたときの自分がそうだったように。

「……?」

 視線に気がついたのだろう、男が振り向きこちらを見た。

「ごめんなさい。エルフ違いだったみたい」

 肩をすくめて見せると、男は直ぐに興味を失ったのか再び食事を始める。
 外では珍しい同種族だったが、向こうも馴れ合う気いようだ。 

「シエル…違ったわよ」

 店からでて、彼女を探すが、いつの間にかシエルの姿は消えていた。
 よほどあのエルフに不愉快な目にあったのだろう。

「さて、どーするか…」

 シエルを探してソフィニアをさまようか、再び店に戻って来るか分からない
依頼人を待つかエンジュは店先で頭を悩ませた。


2007/02/12 17:07 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【18】/イェルヒ(フンヅワーラー)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【18】』 
   
               ~ 女難の相 ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル イェルヒ
NPC:ベルベッド
****************************************************************

 その日は、いつもよりもイライラしていた。
 本当ならば、寮で食事がでる日だというのに、先日来たばかりのいつもの酒場
に来たのは他でもない。気分を変えたかったからだ。
 先日の事件……いや、あれは悪夢だ……は、ここの場所からが発端だったので、あ
まり来たい場所ではなかったが、他に店は知らなかった。
 ただでさえ、昨日の公開講座のアルバイトを入れていたのをキャンセルせざる
を得なかったというのに、知らぬ店に入って、思わぬ多額の出費を出したくは無
い。結局は、値段を知った店に入った。
 勿論、入る前に、店の中に、あの悪夢の登場人物がいないかどうかは細心に注
意を払った。
 確認がとれ、ほっとしていつもの定位置へと席につく。

「いらっしゃいませー」

 店員の声に反応し、まさか、と思って入り口を見る。
 入り口には、仮面をつけた女がいた。
 その容姿に、目を奪われる。白い……そう、それ以外に形容しようの無い、容姿
だ。肌も、髪も白い。
 ただし、その女は変わっていた。その白さの次に目を奪われるのは、仮装パー
ティーにでもつけるような奇異な仮面だ。その非日常さがありながらも、服装は
飾り気も何も無い、全身黒尽くめ。
 ……変な女だ。イェルヒの評はそんなものだった。
 視線を戻そうとしたとき、その変な女がびくり、と身を竦《すく》ませた。直
後、その変な女は身を翻して、駆け出して店を出て行った。
 なんなんだ。気分が悪い。思わず、その背に向けて睨みつける。
 あぁ、そうだ。ここに来た理由も、女が理由だった。
 今日は女難だ。

「お待ちどうさまです」

 すぐそばまで来ていたのだろう、女給が野菜炒めセットを盆で運んできていた。
 見やると、いつもの野菜炒めセットとは別に、注文した覚えの無い皿が置いて
ある。

「……なんだ? コレは」

 抑えているつもりであったのに、わずかに声が震えた。
 指でささなかったのは正解だ。きっと、隠しようが無いほど、震えたに違いない。
 女給は、そんな様子に全く気づかず、答える。

「新メニュー、今日から始めたんですよ。
 お得意様にだけ、現在無料サービスでつけてるんです」

 しばし絶句している間に、女給は他のお客の追加注文の呼び声に応え、その場
を離れた。
 小さく呻いて、そのサービスの皿を睨みつけるように対面する。睨まれた小皿
に盛られているのは、小さく刻んだ具材と米を炒めたモノ。
 普段なら全く見ないメニューを見る。派手派手しく赤と黄色のインクを使っ
て”チャーハン 始めました!”と元気良い書体で書かれているのを読み取って、
イェルヒは絶望した。
 忘れようと決めたのに、あの事件の爪あとは深々と傷痕を残してくれたようだ。
 下げてもらおうか……そう思ったが、「あのエルフ、2日前の騒動の関係者か」
と不審がられるかもしれない……いや、冷静になれ。多少変な客であると思われる
であろうが、普通の人間はそこまで考えないはずだ。ならば大丈夫だ。
 ……そこまで思って、イェルヒは、過剰反応を起こしている自分自身に対して落
ち込んだ。
 落ち着こう。
 お冷をぐい、と一口含み、頭にこもった熱を追いやる。
 改めて、例の小皿と対面する。今度は、先ほどのように、威嚇するようにでは
なく、克服する相手を見定めるように。
 銀のさじを掴み、チャーハンをすくい、震える手を押さえながら、一気に口に
運んだ。 ここの味付けの傾向通り、味は濃い。卵はボロボロと炒り卵が混ざっ
ているような感じでご飯にパラパラ感があまり生まれていない。具材はありあわ
せの野菜と、きっとチャーシューは用意できなかったのだろう……鶏肉を用いていた。
 味は、比較するまでもない。所詮、見よう見まねでつくった”もどき”モノだ。
 そうだ、あの恐怖は、もう終わったのだ。
 イェルヒは、わずかに頬をほころばせる。それが今日で初めての笑顔らしきも
のであるという事実は、彼に伝えない方が良いだろう。きっと再び落ち込むこと
だろう。
 背後に気配を感じた。
 怪訝に思って振り向くと、長身の銀髪のエルフがいた。……いや、よくよく見る
と、ハーフ・エルフのようだ。しかも、やたら胸のでかい女だ。

「ごめんなさい。エルフ違いだったみたい」

 ハーフ・エルフの女は肩をすくめてみせる。それだけの動作だというのに、や
けに胸が揺れる。
 一般的な多くの男性ならば思わず見入ってしまうだろう。しかし、イェルヒの
率直な感想は、気持ち悪いという、ミもフタも無いものだった。
 イェルヒは再び食事に戻った。
 とにかく今日は、あまり女には関わりたくない。
 イェルヒは朝のことを思い出していた。



 ******* 



「ちょっと!!」

 起こされたのは、甲高い女の声だった。
 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
 目を開けると、勝気そうな目をした赤毛の女がイェルヒの胸倉を掴んでいた。

「昨日、なんで来なかったのよ!!
 まぁいいわ。ちょっと聞きなさいよ! 昨日、ムカつくクソ女がいてね……」

 目が開いたのを確認するやいなや、機関銃のように喋りだす、
 イェルヒは女の顎を、掌《てのひら》の腹の部分で上へ押しやった。すると、女
は舌を噛んだようで、なんとも表記しがたい発音をする。その際、襟《えり》から
女の手が離れた。

「何すんのよ!」

「それはこっちのセリフだ! お前こそが世界一のクソ女だッ!!
 ここは、男子寮だぞ!? バカじゃないのか!?」

「何よ。アンタに押し倒す甲斐性なんてあるわけ無いし。
 押し倒されたとしても、アンタ、私より非力じゃない」

「そういうことじゃないだろう……」

 寝覚めから聞かされた声によって、まだ頭がくぁんくぁんとする。思わず、額
に手を当てて支える。

「近々結婚するんだろう」

 そのイェルヒの言葉に、赤毛の女、ベルベッドは、決まり悪そうになった。

「……心配してくれ…」

「これがきっかけで、自業自得で破談して、関係ない俺を騒動に巻きこむつもり
か。退学になったらどうしてくれる」

「……アンタが友達いないのがよぉく分かるわ」

 冬山の豪雪を含んだ風よりも冷たい視線をイェルヒに送るも、このエルフの男
はちっとも効かないようだ。

「人のことが言えるのか?」

 ひらひらと手のひらを振り、ベッドから降りろと指示する。
 イェルヒは棚にある1つのコップに水差しから水を注ぎ、寝起きで乾いた喉を
潤す。朝から怒鳴ったので、張り付いていた喉がみずみずしさを得る。

「私室にコップが1つしかない男に言われたくないわ」

「必要ないからな」

 それは、2つ目のコップのことなのか、友達のことなのか。どちらにしても、
侘しい男であることには変わりない。

「この前だってそうだ。あの鳥の封印を俺に頼むなんて、友人が居ないと言って
いるも同然だ」

 自ら言う台詞でもないことを、イェルヒは何にも気にせずに言う。

「何よ。礼はたっぷり払ったでしょ」

 イェルヒのセリフからは的外れな言葉を吐くベルベッド。
 話が飛躍したのは「金をもらったくせに」と言いたいからか。その金も、婚約
者の親が出したもので、自分が出したわけではないというのに。
 イェルヒは、フンと鼻を鳴らして口元と眉間を歪めた。それは皮肉げに笑った
のではなく、単に不快さを表した表情なだけに、ベルベッドは、地味に、そして
彼以上に不快になった。

 学院で魔女と揶揄されているベルベッドは、学院でイェルヒに積極的に声をか
ける珍しい人物の1人だった。
 しかし、それは好意からではない。興味からだ。生物学寄りの専攻をしている
彼女は、『イェルヒ』にというよりは、『エルフ』に興味を持っていた。
 イェルヒは、学院から正式に依頼があった時のみ、髪の毛や血などのサンプル
摂取に協力しているが、そのサンプルは普通の研究員や学生のもとへは届かない
ようで、個人的に頼んでくる者も少なくない。しかし、イェルヒはその他の場合
は頑としてその類の頼みは聞き入れないことにしていた。
 勿論、1人許可すると、他の人が求めてくるというのもあったが、それより
も、『研究対象』として見られるのは、あまりいい気分ではないからだというの
が本音だ。
 だから、多分にもれずベルベッドの存在も、イェルヒにとって気分のいいもの
ではなかった。何かとあれば話しかけてきて、隙を見つけては肩に付いた髪の毛
を狙っているのだからうんざりする。
 その彼女が、先日、鳥篭を持ってきて封印の施しを頼むため、イェルヒを訪ね
てきた。

「だからといって、愚痴まで付き合う謂《いわ》れは無いな。
 というか、俺のところに来るって、末期だぞ。
 お前、特に同性の友達いないだろ」

「……できたわよ。昨日」

 ふん、とイェルヒは興味なさそうな声を出した。事実、質問したのは自分であ
るが、興味は無い。

「アナタと違って、とても協力的だわ。
 いい友達になれそうって言われたもの」

 他種族か。
 この女は、同種族である人間にはひねくれているクセに、研究対象である他種
族であると、興味が剥き出しになる分、普段他の人間には見せない素顔の部分を
見せる。
 今の台詞一つ取っても、隠しているものの、本音として嬉しそうなのが伺える。

「それじゃぁ、そのオトモダチに愚痴るんだな。
 俺は、熱があるんだ。健康状態であっても聞きたくないがな」

 椅子にかけてある上着を羽織る。
 熱は少し下がったようだが、まだ完全とは言い切れない。
 あの悪夢から再び意識を戻したとき、先生から3日間休養するようにと告げら
れた。イェルヒは覚えていないのだが、昨日発見されたときは、人づてによる
と、高熱の上、何か口走って暴れたとのことだ。
 よくよく見れば、魔法陣を描いたチョークの名残や、床には部屋の隅のゴミ箱
の中には、紙くずとなってしまった呪符が集積していた。
 イェルヒは、その事実から目を逸らした。その意識を拡散したかったからだろ
うか、イェルヒは、先ほど自分から否定した話を広げた。

「どうせ、婚約者がらみだろう。
 普通の言い合いなら、怒鳴りながら『ムカツク女』だと言うことはないだろ
う。せいぜい、いつものあの笑みで嘲うくらいだ。
 なんだ? あの獣人の恋人とやらが殴りこみにでも来たか?」

 ベルベッドは何も言わない。
 当たらずとも遠からず、というところだろうか、とイェルヒは中《あた》りをつ
ける。 自分から怒鳴りこんできておいて、聞かれたら口ごもる。なんなんだ、
この女は。まったく分からない。
 分からないついでに、イェルヒは質問を重ねる

「お前の結婚の目的はなんだ? あのボンボンを獲得したいわけか?」

「馬鹿言わないで。私の目的はあくまで研究費よ」

 巷で言われているお得意の”ウィッチ・スマイル”をベルベッドは作る。何故、
世間はこの笑みに嫌悪を示すのか、イェルヒには理解できない。イェルヒは、そ
の笑みは滑稽にしか見えなかった。

「なら、別にどうでもいいだろう。
 お前が欲しいのは、金。男は金を捨ててまで欲しい愛だ。共存できなくはない
だろう。
 男は、お前と結婚し、愛する女とそのまま愛し続けりゃいい。お前は、それを
黙認して金を吸い取ればいい。
 家のために、お前とその男との子供は産まなきゃならんだろうが、そこは我慢
してもらえ。
 女と張り合う意味がわからんな。俺なら懐柔する」

 しかし、ウィッチ・スマイルは微塵もたじろがなかった。そんなことは考え済
みだと言いたいかのようだ。

「魔女は、全てを奪うからこそ恐れられるのよ。
 私はね、ろくな苦労をしたこと無い男が、愛さえあれば生きられるとと思って
いる、あの思い込みのを壊したいのよ」
 その言葉に、イェルヒは何故だか、イラついた。
 反射的に出た言葉は、乱暴な響きを持っていた。

「なら、脱げばいいだろう」

 イェルヒの言葉にベルベッドの笑みが凍りついた。

「着飾って、化粧して、『愛してる』と言って男にしなだれかかれ。
 あとは脱いで既成事実を作れば、土台に”婚約”というのがある分、『愛』とい
う言葉に酔っている男は罪悪感に苛まれるさ。
 それで簡単に壊せれる。
 まさか純情を気取るつもりじゃあるまい?」

 今や、ウィッチ・スマイルは完全に崩れていた。ベルベッドは、何か悔しがる
ように、あるいは耐えるように、歯噛みしていた。

 ”人間の男に心を奪われた魔女は、ただの人間の女に成り下がる”

 それは、どこかで聞いた童話の内容を思い出させた。
 あぁ、そうだ。ウィッチ・スマイルが滑稽にしか見えないのは、それが虚勢だ
からだ。
 イェルヒは、鼻で嘲った。
 ベルベッドという女は、口で否定しておきながら、結局は『愛』とやらを信じ
ているのだ。単に、得られないのが……負けるのが怖いから、否定しているに過ぎ
ない。
 イェルヒに愚痴りに来たのは、イェルヒが『愛』を信じていないからだ。イェ
ルヒを利用して、魔女であるという錯覚をしたかったのだ。
 不快だ。
 イェルヒにはそれが、ひどくカンに触った。

「金目当てなら、別に、他の男でもいいわけだろう。
 時々見かける、あの植物男、クノーヴィ家の人間なんだろう? 学院への寄付
金だって、かなり多いらしいじゃないか」

 嫌味に、嘲笑を含んでそれを言い放つ。
 握り締められたベルベッドの拳は、ぶるぶると震えていた。
 惨めさを自覚したのか、恥辱に耐えているのか、それとも単に侮辱された怒り
か……はたまた自分の本音と対面した慄《おののき》きか。
 その姿を見ても、イェルヒの胸の内はすっきりしなかった。それどころか、途
端に、自分に嫌気が差した。
 暴いて、何になるというのだ。
 少なくとも、自分の利益にはこれっぽっちもならない。
 自分の内にこもった熱が、途端に逃げていく。
 寒気を覚え、鳥肌が立った。だが、心はもっと、冷めていた。

「……出て行ってくれ。体調が、悪いんだ」

 泣いているかもしれない、と思っていたが、顔を上げたベルベッドの目は、気
丈にもイェルヒを睨んだ。
 今日初めて見る真正面の彼女の顔は、疲れの色が伺えた。

「言われなくても、帰るわ。
 友達が、お昼から来るの」

 威力の弱まったウィッチ・スマイルを、それでも彼女は浮かべる。

「その前に、渡しておくわ。これ」

 イェルヒの手の平に、紙包みが置かれる。

「解熱の作用がある薬。よかったら飲んで。
 それじゃ、邪魔したわね」

 くるりと踵《きびす》を返して、ドアを開けるベルベッドに、イェルヒは、思わ
ず声をかけた。

「おい、待て……」

 ベルベッドは、立ち止まる。

「その……」

 次に出す言葉の選択に迷いは無かった。

「ポケットに入ってるモノを、置いていけ」

「……? 何のことかしら?」

 ベルベッドは、振り向き、怪訝な表情で問いただす。

「置いていけ」

 しかし、イェルヒは動じない。
 観念したように、ベルベッドはポケットから、一枚のくしゃくしゃになった紙
切れを机の上に叩き置く。イェルヒの血が含まれている、あの呪符だ。

「これでいいんでしょ!」

 駆け出そうとするベルベッドの腕を、イェルヒは掴む。

「まだあるだろう」

 数秒、睨まれたが、イェルヒの鉄面皮には全く効かなかった。
 ベルベッドは、掴まれた腕を振り払うと、ポケットから、今度は折りたたまれ
た紙片が出される。
 イェルヒが中身を確認すると、予想通り、イェルヒの髪の毛があった。
 ふと見たらベッドや枕に、髪の毛が全く付着してないので、もしや、と思って
いたら案の定、予想通りだった。

「これで全部よ!」

 今度こそ、ベルベッドは駆けて部屋を出て行った。
 出て行ったのを確認して、イェルヒは扉を閉める。
 こうなると、先ほど手渡された薬も、怪しいものだ。
 紙包みを鼻先に持っていき、恐る恐る匂いを嗅ぐ。

「………」

 懐かしい、匂いがした。
 エルフの里で、よく解熱に使っていた、薬草を干した、あの匂いだ。
 里では比較的よく見つかったが、このソフィニアではちょっと探し回らないと
手に入らない薬草であるはずだ。

「髪の毛の1本ぐらいならくれてやってもよかったかもしれないな……」

 そんなコトを思いながら、包み紙を開く。
 ……まさかな、と思って、イェルヒは、軽く舌先で薬に触れた。
 舌先は、思い出の薬草には全く無かった、痺れるような刺激を受けた
 イェルヒは、再び、丁寧に包んで、くずかごにソレを叩きつけるように捨てた。


 ******* 


 結局、あの後、再びベッドにもぐりこんでも、素直に寝ることが出来なかった。
 あの部屋にいるのが苦痛になり、飛び出したのだ。
 その苦々しい思いをすりつぶすように、野菜炒めをゴリゴリと咀嚼し、水と一
緒に流し込む。
 あぁ、そうだ、今日は、やたら女と関わるといいことが無い。
 やっぱり、食事を済ませたら、すぐに帰ろうと、イェルヒは決めた。
 いつの間にやら、店内はにぎわってきた。テーブル席はどこも埋まっている。
 食事は、まだ半分も残っている。熱のせいか、いつもよりペースが落ちてい
た。まだ、かかりそうだ。
 再び、野菜炒めにとりかかろうとしたとき、声をかけられた。

「ここの席、空いてるかしら」

 それは、女だった。


2007/02/12 17:07 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【19】/シエル(マリムラ)
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『 易 し い ギ ル ド 入 門 【19】』 
   
              ~ 後悔先に立たず ~



場所 :ソフィニア
PC :エンジュ シエル 金髪お嬢様 (イェルヒ)
NPC:イルラン
****************************************************************

 シエルはエンジュが店内に入っていく後姿を見ながら、このまま喧嘩沙汰に
なるとしても関わりたくないと踵を返した。うっかり姿を見られようものなら
何を言い出すか分からない。あんな芝居じみた勘違い野郎、顔を合わせるのも
嫌だ。エンジュに心の中で詫びつつ、無言のまま走り出す。
 エンジュとは宿に戻ればいずれ会えるだろう。情報を聞くのはその後でもい
い。というか、どんな理屈を並べるより一刻も早くココから遠ざかりたかっ
た。
 後で思えば風を使ってでも宿へ舞い戻り、不貞寝していればよかったのだろ
う。が、それはそのときの選択肢にはなかった。思いつかなかった。
 それが運命の分かれ道であることなど、まだ知る由もなく。



 シエルは知らずのうちに避けていたはずの魔術学院へと近づいていた。
 昨日利用した正門からは遠い。しかし、学院の領域というのは予想以上に広
く、そして変形したものだった。地図を見た際に確認したはずだったのに、迂
闊だった。
 
「ごめんなさ……!!」

 幾つ目の角を曲がったところだったろう。出会い頭に誰かとぶつかった。予
想以上の速度が出ていたらしく、双方弾かれる様に尻餅をつく。

「シエルさん!!」

 ぶつかったのは二度目の男、出来れば今一番会いたくなかった男、昨日の悪
夢の原因、生粋のエルフ・イルラン。
 顔を上げたときに愕然としたこちらに、満面の笑みで名を呼びかけてきた彼
を見て、何故自分は本名を知られてしまったのだろうと強く後悔した。いや、
アレはパリスが悪い。私のせいじゃない。でも不本意で、不愉快だ。
 後悔先に立たず。
 分かってる。後悔するときにはもう遅いのだ。遅いから後悔するのだ。た
だ、分かっていても後悔することには変わりなく。ただ、エンジュの元を無言
で走り去ったことを悔やむのだった。

「また会えると思ってましたよ」

 本当に嬉しそうに立ち上がる彼を見て、さすがに眩暈がした。
 手を差し伸べられるが、それを無視して自力で立ち上がり、体に付いた砂埃
をはたく。ちょっと残念そうに手を引くと、イルランは困ったように笑った。

「こういうの、嫌いですか?」
「……運命を語る人は嫌いです。道は自分で切り開くものだから」

 キッと睨み上げる。エンジュに比べれば自分に身長が近いかもしれないが、
それは男女比のなせる業か、必然的に見上げる格好になってしまう。

「貴女に、こうしてもう一度会えたのに?」
「アナタこそ偶然に理由を付けたがるのは何故?」

 目をまっすぐ見ながら話すイルランの視線から逃げるように、シエルは視線
を外した。

「もし運命が存在するのなら、私が村から出ることなどありえなかったことに
なるわね。ここに居ることもなかったってこと。矛盾してるじゃない」

 シエルはヴァーンの風の巫女の家系だ。数年前にヴァーンが守り続けた遺跡
がさらに砂の奥深くへ沈み込んだりしなければ、今でも村に縛られ続けていた
だろう。

「……あと、芝居じみた決闘も嫌いよ。絶対に止めて。そもそも何のための決
闘なのよ。それで私が喜ぶと本気で思ってるの?」

 最後の方は半ば畳み掛けるように語気が荒くなっていた。大きく息を吸う。
 少し肩を落としたイルランは、落ち着いてゆっくり、語りかけるように口を
開いた。

「彼が貴女にそぐわないと思った。だから決闘を申し込んだ。……人間の文化
とはそういうものだと思っていました」
「太古の昔か、物語の世界ね」

 そんな少女向けの夢物語があると、いつだったか聞いた気がする。

「私はエルフの森から出る前に沢山の本を読みました。すべて人の手による本
です。私は人と友達になりたかった。変わり者だとは言われましたが、人の手
による本はエルフの手で書かれた書物よりもずっと魅力的だった。だから、本
当に沢山、沢山読みました」

 まるで今その手に大事な本を持っているかのように、イルランをじっと手を
見る。

「貴女に出会って、私は貴女に会うために森を出たのだと思いました。心臓を
鷲掴みにされる思いは初めてだったんです」

 手をぎゅっと握り締め、視線をまっすぐシエルへ戻す。まっすぐな、恋する
視線。

「……アナタの知識は間違ってる。古いものなのか偏ったものなのかは知らな
いけど」
「ではやはり、貴女が私に人間の文化を教えてくれませんか?」

 待て。まてまてまて!!

「アナタの感情は一目惚れに近いものかもしれないけど、それはきっと勘違
い。今のアナタならお芝居を見たって役者に恋をするわね。……言ってるこ
と、通じてる?」
「……ああ、コレが一目惚れなんですね。本で読んだけど、こんなにドキドキ
するなんて知りませんでした」

 イルランが嬉しそうに頬を染めながら笑った。自分とは何の関係もないエル
フなら、可愛くも見えよう。だが、当事者には頭痛の種にしかならない。
 微妙に話が食い違いを見せる。それがシエルをさらにイライラさせる。

「だーかーらー、違うの。勘違いなの。私はアナタが夢見ていたような物語の
お姫様じゃないの!」
「こんなに可憐な方は物語の挿絵ですら見た事がない。謙遜しなくても」
「……とりあえず容姿のことには触れないで。私のコンプレックスだから」
「しかし、貴女は思ったとおり知的で、そして優しい方だということは変わら
ない」
「そういう取って付けたような語り口が嫌なのよ! 芝居はもう終わってる
の!!」

 視線を外すだけでは足りず、体ごと横を向く。道は狭い。走り抜けように
も、手首を捕まれるのがオチだろう。
 イルランは考えながら、確かめるように聞いてきた。

「……あれはお芝居だったんですか?」
「まあ、そんなところね」

 イルランは心底ほっとしたように胸を撫で下ろす。

「彼を愛しているわけではないんですね?」
「まあね。でも、これ以上は詮索しても無駄よ。企業秘密ってやつだから」

 腕を組み、向き直るシエルに、イルランは嬉しそうに言い放った。

「じゃあ、私にもまだチャンスがありますね」

 何故そうなる!?

「えーと、芝居がかったのも鬱陶しいのも嫌い。問題外です」
「そんなに私は鬱陶しいですか?」

 シエルの切り返しは早かった。

「鬱陶しい」

 どキッパリ。

「では、私が不快な存在にならないように、やはり色々と教えていただかなけ
れば」
「既に不快なので却下します」

 会話が、やはりどこかおかしな気がする。
 人間文化オタクの知識は偏っているし、受け答えも的外れだ。自分が付き合
わされる苦痛をどうすれば伝えられるのだろうか。

「とりあえず、今会いたくない人の中でもダントツ一位がアナタなので、私帰
ります」

 頼むから、苦手だと思われていることを自覚してください。

「また会えますか?」
「少なくとも、自分から会う機会は作らないわねあ」
「私は貴女に会いたい」

 最初のような芝居じみた感じは減っていた。でも、まっすぐに熱のこもった
視線を向けられるのは勘弁して欲しかった。

「私は、二度と、会いたくないんです」

 二度と、を強調して、シエルは冷たく見返した。

「冷たいおっしゃりようだ」
「そういう性分です」
「そういうところも好きですよ」

 さらり。何でこの会話のタイミングでその言葉が出るのか。ガツンと頭を殴
られた気分になって、シエルは頭を抱えた。

「どうしました? さっきぶつかったせいかな……」
「気にしないで下さい。逃げる算段中です」
「そうですか。私の得意魔法は魔法効果の打消しです」

 にっこり。逃がさないつもりか、この男は。
 じりじりと後退して、背中がレンガ造りの塀にぶつかる。シエルは再会して
初めて笑顔を浮かべた。

「もう会わないと思うけど、お元気で」
「え」
「……【クードヴァン】!」

 シエルの使う風は、発動が早いのが魅力だ。詠唱が必要な魔法は多岐にわた
ると聞くが、シエルの場合、よほど大掛かりな魔法でなければキーワードだけ
で発動できる。
 シエルは瞬く間に宙へと舞い上がり、上を見上げた。

「ちょっ……【解(ほど)けよ解(ほつ)れよ風の精霊 我が声に耳を傾け 
静まり鎮まり給え】」

 イルランが咄嗟に風の精霊に打消しを求めるが、その詠唱が終わるまでシエ
ルは高度を上げた。この高度での落下は危険だ。抱きとめようとイルランが手
を広げる。
 シエルは風の揚力が消える寸前、背面跳びのように宙を舞った。元の位置へ
ではなく、レンガの塀の向こう側へと落下していく。

「シエルさん!!」

 イルランの絶叫に近い声は、シエルが木の枝に引っかかり、バキバキガサガ
サと音を立てながら落ちる壮絶な音でほぼかき消される形になった。ドスン、
と着地したらしき音がやけに痛々しく響いた。

「シエルさーん!!」

 イルランがもう一度叫ぶ。彼が軽く越えられるような高さの塀ではなかった
ことを、シエルは痛む体をさすりながらも強く感謝した。



 レンガの向こうは、高い常葉樹の林と、硬質な透明物で出来た温室らしきも
のがあった。とりあえず青々と茂る木の下はほぼ日陰となっていることに救わ
れる。
 木々に突っ込むように落下したシエルは、途中で服のところどころが裂け、
仮面も落としてしまっていた。露出した肌に直射日光を浴びると火傷をしてし
まう体質のため、日陰でより濃い影へと必死に這い進む。

「……今の風、貴女?」

 温室の陰から出てきたのは、金の髪が眩しいお嬢様だった。縦ロールの髪型
がこんなに似合う人も珍しい。そう思いながら見上げると、女の冷たい蒼眼が
シエルを見下ろす。まあ、見るからに不審者なのだから仕方がない。

「……ええと、匿ってくれない?」

 シエルの苦笑をどう受け取ったのだろうか。女は小首を傾げ、シエルに問う
た。

「使えるの風だけ? 水が使える人を探しているのだけど」
「霧や雨なら多少。水単独では使用経験がないわ」
「じゃあ、協力するなら手当てしてあげる」

 じーっと観察するように見る女の目線は気分のいいものではなかったが、今
はイルランの視線と比べてしまうせいか、大抵の事は気にならない。自分に非
があるのは明白だったこともあるだろう。不法侵入者なのだから追い返されて
も不思議はないのだ。

「今日中に帰れる?」
「協力しだいね」

 女は少しだけ笑うと、シエルに手を差し伸べた。
 シエルは少しだけ躊躇すると、白く細い女の手を取った。


2007/02/12 17:08 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門
易 し い ギ ル ド 入 門 【20】/ミルエ(匿名希望α)
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場所 :ソフィニア
PC :シエル ミルエ
NPC:イルラン
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 これは楽しいことになりそうですわね。


 感じたのは風だった。
 自然に近い風だったが、流れが異質。
 かといって精霊や魔法要素を含んでいるわけでもない。
 一体コレは?
 その後に何か重いものが地面に落ちた音が聞こえる。
 何か落ちたのだろうか。
 確かめに裏へ回ると、その落し物は木陰を気にしながら移動している白髪の美
女だった。

「……ええと、匿ってくれない?」

 その美女は追われているらしい。だからミルエはクスリと笑う。
 これは楽しいことになりそうですわね、と。


 先程の風で思い当たったこと。
 植物の育成を研究しているミルエにとって、空気や水は密接した関係にある。
 精霊への干渉度が低そうな自然界に近い風。
 気ままな精霊・妖精は自分がやっていることに対しての干渉を嫌う。
 精霊魔法を駆使して成長過程を促進させてはいるが、その他の面にはなかなか
手が回っていないのが現状だ。
 育成を促進させつつ適度な温度や湿度の調節が出来れば……。

「使えるのは風だけかしら? 水が使える人を探しているのですけど……」
「霧や雨なら多少。水単独では使用経験がないわ」

 好都合だった。
 ふふ、と笑みを漏らしながら白髪の美女を眺める。
 木にブツかって落ちたままの姿、彼女の黒い服のところどころが破けている。
 よほど急いでいたのか、ただの失敗か。見つめながら考えるが答えはでない
かった。
 ただ、することは

「では、協力してくれるのなら手当てしてさしあげますわ」

 交換条件を取り付けること。
 彼女のような異質なものを簡単に手放しては面白くない。
 せっかくの出会いを楽しんでみよう。

「今日中に帰れる?」

 あなたを見極めてから考えますわ。と心の中で呟いてミルエは少し笑った。

「協力しだいですわね」

 差し伸べた手を、彼女は手に取った。


****************************************************************

『 易 し い ギ ル ド 入 門 【20】』

              ~ 逃走には細心の注意を ~



****************************************************************


「こちらに逃げ込んだようですけど、まだ追われていますの?」

 次の行動を考える。
 彼女の手当てをするのを先にしたい所だが、そうもいかない都合がある。

「……私としては早くここを遠ざかりたいんだけど」

 相手はしつこいらしい。
 彼女は緊迫した表情ではなく、うんざりとした感じで眉間にシワを寄せている。
 ミルエはせっかくの容姿が台無しだと思いながら、顎に指を当てて意識を頭の
隅に集中する。

「仕方ありませんわね、私の研究室へ向いましょう。そう遠くないところですけ
ど、私(わたくし)の知り合いしか訪れませんわ」

 知り合いが彼女を追っているということもあるが、追い返すことは容易だろう。
 互いに、決めたことなら押し通す知り合いばかりだからだ。
 相手がそれを知っているからこそ、深くは踏み入らないだろう。
 踏み入れば互いに実力行使になるだろうことを。

「匿ってもらう手前、あまり文句も言えないわね」
「それでは行きましょうか」
「あ、ちょっと」

 一歩を踏み出そうとした時に彼女がミルエの手をとって止める。
 ミルエは少し不服そうに「何か?」と振り返った。

「日差しのない所を通ってもらえないかしら。私は日光を浴びると火傷を負う体
質なの」

 その一言に「まぁ」と驚きの表情を上げ「それは大変ですわね」と付け加えた
後、空にある太陽の位置を確認する。
 さらに校舎を眺めた後に「こちらですわ」と歩き始めた。
 進路方向には日陰が続いているようで、彼女もミルエの後ろに続いていく。

「貴女を追っているというのはどのような方なのでしょうか?特徴がわからなけ
れば気をつけることもできませんわ」
「馬鹿エルフ。金髪。男」

 嫌悪感をたっぷり含んだ彼女のセリフにミルエは思わず笑う。
 それを感じたのか彼女はむすっとした表情になった。

「あんなのに付きまとわれる身にもなってみなさいよ……」

 恨めしそうに軽く睨みながら呟く。相当キてるらしい。
 深いため息が聞こえてくるようだった。

「貴女のお名前を伺ってもよろしいかしら?」
「あ……私は」
「シエルさーん!どこですかー!」

「「……」」

 唐突に会話をを止める二人。思わず歩みも止める。
 叫んでいる声の主は見当たらないが、周囲一体に響いている。
 名前を呼ばれる側としては恥ずかしくてたまらないだろう。

「アレですの?」
「アレです」

 眉間をを押さえて悩めるポーズな白髪な彼女。
 良く見ればワナワナ震えているようだ。
 すでにアレ呼ばわりしているミルエだが、それ相応の価値があると判断している。

「貴女のお名前は?」
「シエルです」

 名前はすでに解ったのだがあえて聞きなおすミルエ。シエルは疲れた表情で顔
を上げつつ答えた。
 本当に疲れているのだろう。その宝石のように紅い瞳も、すすけて見えるよう
だった。

「親切な方ですわね。追っ手の居場所と貴女のお名前を教えてくれたんですもの」
「なんで!?」
「冗談ですわ。大声を出すと気づかれてしまいますわよ」

 う、ぐ。と言葉に詰るシエル。ふふ、と少し冷ややかな笑いを浮かべるミルエ。
 不信感あふれるシエルの視線を受けつつ「確かに馬鹿ですわね」と呟いた。
 すなわち「待てと言われて待つヤツがいるか」という事だ。
 逃げているというのに相手の名前を叫んでは余計逃げるに決まっている。
 しかし確実にこちらに向っているという困った現実がある。
 この辺りを通らねば日陰伝いで研究棟に入れない。

「魔法で認識をごまかそうにも、相手はエルフ。ごまかせる相手かしら?」
「多分無理。私の風も打ち消してたし」

 にっこり、と。ミルエが笑顔を浮かべた。
 綺麗な笑顔だというのに、シエルは何故かビクリと体が震えた。
 楽しそうな雰囲気なのだがそれが怖い。そんな印象を与えるフシギな表情。
 シエルは知らないが、学園内の一部で知られる「何かイイ事を思いついた時」
の顔。
 何か言おうにもあまり声が上がらない。

「では、あの方を”説得”してきますわ。ここで待ってていただけます?」
「え、えぇ」


 気分はクスクス笑ってゴーゴーである。


 <] <] <] <] <]  [> [> [> [> [>


「本当にどこに行ってしまったんだろう。大きな音もしていたし……怪我をしてい
たら大変だ。早く手当てをしないと」

 少し焦りの表情を見せているエルフの青年が周囲を見回しながら歩いている。
 駆け足できたのか少し息が上がってる。
 すぅっと息を吸い込み、また声を張り上げた。

「シエルさーん!」
「私の友人の名前を叫ぶのは貴方? 恥ずかしいから止めてくれないかしら」

 腕を組んで憮然とした表情でミルエが声をかける。

「あぁすみません。貴女は?」
「シエルの友人ですわ」
「大変なんです!シエルさんが壁を越えた拍子に大きな音がして……怪我をしてい
るかもしれません!」

 叫ぶなというミルエの忠告は全く聞き入れられていなかった。

「知っていますわ。手当てしましたもの」

 まだ手当てはしていない。ミルエは平然と虚実を言ってのける。
 予定された事実なのだからと勝手に括っていた。
 彼はミルエの言葉に驚きと喜びを露にし、ミルエのほうに進み出た。

「本当ですか!彼女は無事ですか!」
「かすり傷程度、心配なさらずとも大丈夫ですわ」

 近づき過ぎたところをミルエが手で制する。
 彼は「これは失礼」と間を置きなおし深く安堵の息を漏らした。
 うつむき加減の微笑みが本当に心配していたことを伺わせる。

「よかった……では彼女に会わせてください」
「必要ありませんわ」

 一転、彼が驚きに染まる。
 ミルエの言葉の意味が理解できないのか、まばたきをニ、三回繰り返す。
 頭の中で言葉を反芻し、処理を行うよう回す。一間あいてようやく意味が彼に
浸透する。

「何故です?」
「会わせる理由がりませんもの」

 これは事実だ。
 むしろ拒絶の理由が挙がっている。
 質問に対して即答。ミルエの表情は憮然としている。

「理由ならあります。私が会いたいんです。無事を自分の目で確かめたいんです」
「それは貴方の希望。私が貴方をシエルに会わせる理由ではありませんわ」

 熱を持った発言で応対する彼だが、お話にならないと切って捨てるミルエ。

「ではどうすれば貴女は私をシエルさんに会わせてくれるのでしょう」
「そうですわね……貴方が二度とシエルに会わないと誓ってくださらないかしら?」

 口調と表情にそわない発言をするミルエ。内容のせいかかギャップのせいか、
彼は即座に理解出来なかった。
 ミルエの発言の一つ一つが彼の思考を走らせる。
 答えは一つだろうというのに彼はしばらく考えた後にやっと答えをだした。

「それはできません。私はシエルさんに会いたいんです!」
「では無理ですわ」

 が、にっこりと嬉しそうに微笑むミルエに呆然とする事になる。
 だが彼は律儀にもミルエを押しのけてでも、という思考はできないようだった。
 苦虫を潰したような表情へと変わっていく。この壁は厚いと感じたのだろうか。

「貴女はまるで物語に出てくる悪い魔女のようだ」
「貴方はまるで物語に出てくる性質の悪い王子様のようですわね」

 悪態をついた即座に反撃を食らい、言葉に詰る。
 ミルエは追加で言葉を添えた。

「ついでに頭も悪い……なんていう事はありませんわよね? ”エルフ”なんですから」
「失敬な!」

 直接的に罵倒された事はないのだろうか、種族を持ち出され過剰に反応する。
 あからさまな敵意を叩きつけるがミルエは涼しい顔をしている。むしろ高圧的
な笑みを浮かべていた。

「では、そう思われないように振舞ってくださらないかしら?今の貴方のような
エルフばかりだと……私はエルフという存在自体を改めて考えなくてはならなくな
りますわ」

 わざと深いため息をつき困惑な表情をする。
 猛進している彼にはこれが演技だと気づくだろうか。
 彼が口を開こうとしたその時、ミルエはさらに言葉を重ねた。

「それと……ここは部外者立ち入り禁止ですわ」
「君。ちょっとこっちに来なさい」

 ポムリ、と彼の肩を叩くのは警備員の格好をした白い短髪の男。「ニィちゃん
ちょっと事務所イこうか」という顔をしていた。
 ミルエとのやり取りを聞いていたのか、相当ご立腹な様子である。
 あれだけ騒いでいれば人目につかない道理はない。

「わ、私は会うべき人がっ」
「ルールやマナーを守れない、事はありませんわよね?」
「ぐっ……」

 それではごきげんよう。また会いましょう。
 にっこりと微笑みながら連行されていく彼を眺めながら”聞こえるように”呟いた。


 <] <] <] <] <]  [> [> [> [> [>


 木陰に隠れていたシエルの元に戻ってきたミルエ。
 その表情は何事もなかったかのように平然としていた。

「さぁ、行きましょうか」
「え、えぇ……」


2007/02/12 17:09 | Comments(0) | TrackBack() | ○易しいギルド入門

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